第88回 性差は先天性か、はたして環境か? ジョン・コラピント『ブレンダと呼ばれた少年』と、ジョン・マネー『性の署名』。

 

オカマの聖典、ドラァグクイーンのバイブル!『プリシラ』が宮本亜門演出の舞台となって12月上演される。そのプロモーションの一環として、ドラァグクイーンを大勢集めた写真を撮りたいので協力して欲しいと依頼があった。映画『プリシラ』が大好きなので、この申し出を受けることにした。撮影は、いまをときめく写真家レスリー・キー氏。私の呼びかけに総勢30名ものクイーン達がこころよく参加してくれ、さぞ華やかな極彩色女装絵巻が撮れたことだろう。
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プリシラ』(2016年12月上演予定/日生劇場/演出 宮本亜門/出演 山崎育三郎ほか/製作 東宝株式会社、エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ株式会社 )
ところがである。この企画の母体となっていたのが、皆さんご存知の「OUT IN JAPANであったことから、巷のゴシップ好きのおしゃべり雀たちがピーチクパーチク(笑)。「OUT IN JAPAN」と、その主催団体である「グッド・エイジング・エールズ」に対して、これまで批判的な態度をとってきた私が、彼らと急接近したのだから。マーガレット、ついに寝返ったか!? 日和ったのか!? 実は、この裏に巨額のお金が動いたのだ、とか。いやいや、実は、色恋絡みである、とか。はては、パレードのフロート・クイーンの座を狙った準備工作であるという噂話を聞いたときには、思わず笑い出してしまった。
そんなことないって。私はただ、『プリシラ』が大好きなだけだ。そして、女装が大好きなのだ。女装がたくさん集まると、楽しい。それだけだ。そのために尽力しただけだ。そして、実際、長丁場の撮影であったが、楽屋はにぎやかで、世代やスタイルの異なる女装たちが交流している様を見るのは、私にとってなにより楽しかった。
人間、主義主張ばかりで生きていくことは出来ない。好きなものを好きだと言い、好きなもののために何かをすることが、生きる目的なのだ。だから、大好きな『プリシラ』のために、出来ることをした。それだけだ。ところが、些末な現象をとらまえて、異なる文脈で読み解こうとしたり、政治利用しようとしたりする動きが出てくるのも、これまた現実。正直、面倒くせぇなぁ、と思う。
それはそれ、これはこれ。私の「OUT IN JAPAN」と「グッド・エイジング・エールズ」への疑問が、すべて解決したわけではない。批判すべきことは、これからも批判する。疑問に思うことは、疑問だと言う。ものすごくシンプルだ。ただ、今回の件で、彼らと以前よりも少しだけ近づくことが出来た気がする。視点がずれれば、見える景色も変わるはず。今年も桜の季節だ。残り少ない人生で、あとどれだけ桜を見ることが出来るだろうか。どれだけの違った景色を見ることが出来るだろうか。
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「OUT IN JAPAN」より。
というわけで、懲りもせず、「OUT IN JAPAN」について、苦言というか、批判というか、疑問を呈したいと思う。それは、『PROJECT #005』に登場した、田中里湖氏のことである。以下、本人によるコメント。
RICO TANAKA 田中 里湖
8歳 小学3年生
福岡県
FTX
#005 2015年11月撮影
むかしはいつも、おばあちゃんが女の子の服を買って送ってくれて、お母さんが写真をとって、おばあちゃんに送っていました。
2年生の冬に、男になりたいと言ったら、お母さんが、フレンズという団体を探してくれて、イベントに行きました。はじめて、男になった人、石崎あんりさんとあいました。
このとき、お母さんが、アメリカでは、男になったけど子供もうんだ人もいる、ということを調べてくれて、写真を見せてくれました。
3年生の5月、たからづかを見ました。男役の女のスターが、みんなかっこよくて、面白かったです。
3年生の夏に、プールの水着のことで悩んで、石崎あんりさんにそうだんしました。そうしたら、どんな服を着るかは自分で決めていいといわれました。学校の先生に手紙を書くのを手伝ってもらいました。それと、大好きなおばあちゃんがスカートを買ってくれても、ぼくはスカートを着たくないということを、おばあちゃんに言ってもいいよ、というのも、教えてくれました。このときから、明るい気もちになれました。
このあと、学校の先生にじぶんで手紙を書いて、先生とお母さんが話し合って、2学期からてんこうして、男子になれることになりました。
1学期がおわって、もとの学校の子たちがお別れ会をしてくれました。
2学期からは、新しい学校で、男子としてしょうかいされて、いまでもクラスになじんでいます。
さいごに、ひとこと。
人間のために、服があるのです。
服のために、人間がいるのではありません。
世界中のすべての人が、好きな服をきられるようになってほしいです。
