第84回 読んでから、観るか。観てから、読むか。 ハイスミスの小説『キャロル』と、 ヘインズの映画版『キャロル』。

 

前回、デヴィッド・ボウイのバイセクシュアル発言について書いたが、どうも書き足りていない気がしていた。デヴィッド・ボウイとは、いったい何者だったのだろうか? 彼のバイセクシュアル発言は、当時のゲイシーンに何を与えたのだろうか?
『ベルベット・ゴールドマイン』 日本予告篇
映画『ベルヴェット・ゴールドマイン』こそ、その答である。監督トッド・ヘインズが、グラムロックの勃興とその終焉を描いた作品である。主人公のブライアン・スレイドは、もちろん、デヴィット・ボウイがモデルであることは明らかだ。さらにトッド・ヘインズは、ブライアン・スレイドに、オスカー・ワイルドのイメージを重ねる。そこが面白い! それによって、この映画が、単に、グラムロックという時代の徒花(あだばな)であるオカマロックへの懐古趣味のみに没することなく、アイデンティティ、もちろんゲイ・アイデンティティをめぐる思索にまで昇華されているのだ。
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映画『ベルヴェット・ゴールドマイン』より、ブライアン・スレイド役のジョナサン・リース=マイヤーズ。
あれはたしか旅の途中だ
ヤツは言った
“人生はイメージだ”と
彼は言った
“イメージは自分で描け”
“それが自由だ”
(映画『ベルヴェット・ゴールドマイン』より)
トッド・ヘインズは、1961年生まれ。ほぼほぼ私と同世代である。つまり、幼少期に「ストーンウォールの抵抗」が起こり、ゲイ・パワーが炸裂する70年代を横目に、悶々とした青春期を過ごす。ようやくゲイとして生き始めようとする頃に、エイズクライシスが起きた。そんな世代である。
彼は、徹底してゲイであることにこだわり、作品作りをしてきた。彼の名が世間に知られるようになったのは、1991年、ジャン・ジュネの『薔薇の奇蹟』を下敷きにした『ポイズン』である。その後、『ベルヴェット・ゴールドマイン』と続き、『エデンより彼方へ』で絶大な評価を得る。この作品は、1955年のダグラス・サーク監督『天はすべてを許し給う』をリメイクしたものだ。ヘインズはこの作品を独自の解釈で、亭主がホモだと知った人妻が黒人の庭師に心惹かれて駆け落ちする物語に書き換えたのである。彼にとって、ゲイであることは、生きて、作品を作る上での“業”のようなものかも知れない。
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DVD『ベルヴェット・ゴールドマイン』(アミューズ・ビデオ/ASIN: B0000D8RO7)
そんなヘインズの新作『キャロル』が、今年の2月11日より公開される。この作品は、ふたりの女の出会いと恋の顛末を描いたもので、アカデミー賞最有力候補との呼び声も高い。だとすれば、レズビアンのラブストーリーが、初のオスカー受賞だ。期待が高まる。
映画『キャロル』(2016年2月11日公開/http://carol-movie.com
物語は、1953年。高級デパートのアルバイトで働く写真家志望のテレーズが、クリスマス間近のある日、客でやって来た美しい婦人キャロルと出会う。憧れともしれない、自分でもわからない感情に突き動かされるようにして、テレーズはキャロルを訪ねる。ふたりの女は、互いを知り合うにつれ、それが恋だと気づくのであった。
わたしがキャロルに対して感じているのは愛なのか、それとも違うものなのか。そんなことさえわからないなんてひどく間が抜けているように思えた。女性同士で恋に落ちる話は聞いたことがある。それがどういう人たちで、どのようななり(注/「なり」に傍点)をしているのかも知っている。しかしテレーズもキャロルも、そんなふうには見えない。それでも、テレーズのキャロルに対する感情は恋の条件をすべて満たしている。あらゆる恋の描写にあてはまる。「わたしにもそういうことが起こると思う?」
(パトリシア・ハイスミス『キャロル』より)
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さて、今回紹介するのは、映画『キャロル』の原作である。著者は、パトリシア・ハイスミス。映画好きであれば、ヒッチコックの『見知らぬ乗客』や、ルネ・クレマンの『太陽がいっぱい』の原作者といえば、お分かりいただけるだろう。
ハイスミス自身、レズビアンである。1950年の『見知らぬ乗客』でベストセラー作家となったハイスミスが、次に発表したのが『キャロル(原題『The Price of Salt』)』であったが、大手出版社に断られるなどトラブルに見舞われる。名義をクレア・モーガンに変え、弱小出版社から発売されたのが1952年。それでも、100万部近くの大ベストセラーとなったそうだ。とはいえ、日本で翻訳出版されることはなく、映画『キャロル』公開に合わせて、ようやく去年の暮れに河出文庫から発売されたばかりだ。
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左/キャロル役のケイト・ブランシェット、右/テレーズ役のルーニー・マーラ。
『ザ・プライス・オブ・ソルト(注/『キャロル』のもともとの題名)』の魅力は、ふたりの主要キャラクターが幸せな結末をむかえる、あるいは少なくとも将来をともにしようとして終わる点だ。この本より前のアメリカ小説に登場する同性愛者は男女を問わず、世間の規範から逸脱した代償として手首を切ったり、プールで入水自殺を遂げたり、異性愛者に転向していった(といわれていた)。あるいはひとりぼっちで、みじめに、人々から避けられて地獄も等しい憂鬱に転落していった。わたしの元へ届いた多くの手紙には次のような内容が書かれていた。「こういう小説で幸せな終わり方をしたのは、あなたの作品がはじめてです!」
(1989年に書かれた『あとがき』より)
映画『キャロル』は原作を忠実になぞっているが、テレーズが原作では舞台美術家の卵であるのに写真家志望と変えられている点など、ヘインズならではの演出がなされている。なかでも、ヘインズの面目躍如であったのが、舞台をアイゼンハワー大統領就任の年に設定したこと。この年、アイゼンハワーは、同性愛者もしくはそう疑われる人間を連邦職から追放する大統領令を出した。アメリカにホモパージの嵐が吹き荒れていたのだ。当時は、同性愛は治療すべき病気で、電気ショック療法が当たり前に行われていた。そんなエピソードをキッチリと描き込んでいるところなど、さすがヘインズ!と感涙する。
読んでから、観るか。観てから、読むか。映画も原作もオススメである。
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パトリシア・ハイスミス著『キャロル』(河出文庫/2015年 発行/ISBN 978-4-309-46416-9)

 

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