第7回 小説家 岩本薫さんとの対話(前編)

 Comment  連載   BL進化論〜対話編〜  岩本薫              

1997年、第7回ビブロス(現:リブレ)小説新人大賞で期待賞を受賞し雑誌デビュー。1999年、単行本デビュー。2000年代に入ると、小説(小説:岩本薫、イラスト:不破慎里)とマンガ(マンガ:不破慎里、原作:岩本薫)が同時進行する「YEBISUセレブリティーズ」(通称:エビリティ)シリーズのメガ・ヒットで一躍人気作家になった岩本薫さん。私も岩本作品の大ファンなのですが、『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』では論じられなかったため「対話編」にご登場をお願いしました。

 

第7回ゲスト:岩本薫さん
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インタビュアー:溝口彰子
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©Katsuhiro Ichikawa

 

途方に暮れながらも『欲情』を書き終えた時、一筋の光が見えたんです

 

溝口:デビュー15周年おめでとうございます! ……といっても、15周年が2014年だったので、もう17年目ですが。15周年記念でエビリティのスペシャル本『YEBISUセレブリティーズ Special』(リブレ出版、2014)が出たのは嬉しかったです。人気シリーズのプレゼント小冊子用短編などをまとめた本って、楽しいけれども作品としては蛇足感があるケースも少なくないのですが、これはしっかり読み応えがあって、さすが岩本さん! と思いました。

 

岩本:ありがとうございます。

 

溝口:エビリティ後もヒット作が続いていて、すごいですよね。現在進行形だとまずモフモフ……もとい、人狼ものの「発情」シリーズ。1冊目の『発情』(リブレ出版、2007)はエビリティが終わる1年前だから、かぶってたんですね。『発情』はイラストが如月弘鷹さんで、シリーズ2冊目の『欲情』(2010)から北上れんさん。間が3年空いています。

 

岩本:実は、エビリティがファイナルを迎えて、Unit Vanilla(和泉桂・岩本薫・木原音瀬・ひちわゆかの4名の小説家によるユニット。代表作『SASRA』など)の活動が一区切りついた後、おそらく気が抜けたんでしょうね。2009年頃かな、どーんとメンタルが落ちて、何も書けなくなっちゃって。

 

溝口:ええっ!? でも、コンスタントに作品を発表されてましたよね?

 

岩本:書けなくなった時点で3年先までイラストレーターさんの予約も含めて仕事の予定がはいっていたので、皆さんに迷惑をかけてしまうし、どうしようかなと思って。各社の編集さんたちに相談したんですが、デビュー時からのリブレの担当編集者さんが、「ゆっくりでもいいので、とにかく書き続けましょう」とおっしゃったんですね。いわく、今まで何度もそういう状態になった作家さんをみてきたけど、いったん完全に執筆をやめてしまうと、戻って来るのがとても難しい。一度エンジンを切ってしまうと、次は、また、あっためるところから始めないといけない。エンジンを切らずに、のろのろ運転でも走り続けていたほうがいい、と。それで、書き続けることにしたんですが、いわゆる味覚障害のような状態で、書くことはできるのですが、書き上がったものが商業作品として及第点を取れているのかどうかが全然わからなくて途方に暮れました。だから、1章書き終わるごとに担当さんに送って読んでもらっていました。で、「大丈夫ですよ。書けています。いつもと同じですよ」って言ってもらえると「そうなのか」と思って、先に進む。それを繰り返していました。

 

溝口:では、「発情」シリーズもその状態で書いておられた?

 

岩本:1冊目の『発情』はまだ大丈夫な時でした(笑)。ただ2冊目がモロにどん底の時で、しかも一緒にシリーズを立ち上げた担当さんが休職されていた。当時は代理で編集長さんが担当してくださっていたんですが、私はもう頭真っ白でなんにも浮かばなくて。それで、編集長さんに「どんなシチュ(エーション)が好きですか?」って訊いたら、長い沈黙の後で「……拉致監禁です」って答えが返ってきて(笑)、「わかりました。それで書きます」って。その一言から『欲情』ができたんです(笑)。

 

溝口:賀門が迅人を拉致監禁するというお話がそこから生まれたんですね。

 

岩本:そうそう。で、そんなふうに書き始めた『欲情』でしたが、書き終えた時、一筋の光が見えたんです。真っ暗なトンネルの奥にうっすらと光が見えた。あ、あそこが出口なんだって思って、そこからその光を目指して歩き出して、ジムに通ったり、お芝居を観たり、旅行に行ったり、料理をしたり、二次創作に嵌まってオンリーイベントに行ったり(笑)いろんなリハビリをしました。完全に浮上したのは1年前くらいです。

 

溝口:なんと! 味覚障害状態がまる2年、リハビリが4年近く。そんなに長いこと苦しまれていたなんて、まったく知らずに、作品を拝読しておりました。……それにしても、そんなにメンタル面が落ちている間にも、こんな萌えのつまったエンタテインメント小説を書けてしまうってすごいですよね。

 

岩本:編集さんがおっしゃるには、「岩本さんはどんなに精神面がぼろぼろでも、書くものに表れない」と。わりと客観的というか、作品と自分との間に距離があるタイプだからかもしれません。

 