そして、自信をもって、スターのようにかがやいて、生きていってほしいです。
このOUT IN JAPANで、ぼくはもっと自信がつきました。
レスリーさん、ゴンさん、みなさんにも、また会いたいです。
ありがとうございました。
(「OUT IN JAPAN」に掲載された、田中里湖氏のコメント。全文)
まず、里湖氏が8歳だということに驚かされる。そして、里湖氏が、自分の生き方を自分の手で切り開いていこうとする決意と姿勢に敬意を表したいと思う。しかしながら、私は、複雑な思いでいる。はたして、8歳の子供が、自分の性別(つまり、社会との関わり方)を決定することが出来るのだろうか? 「男子になれる」ことを生きる指標として決定してしまうには、若すぎるのではないか? とも思う。それを「OUT IN JAPAN」という媒体でカムアウトすることの意味も、十分に吟味されたのかという疑問もある。
とあるトランスアクティビストが、「8歳の子供をカムアウトさせて御輿にのせることにどういう正義があるのだろうか?」と語っているが、私も同じ意見である。
「たからづか」さえ漢字で書けない子供が、こうした宣言をしなくてはいけない状況をこそ変えていきたい。もちろん性別変更を目指すのであれば、早いに越したことはないという考え方もあろう。しかし、私は、セクシュアリティなど、じっくり時間をかけて、自分の人生に納得のいくものを選べばよいと考えている。まわりの大人は、それをゆっくりと見守ってあげたい。
「人間のために、服があるのです。服のために、人間がいるのではありません」というのは、名言だ。が、もし、里湖氏に私が言えることがあるとするなら、「服を着ることが、人間の生きる目的ではありません。着たい服を着て、着たくなくなったら、着替えればいいし、裸だってかまわないのです」と付け加えたい。どんな服を着ていても/着ていなくても、それを変なことだと思う社会をこそ、変えていきたいのだ。
何度も試着を重ねていけばよい。所詮、着るものなど、その人が社会と折り合うための道具にしか過ぎないのだから。里湖氏が、ゆっくり時間をかけて、自分の人生に似合う服(セクシュアリティ)を見つけられるように見守っていきたい。そして、里湖氏のカムアウトが、彼の、彼女の、これからの生き方を制限してしまうことのないことを祈っている。
人間のセクシュアリティは生まれながらに決まっているとする考え方がある。時々、間違って生まれてくる人もいるが、彼らは病気なので治療をすれば、正しいセクシュアリティで生きていくことが出来るとする考え方だ。それには、早いに越したことはないだろう。しかし、私の限られた見聞では、人間のセクシュアリティはとても曖昧で、茫洋としていて、複雑で、奇妙なものだということだ。それは生まれつきの場合もあるし、そうでない場合もある。時と共に変化する場合もある。それを、無理矢理に、男/女、同性愛/異性愛といった制度に当てはめようとしてはいけない。当てはめて、理解した気になってはいけない。人間という存在が、揺らぎ、変化するものであることを理解しなくてはいけない。私が望むのは、揺らぎ、変化するセクシュアリティを許容できる社会だ。
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ドレスを着たオッサンと子供たち。フィギュアは、すべてPLAYMOBIL製。
さて、今回取り上げるのは、人間の“性別”に関する本だ。非常にショッキングな内容である。ジョン・コラピント著『ブレンダと呼ばれた少年』。副題には、「ジョンズ・ホプキンス病院で何が起きたのか」とある。
この本を紹介する前に、もう1冊、紹介しておかなくてはいけない。それは、副題にある「ジョン・ホプキンス病院」のジェンダー・アイデンティティ・クリニック所長であり、性科学の権威的存在であったジョン・マネーの『性の署名』である。1975年に一般向けに出版されたこの本は、包皮切除手術中の事故で陰茎を失ってしまった双子の一人を、性転換手術を受けさせ、ブレンダという名の女の子として育てることに成功したという症例を紹介したものだ。これによりマネーは、「男性、あるいは女性としての性的な行動および志向は、生得的かつ本能的根拠に基づくものではない。本能的な男らしさ、女らしさは生まれながらに備わっているという理論にたいし、半陰陽の数々の例は、心理学的には、誕生時には性は未分化のままで、成長過程で体験するさまざまな出来事によって、男性であるか女性であるかの差異が生じてくるという自説を証明したことになった。なにしろ、一卵性双生児の一人は染色体通りの男性として、一方は、性転換手術により女性として生きているのだ。この世界的に有名になった「双子の症例」は、性差は後天的に、社会的要因によって作られるという説の有力な証左となった。思春期にこれを読んだ私も、自分がどのような性に生まれていようとも、どんな生き方でも出来るのだと知り、勇気づけられた思いがある。時まさに、女は女らしくというジェンダーバイアスに苦しめられていた女性達の運動が盛り上がっていた。これはフェミニズムに大いなる福音となった。フェミニスト達が、この本をその運動理論に多いに活用したであろうことは想像がつく
