第73号 やはり起こった「遺言がなかったばっかりに……」

 

 ●遺言がなければ、同性パートナーが引き継ぐことは無理
「あのぉ、事情のわかった(ゲイの)弁護士さんを紹介してほしいんです……」
朝、事務所へ来ると留守電が点滅しています。再生してみると、おなじようなメッセージが、すでに3回ほど吹き込まれていました。3度目のそれには「よければお電話ください」とありますが、よほど慌てているのか、電話番号もありません。まずはふたたびかかってくるのを待つことにしました。
そして夕方……。やっとかかってきた電話で聞いた事情は、「ああ、やはりこういうことが起こるのか……」と暗い気持ちになる話でした。

ある地方に、どちらも十分シニアと呼びうる年代のゲイカップルがいました。二人はもう長いパートナーシップを継続しており、いっしょに事務所を開いて仕事をするパートナーでもあります。
ところが、きのう二人が出かけたお風呂屋さんで年上のかたが、とつぜん心臓マヒかなにかを起こして亡くなったというのです。
二人で営んでいた事務所は会社ではなく、個人事務所。お金の銀行口座も事務所の賃借権も、そして別の場所でいっしょに住んでいる家も、すべて亡くなったかたの名義であり、年下のかたは、そのかたに雇用されるかたちになっていました。
その名義者のほうが亡くなり、お察しのとおり、二人のあいだに遺言はありませんでした。

電話をかけてきたかたはお二人の友人で、以前見たパープル・ハンズの新聞記事を切り抜いておいたのを思い出し、そこに載っていた電話番号へかけてくれたという次第。その友人というかたもお年で、私は「新聞読むのは、やっぱり年配の人なんだ……」とへんなところに感心しつつも、同時に、「やはりこういうことは起こるんだなあ」と、打ちのめされる思いでした。

いかに長いカップルであろうと、仕事のパートナーであろうと、婚姻制度の外側にいる同性カップルは、法律上は「アカの他人」です。
そして、財産にはすべて所有権があり、その人が亡くなった瞬間に、所有権はその人の法定相続人に瞬間的に受け渡され、相続人が複数いれば法定の割合(相続分)で共有の状態になっています。「アカの他人」であるパートナーが介在する余地はありません。
所有権の瞬間ワープを食い止める方法は、自分が指定する人へ遺贈する旨の遺言を作成しておくか、養子縁組をして親子の関係になっておくか……。しかし、昨年から話題の自治体のパートナーシップ証明には、こうした相続にかかわる効果はありません。

今回のかたのご事情については、これ以上は控えますが、一般的に単身で亡くなった人の財産は法定相続人(親族。きょうだいや、きょうだいが亡くなっていればその子である甥姪)へ相続されるか、相続権のある人がだれもいないとなれば、国に収納されることになります。
したがって、遺言のないパートナーが故人の財産を承継しようとすれば、相続した親族からパートナーがそれを買い戻すとか、理解のある親族なら贈与してもらう(そのさいは高い贈与税を税務署に払う可能性があります)などが考えられます。
また、相続人(親族)がいない場合には、パートナーが裁判所へ「特別縁故者」の申し立てをして承継できる場合もあります。ただ、手間も時間もかかるし、全額を引き継ぐことができるかどうかはわかりません。そもそも裁判所がパートナーを「特別縁故者」と認めてくれるか、そこからして不明です。

そのカップルさんは高齢でもあり、きっと遺言や養子縁組のことは頭にあったと思います。いつかやろう、そろそろやろう。人はかならず死ぬ日が来るのだからーーそう思いながらも、まさかきょう自分が死ぬとは思わないでお風呂屋さんに行き、悲しいかな、その日、亡くなったのです。ちなみに私の父も、47歳で入浴中に死んだ口です。古歌に曰くーー

ついに行く道とはかねて聞きしかど 昨日今日とは思はざりしを (在原業平)

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相続人なき遺産の増加を伝える記事(2013年)。「身寄りない高齢者増」「分与の意思は遺言を」の見出しも。

