第66号 台湾選挙と同性婚のゆくえ〜台湾研究の専門家に聞く〜

 

台湾の新総統、蔡英文が同性婚を実現してくれる。台湾ステキ! ……そんな論調を日本のLGBTメディアでよく見かけます。台湾政治とは、それほど単純なものなのか?
中国法・台湾法の研究者で台湾のLGBT運動にも造詣が深い、鈴木賢・明治大学法学部教授に聞きました。鈴木教授は総統選挙・立法院選挙の取材から帰国したばかりです。

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すずき・けん 明治大学法学部教授。北海道大学を経て現職(明大研究室で)。

 ●性的少数者にとっての台湾選挙、その注目点

 ーー今回の台湾選挙で性的少数者にかんして鈴木さんが注目する点はなんでしょうか。

国政レベルでカムアウトした候補者がはじめて登場しました。残念ながら全員落選でしたが、台湾社会で性的少数者のビジビリティを高めましたね(比例区1人、小選挙区5人。出櫃がカムアウトの意味。全員、緑の党と社会民主党の連盟から出馬)。比例代表で出たオープンリーレズビアンの許秀雯(きょ・しゅうぶん)さんは、弁護士で同性パートナーシップの運動を進める台湾伴侶権益推動聯盟の事務局長です。
ちなみに、地方選では2010年および2014年の高雄市議選での梁益誌、新北市議選での王鐘銘がオープンリーゲイとして立候補(いずれも緑の党)。結果はともに落選でしたが、梁さんはつぎは当選するのではと言われています。こちらに、王さんと梁さんの写真もあります。
 *台湾はかならずしも国民党と民進党との二大政党というわけでなく、第三勢力と呼ばれる小政党も多い。緑の党や社会民主党もその一つで、環境問題や貧困問題、そして性的少数者問題を公約に掲げている。

今回、総統(大統領)には民進党の蔡英文が当選して8年ぶりに政権交代し、立法院(一院制の国会、第9期)でも民進党が絶対多数を獲得、さらにひまわり学生運動に発する新党「時代力量(時代の力)」も5議席を得たことは、今後の台湾の性的マイノリティ政策の前進を約束したものといえます。
改選前の第8期中に、民進党から同性婚法案が3回上程されていますが、その中心になった議員は今回も全員再選。そのうちの一人は比例区から国民党の強固な地盤として知られる花蓮の小選挙区へ回り当選を果たしました。花蓮では同性婚支持の民進党候補に対し、国民党候補から強烈なネガティブキャンペーンのチラシが全戸配布されるなどしましたが、その花蓮さえ制したことは大きな意味を持っています。
緑の党などは、当事者へ「LGBTファースト」で投票を呼びかけていましたが、当事者も多くが小政党で死票になるより民進党へ入れていたようです。落選した許秀雯さんは、「民進党はこれでもう同性婚法を推進しない理由がなくなった」と指摘しています

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同性婚反対派によるステッカー。「民進党は「同性愛者に結婚の権利がある」と主張しています。民進党が立法院で過半数をとれば、台湾はゲイの島になる。ご一緒に台湾を守りましょう」。

 ●台湾の同性婚、そのゆくえ

 ーー台湾ではいま同性婚がホットな話題、と聞いています。

同性婚運動はフェミニズムから出てきており、活動者はほとんどがレズビアンです(ゲイはHIV問題で忙しいのか、あまりいませんね。苦笑)。法的保証を求めるようなパートナーシップの実態を営んでいるのも、レズビアンのほうが多いからでしょう。
台湾で10年前に性別平等教育法や性別平等就業法が立法されたとき、それを主導したフェミニズムの活動家たちのあいだですでに性的少数者保護の視点は共有されていました。また、台湾のエリートは、研究者やNGO活動家も海外で学位をとるのが当たり前ですから、欧米の影響も強く受けています。
そうした活動家たちが近年、3つの法案を提案しました。ひとつは同性婚法、もうひとつは同性パートナーシップ法、さらに多元成家といいますが3人以上のグループでも家族と認定するような仕組み、この3つをセットで提案していたのです。
フェミニズム運動がベースですから婚姻制度の保守性や問題性は共有されていて、オルタナティブの道も用意した。ただ、議会では、同性カップルのためだけに婚姻とはべつのパートナーシップ法を作るのは難しい。多元成家はラディカルすぎる。結局、同性婚法だけが上程できたのです。台湾の政治家には、パートナーシップ制より同性婚のほうがハードルが低かったのは面白いですね。もちろん当事者のなかにもパートナーシップ制は二流結婚で、やはり同性の婚姻を求めるという意見もあり、パレードなどでのスローガンにもなりました。

 ーー蔡英文新総統は同性婚を実現してくれる、台湾ステキ! という見方が日本のLGBTメディアでは書かれています。

彼女は昨秋の台湾プライドパレードに合わせて同性婚を支持するという動画メッセージをFB上で発表していますが、彼女自身が主体的になにをやるかはまだ鮮明ではありません。米大統領選のように同性婚が前景化しなかった・させなかった点で、上述の許秀雯さんなど活動家は蔡英文に批判的です。
ただ、蔡英文が動かなくても周りから盛り上がるでしょう。議会は民進党が多数を占め、時代力量はマニュフェストに同性婚実現を入れており、時代力量が民進党を突き上げるかたちで今期4年のあいだに同性婚は成立するのではないかと私は見ています。

