第3回 私ロンドン、ポパイ時々心淋し~35歳ウリ専ゲイボーイの忘形見~

さて私はスペインに嫁入りしてからというもの、贅沢とは無縁の生活を送っています。新宿二丁目でセカセカとオッサンにお酌する時には感じたことのない、安定した愛情と生活。だけど、やっぱり足りなくなるのが刺激というスパイス。留学していた時のような、破天荒な生活はひっそり影を潜めていますが、時々思い出す一人の人物がいます。(元彼じゃなくて)

ベラルーシの大学を卒業するか、しないかの時のこと。人一倍危機管理を怠らない私が痛恨のミス! 客引きのタクシーに捕まり、ナイフを持った覆面外国人に大金(銀行から下ろしたばかり)を盗まれるという……自分の不甲斐なさと情けなさに涙し、泣き寝入りで夜を明かしたのは言うまでも無く。頼れる友人も親もいない、彼氏のヘイコにお金の無心なんか絶対したくない。そんな私はなけなしの300ユーロを握り締め、夜のミンスクを去ったのでした。そう、ある決心を胸に秘めて。

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私が向かったのはフランス。実は知り合いの医学部教授の招きがあったから。建前はそう。でも水面下で私がフランスでしていたことは、○法就労(○に何が入るでしょう?)。日本に帰るチケットも宿代も食事代も無い。そんな私に部屋を間借りさせてくれた教授の斡旋というか彼の経営するクラブで、なんとか店子として潜り込むことに成功。モナコまで目と鼻の先にあるクラブで、トイレ掃除にグラス磨き。お客さんの介抱にお酒作り、何でもこなす日々。ベラルーシ帰りの貧困日本人ゲイという形容がなんだか受けて、結局約2ヶ月近くお世話になりました。自分の体を使うことなく、自分の経歴そして覚えたてのフランス語を駆使して、お酒を注いで貰ったお金。少ないながらも今まで稼いだどんなお金より、遥かに大きな価値があるものと勝手に思っています。

あまり長居しすぎるのも危険なので、お世話になった大学教授に少しのお礼と手鞠寿司を振舞ってバイバイフランス、バイバイモナコ。その後は稼いだお金で周辺各国を回りながら、最終目的地のイギリスへ。スノッブな雰囲気とダークグレーの空が迎えてくれたヒースロー空港の、難関パスポートコントロールも無事突破。私はロンドン郊外にある韓国人経営の日本人宿に、床を構えたのでありました。

ある日ロンドンの地下鉄でウロウロしていると、一人の英国紳士が声を掛けてきます。「君何か困っているの? 大丈夫?」こんなたわいのないやり取りですが、お互いのLGBTアンテナがピンと反応。出会って5分と立たず、互いの性的嗜好をテレパシー。色んなよもやま話しに、花を咲かせるのでした。親と絶縁状態なこと、ベラルーシで差別差別の日々を送ったことに、お金がなくなって○法就労なんかしたことも。他人だから、初めて会ったからこそ必要なはずの、バリアー機能はなぜか機能せず、ただ自分を曝け出す。きっと色んな思いやストレスが爆発したのか、それともただのバカなのか。彼は私より5つくらい年上のゲイガイ。白人にしては小柄で、やや筋肉質。整った造顔と、二の腕に存在感を示すのが、くたびれ色褪せたポパイのタトゥー。

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彼には中国出身のフリーランスのウリ専彼氏が居るみたい。(全然可愛くない)そして当の本人も現役のウリ専ガイなのだそう。日本では35を超えたウリ専ボーイなんて何の価値もなくなるが、ここはLGBT先進国イギリス。肌の色が白くて、鍛えた体とニヒルな雰囲気さえあればある程度客はつくのだろう。ダンディズム全開の彼はマリファナを吹かしながら、彼氏が実は他の男(60代)と偽装結婚していること。そして自身が遅漏であることを恥ずかしげもなく話し出す。

同じような境遇に、同じような宿命。そんな共通点を持った私達は、体の関係はなくとも、何でも話し合える、笑い飛ばせる間柄になっていきました。彼の家に呼ばれてカレーを振舞った日、一緒にスタバで魔女会議をしたり、英語を教えて貰ったこともあったっけ。決して涙は見せない強い彼だけど、やっぱり過去のトラウマがあるようだ。それは私が発した一言がきっかけ。「このイケメンと、隣の女の人は誰?」と彼の家の写真を指差した。彼が私に見せた初めての表情。それはどこか寂しげで、影がある苦悶のそれであった。その写真の男性は彼のお兄さん(ゲイ)で、去年拳銃自殺をしたと……しまったと思いながらも、しばし無言の抱擁を交わすことしか出来なかった。

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それ以降私は彼と会うことを躊躇った。それは彼の辛い過去に触れてしまったから? しかし帰国の途が近づくに連れ、最後くらいありがとうを言いたくなって、メールという卑怯な手段で連絡を取ることに。

Dear  Popeye

Hi,there.How are you?

Well I am so sorry about your brother. I could not meet you because I touched your sad past .I had no idea how to apologize and no finding words for you.

I am goint back to Japan tomorrow, so I just want to say goodbye and thank you . I hope someday we can meet again.

Best Regards

確かこんな感じかな、覚えてないけど。結局彼からの返信は日本に帰国して数日後に届いた。彼は私と出会ってから、何故かウリ専を辞めたという。理由は彼にしか分からない。私は彼が男娼でも、そうでなくても全く構わない。だけどなんだかホッとした気持ちになったのは、何故だろう。

その後ホセと結婚する前に1度だけ、彼にメールを送った。今度スペイン人と結婚するんだ! と。そして帰ってきた言葉は、Congratulationの一言のみ……もっと祝福してくれると思ってた。だからなんだか寂しくて、悲しい気持ちになった。彼は私にとって気の合うアニキ、そして戦友でもあった。だからこそお互いの傷を舐めあった。(傷だけです)

もうポパイのタトゥーを見ることは一生ないだろう。だけど時々思い出すのが、彼のタトゥーとちょっと乱杭な歯を覗かせる、はにかんだ笑顔。私は今のぬるま湯の幸せに浸かりながらも、頭のどこかで彼の今を気にしたりする。中国人の彼、自殺したお兄さん、そして辞めたと宣言したウリ専のことetc……。心憂いな私は誰もが寝静まった深夜に、こんなことに思いを巡らせる。でもそんなウダツの上がらない夜は、ウサギにホウレンソウをあげながら、ロンドンの時間旅行から現実世界に戻ってくるのだ。

【今日のつぶやき】 
ホセの為に買った鞄が女性用でしたが、本人は気にしながらも肩にかけて外出しています。

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