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双子の息子、兄ブライアンとブルース(後のブレンダ)を抱く母親のジャネット。『ブレンダと呼ばれた少年』口絵より。
時を経て、1997年に、ジョン・コラピントは『ローリング・ストーン』誌に発表した記事で、「双子の症例」は失敗であったことを暴露した。事実は、ジョン・マネーの報告と異なり、ブレンダと名づけられた少女は、女の子として幸せに暮らしているわけではなかった。アイデンティティの混乱と、抑鬱状態、暴力衝動、自殺願望に苦しめられていたのである。自らの生いたちの真実を知ったブレンダは、ジョン・マネー博士のもとを離れ、ふたたび性別再判定の処置を受け、男性として生活するようになっていたのだ。本書『ブレンダと呼ばれた少年』は、ブレンダの辿った数奇な人生と、性科学界での権力闘争や、ジェンダーを政治利用しようとする社会の姿を克明に追ったドキュメンタリーである。本書によって、ジェンダーは生まれつきであり、人為的に変えることは出来ないのだという言説がふたたび盛り返した。よって、男は男らしく、女は女らしくすべきだとの考え方が復権した。
この本が出版されたのは、2000年。日本でも同年、無名舎より発行されたが、絶版。2005年に扶桑社より再版された。時おりしも、ジェンダーフリー運動へのバックラッシュのまっただ中。本書が、それに一役買ったことも事実である。政治利用されたといってよいのかもしれない。
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ブライアン(左)とブレンダ(右)。『ブレンダと呼ばれた少年』カバーより。
本書は、ジョン・マネー博士の理論の間違いを正す役を果たしたのは事実だが、そのためにか、博士への人格攻撃ともとれる記述に満ちており、読むのがはなはだ苦痛であった。あからさまにミスリードを誘う箇所も多い。『性の署名』を読んだときの感動と違い、なんと後味の悪い読後感だったろう。私たちは本を読むときに、その背景にあるものや、その本が置かれている状況も加味して受け止めなければならない。村井智之は「訳者あとがき」で、次のように書いている。
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ふたたび性別再判定の処置を受け、男性デイヴィットとなったブレンダ。18歳の頃。『ブレンダと呼ばれた少年』口絵より。
 はたしてそのジョン・マネーが、本書に描かれているような狂気と悪の科学者であるかどうかは、さまざまな異論もあるだろう。実際、たとえそれが極端で過激なものであったとしても、因襲にとらわれた概念を打ち破る博士の貢献なくしては、現代の性科学の発展はありえなかった。もちろん、あきらかにデイヴィット・レイマー(注/ブレンダと呼ばれた少年の本名)のケースでは、マネーはあやまちを犯した。しかし、本書にも引用されているマネーの著作、『性の署名』を、マネーはこんなふうに結んでいるのである。「男性が自分の男らしさを疑う必要もなく、一人一人の個性をもっと伸ばせれば、また女性が自分の女らしさを疑う必要もなく、独自の個性を伸ばせれば伸ばせるほど、それぞれの人は人間としてより優れ、同時に、互いをいっそう十分に補いあい、高めあうことが出来るようになるだろう」(『性の署名』朝山新一訳、人文書院)。
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最初の性別再判定手術を受けた頃のブレンダ。2歳の頃。『ブレンダと呼ばれた少年』口絵より。
この本を読むときは、必ず、『性の署名』と併読をお薦めする。そして、人間の性が、本人を離れて利用されてしまうことの怖ろしさを理解してもらいたい。そして、出来れば無明舎版と扶桑社版も読み比べて頂きたい。帯文やあとがきの文章が、それぞれの本の出版の意図の違いを表している。
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ジョン・マネー著『性の署名 ─ 問い直される男と女の意味』(人文書院/1979年 発行/ISBN 9784409230121)
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ジョン・コラピント著『ブレンダと呼ばれた少年 ─ ジョンズ・ホプキンス病院で何が起きたのか』(無明舎/2000年 発行/定価1800円)
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ジョン・コラピント著『ブレンダと呼ばれた少年 ─ 性が歪められた時、何が起きたのか』(扶桑社/2005年 発行/ISBN 978-4594049584)

 

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