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選挙結果を伝える現地新聞。左上は緑の党・社民党連盟が「自分の一票で同志(セクマイ)に家庭を」とLGBTファーストの投票を呼びかけるステッカー。

 ●台湾政治と性的マイノリティ

 ーー日本の読者は、民進党はLGBT支持、国民党は反対、と単純に思っているかもしれませんが、台湾は国民党もじつはLGBTのことは言っており、馬英九元総統(国民党)も台北市長のときLGBTフェスティバル(2004)を行なうなどのニュースに接し、私は日本で「???」な思いをした記憶があります。

台湾の政治エリートやリーダー層はたいてい欧米に留学していて、LGBT課題が台湾でも早晩問題になるという認識はもっているでしょう。
長く続いた国民党独裁の戒厳令体制には、性的少数者が執拗に取り締まられ抑圧されたことは、台湾クィア文学の先駆け、白先勇『ニエズ~孽子』(国書刊行会。べつにテレビドラマDVDもあり)などで知ることができます。しかし、2000年代以後、民進党は「人権立国」の施策を進め、同性愛者やトランスジェンダーの権利擁護も掲げられました。台湾は、国連追放以後の国際社会でのプレゼンスを回復するうえでも、また中国の抑圧体制へのアンチを示すうえでも、民進党・国民党を問わず政治家は国際標準である「LGBTフレンドリー」の姿勢を見せるようになりました。

 ーーでは、台湾の同性婚の盛り上がりもしょせんパフォーマンスに過ぎない、と?

そういう観点から、台湾を単純に賞賛するのは早計とする論者はいます。ただ、私は同性婚についてはそうでもないと思っています。
台湾を観察していると、留学エリートはもちろん一般市民にも、人権とか民主主義とか自由とか、そういう近代の価値への信頼を感じます。日本は、自民党の改憲案などを見てもわかるように、社会の行き詰まりは人権や民主主義の行き過ぎのせいだ、という姿勢が出てくる。台湾は人権や民主主義をきちんと実現することで社会を進めよう、と志向する。
もう一つは、アンチ中国意識よりも自然な台湾ナショナリズムが育って、昨今それを「天然独」と呼んでいます。中国への対抗から同性婚を支持するというより、同性婚が欧米諸国でどんどんできているのになぜわが台湾だけできないのか、と素朴に思い、それをきちんと選挙で表明している。選挙ははじめて投票する若者世代(首投族といいます)がカギを握ると言われますが、彼らにとって同性婚はもうあたりまえです。

 ーー昨年、日本はLGBTブームでしたが、それが社会制度にも定着するのか。民主主義や投票への信頼感についても日本と台湾の違いを考えてしまいますね。

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2014年2月、北海道大学・琉球大学学生訪問団を引率して台北小英教育基金会を訪問。座談会で蔡英文次期総統と同席した鈴木教授(ご本人提供)

 ●台湾の当事者運動の諸相

 ーーもちろん台湾の状況は、当事者の運動があるからだと思います。台湾の活動の様子を教えてください。

台湾の当事者運動は2000年代以後といっていいでしょう。私が99年に10か月滞在したときには、電話相談(台湾同志諮詢熱線協会)はありました。あと大学サークルがはしりで(台湾大学「ゲイチャット」が最初)、講堂でいろいろな出し物を見せるファンドレイジングイベントをやって募金を集めていた。晶晶書庫(本屋)ができたのもそのころで、トークライブなども開催していました。ゲイ雑誌はありましたがまったくポルノで、ゲイバーやサウナは警察の手入れが多く、行くのにためらわれるような場所でしたね。

99年段階では、台湾でパレードができるわけがないと言っていましたが、パレードは2003年に始まり、いまや6万人が参加するアジア最大のプライドイベント。ややマンネリ感もあるなか、さまざまな団体から運営委員が出て、いろいろ内紛もあると聞くけど(苦笑)、ともかく継続して開催されています。
言われて気づいたのですが、台湾パレードはパンフレットに大企業の広告もないし、企業ブースもない、商業化の度合いがすごく低い。手作り的な素人っぽい感じで、費用は募金とグッズ販売です。LGBT市場は言われなくもないけど、日本の経済雑誌のような持ち上げ方は見ないし、当事者側でもあまり企業への働きかけはない。新自由主義的臭いを感じませんね。

トランスジェンダーは、台湾ではすごく存在感が薄くて、FTMは本当に知らないなあ。台湾にも女装文化はあるからMTFは多少いますが、日本のようにトランスで著名な活動家や議員候補はいません。台湾にも性別変更の法律はありますが、手術要件をはずす検討がされていると聞きました。
ともかくレズビアンが目立つ社会で、ゲイにつきもののクラブやサウナは、最近、薬物取り締まりで警察の手入れが多く、盛り上がらなくなってきました。
カミングアウトは台湾でもまだまだ難しいと思うし、例の同性パートナー証明書も昨年10月に調査に行ったときは、台北で23組、おもに活動家による登録だそうです。ただ、若い人ではカムアウトしている人も増えてきている印象ですね。

 ーー最後に、日本にいるものとして今後、台湾にどう注目したらいいでしょうか。

おそらく台湾のほうが、同性婚などの法制化は先に進むと思いますが、そのとき彼らがどう社会を説得し、進めていくか。欧米などキリスト教文化圏と違う、おなじアジアで儒教的な倫理を共有している国が困難を乗り越えていく姿は、日本にとって参考になるのではないでしょうか。台湾でできたことがなぜ日本でできないのかーー今後、日本の性的マイノリティはそう問いかけられると思います。

 

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