 ●共同経営、共有不動産、そして子育て中にも遺言を!
この連載でも何度か触れましたが、遺言は、同性カップルにはぜひ知っておいてほしい知識です。
財産がないから遺言なんて……とは言いますが、1万円しか入ってない預金通帳でも銀行は勝手に名義を変えることはできませんし、片付けを依頼しようにも、遺品整理業者は相続人でもない人(処分権のない人)の依頼やサインで仕事をすることはできません。
まして今回の話のように、いっしょに仕事をしているとか、相手の名義で自分もローンを折半している不動産がある場合は、遺言が大事です。養子縁組もいいのでしょうが、親族と揉めている場合は縁組そのものを無効と訴えられる可能性もあります。公証役場を噛ませた遺言のほうが、まだ確実な気がします。
カミングアウトが苦手でなければ、自分たちで直接、公証役場で相談してもいいですが、できれば事情に通じた法律家や専門家ーー私じゃなくてもいいですがーーに、他に作成すべき書類がないか、親族その他のリスク対応は大丈夫か、法律的な点だけでなく税務やお金などライフプラン的な面はどうかなど、総合的に検討してもらうといいと思います(そのぶんお金も必要にはなりますが、生涯一度のこととして……)。

もちろん一人暮らしで渡すパートナーがいないというかたも、きょうだいなどの相続人を飛ばして、マンションなどを甥・姪に直接、渡してあげたいという場合には遺言が有効です(相続税が一代、節約になるかもしれません)。

あと、同性カップルで子育てをしている場合、子が幼いうちに自分が亡くなるといった万一の場合に備えて、子の養育のための生命保険に加入するほか、遺言でパートナーを子の未成年後見人にあらかじめ指定しておくことも可能です(民法839条)。子育てにかかわってほしくない大人(祖父母や元の実親、あるいは精子提供者など)が介入してくることを予防できます。未成年後見人は、親権者と同一の権利義務を有します(民法857条)。

共同事業、共同ローン、子育て……いずれも長いかかわりの過程では、「死ぬ」というリスクについても手を打っておく必要があるのではないでしょうか。
今回のような事例を聞くたびに、遺言一通あればスムーズにできることが……と思うと、本当に残念です。さいわい相談者の近隣にゲイの弁護士を知っていたので紹介しました。よく法律家と相談して、少しでもよい解決方法を導きだしてくださることを祈るのみです。

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遺言は、子どもが未成年のあいだに自分に万一があった場合にそなえるためにも必要でしょう。

 ●人生を振り返り、これからをよく生きるために
ところで、新聞記事を読むのは年配のかた、などと書きましたが、じつはこの記事を(ネットではなく)新聞紙面で読んで、高齢でパートナーシップも長いゲイカップルさんがこれまでに3組、私の事務所で遺言やパートナーシップ保証にかかわる書面(任意後見契約など)を作成されました。
どちらのかたも、「こういう先生をずっと探してた」とおっしゃってくださり、年配者への新聞記事の伝達力の高さを思わされました(笑)。
私もおかげでゲイの大先輩たちと知り合うことができて、仕事や報酬もさることながら(弁護士よりは安いです)、本当に豊かな気持ちにさせていただきました。

遺言では最後に、なぜこういう遺言をするのかなど、残る親族らの理解を得るためのメッセージでもある「付言」をつけたりします。ライターとして私が、うかがったお話をもとに原稿を作成しますが、依頼者は往々、その原稿に心を刺激されるのか、人生を振り返っていろいろ書き加えるものです。やはり「死」を想うことによって、人は本当に厳粛な気持ちで心の真実を述べることがあるのですねーーもちろんまだまだお元気ですが。
公証役場で遺言をつくるときは、全文を公証人が読み上げるのですが、自分で書いたものとはいえ、あらためて耳にするなかで胸に去来するものがあるのか、涙をこぼされるかたもいました。
役場を出たあと、カップルさんや、証人になってくれた(公正証書遺言には証人が2名必要です)古くからのゲイの友人のかたともご一緒にお茶をいただきながら、晴れ晴れとした顔で感謝の言葉を述べてくださったりすると、お二人の安心づくりのお手伝いができたことに、逆にこちらが感謝したくなる思いです。

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1年以上まえの新聞記事を覚えていて連絡をくださったことに、感謝。

【お知らせ】
今週日曜(3/20)午後、中野区内の会館でパープル・ハンズのイベントを開催します。

介護や医療、福祉関係者のための
高齢期の性的マイノリティ 課題を知るつどい
〜〜講演とシンポジウム〜〜

入場無料、職種等不問(どなたでもご参加ください)
詳細はこちら

 

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