溝口:『BL進化論』では商業出版作品しか扱っていないんですが、2015年6月の出版翌月にトークショーで三浦しをんさんと対談させてもらったときに、質疑応答で「オメガバースについてどう思いますか?」という質問が出たんです。そのとき、しをんさんが、「オメガバース」と銘打った作品はフォローできていないが岩本薫さんの「発情」シリーズは一種のゴージャス版オメガバースものですよね、という意味のことをおっしゃって、なるほど、と思ったんです。でも今回読み直してみたら、「子供世代」カップリングスタートの『艶情 王者の呼び声』(2015)の「攻」が「英国ゴスフォード一族」の「アルファ狼」のアーサー、というオメガバース用語が出てきますが、「ゴスフォードの当主になるということはアルファ(群れのリーダー)になるということ」と書かれている。欧米の二次創作発祥のオメガバース(Omegaverse)の詳細は私も知らないのですが、アンソロジー『オメガバースプロジェクト』(ふゅーじょんぷろだくと、2015—)を参照すると、アルファは生まれつきの「種」のようなものだから、違いますよね。

 

岩本:そうですね。『艶情』の中では、現実の狼の生態用語として使っているので。

 

溝口:あ、だから「受」が「オメガ」ではないんだ。

 

岩本:そう。「オメガ」なのは「攻」のアーサーのお兄さんのユージン。生まれつき弱い個体。そういう個体は狼の群れのなかで必要なんです。狼の群れは、アルファ狼を頂点としたヒエラルキーが徹底していて、繁殖期にもアルファ雄とアルファ雌のペアしか子供を作れない。その他の狼は、生物として当然ストレスを抱える。そのストレス発散を受け止める役回りがオメガなんですね。ちょっとかわいそうなんですけれど。

 

溝口:なるほど、リアルな狼からのインスピレーションだから、オメガバースの流行より数年早い人狼ものなんですね。

 

岩本:私、平井和正さんのウルフガイシリーズが好きで(笑)、いつか人狼ものを書きたいとずっと思っていました。それでやっとチャンスが来て『発情』を書くことができたのですが、裏表紙のあらすじには人狼であることを載せられなかったんです。

 

溝口:(本を確認しつつ)あ、ほんとだ。「攻」については「更に大きな秘密があり…!?」と、におわせているだけですね。で、「岩本薫史上最高のエロスラヴ!」が締めくくり。

 

岩本:2007年当時は、人狼ものだと読者さんが手にとってくださらない可能性が高かったので、ひたすら「隠しました」(笑)。出版社さんにもすごく反対されて、人狼を書くこととバーターで、自分史上もっともエロを多くしたんです。

 

溝口:でも、途中からは人狼ものだっていうことを裏表紙にも書かれていますよね。いつからでしたっけ。

 

岩本:3冊目の『蜜情』(2011)ですね。どうやら世の中的にケモミミ・ブームがやってきているようだ、そろそろ人狼要素を帯や裏表紙などでも解禁していいのではないか、という話になって、やっと。

 

溝口:ああ、「ケモミミ(獣の耳)」、キャラが動物の擬人化で、かわいい耳と尻尾がついてるの、流行りましたよね。……で、『蜜情』で「受」が妊娠・出産します。けっこうびっくりしました。マンガ『Sex Pistols』(寿たらこ、 2004—)で慣れていたはずではあるんですが、岩本作品でも女体化だ、と。

 

岩本:さっきもお話しましたが、光は見えたけどまだトンネルの出口は遠かった頃に、私、初めて二次創作に読み手として嵌まったんです。同人活動をしたことがなかったし、薄い本は友達のオリジナルしか読んだことがなかったので、とにかくたくさん読んでみた。二次の世界って、皆さんご自分の萌えに忠実に、ものすごく自由に創作していらっしゃるんですよね。とにかく楽しそうで。それが当時の私にはとても眩しく映り、また、刺激にもなりました。で、二次では女体化作品もめずらしくなくて、最初見た時はびっくりしました。女体になってしまったら、それはもう男同士じゃないよね? と。でも、いろいろ見ているうちに、おもしろければなんでもアリなんだと気がつきました。「こうであるべき」とか、形に囚われる必要はないんだなって。自分の頭の固さを思い知るのと同時に、なんだかちょっと吹っ切れて。人狼だし、妊娠・出産してもいいんじゃないかな、って思ったんです。

 

溝口:リハビリの二次読書活動からモフモフ子育てエピソードが生まれたとは。感慨深いです。「女体化をどう思いますか?」っていうのも、いろんなところで訊かれて、これもまた私が二次創作にうといので満足なお返事ができないんですけど。「発情」シリーズについていえば、必ず男の体に戻ることと、女体化が本人には制御できないこと、女体化して妊娠・出産することが周囲に大祝福されて、女体の間も「非常に崇高な役目を果たしている男」のように扱われる——いわゆる「女扱い」はされない——ことがポイントなのかな、と思ったりしています。読者さんの反応はいかがでした?

 

岩本:そうは言いつつ、チキンなのでドキドキしていたんですが、意外や好評でした。赤ちゃん人狼の、コロコロムクムクした体つきとか、不安定故にしっぽとかミミとかがぴょこっと出ちゃうのがかわいい! というお声や、妊娠・出産・子育て全般について、お子さんのいらっしゃる方から、「自分の子育てを思い出します」といったお声もいただきました。

後編につづく)


■参考作品
艶情 王者の呼び声』(リブレ出版
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カバーイラスト:北上れん
©Libre Publishing All Rights Reserved.

 

 2016/03/17 17:00    Comment  連載   BL進化論〜対話編〜  岩本薫              
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