第9回 マンガ家 羽生山へび子さんとの対話(前編)

2010年『僕の先輩』(大洋図書)でデビューした羽生山へび子さん。なつかしさを感じさせる絵柄で、ヤンキーとリーゼントで突き進んでいくのかとのんびり愛でていたら、2015年春、ちょうど『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』の入稿直後あたりから怒涛の新展開。これはぜひお話をうかがわねばと、「対話編」にご登場いただきました。

 

第9回ゲスト:羽生山へび子さん
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インタビュアー:溝口彰子
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©Katsuhiro Ichikawa

 

最初は何もわからず「見せゴマってなんですか?」レベルでしたね(笑)

 

溝口:羽生山さんは絵柄になつかしい感じがあるんですが、デビューは2010年と、最近ですよね。もしかして、長いこと同人活動をなさっていたとか?

 

羽生山:いえ、同人活動はしたことがないです。高校時代に友達のに小説で参加したことはあるんですが。

 

溝口:では、マンガはいつごろから描かれていたんですか?

 

羽生山:絵はずっと子供時代から描いていましたけど、発表するようになったのは、2000年からですね。パソコンを買ったので、とあるジャンルの二次創作のサイトを始めまして。最初は小説だけだったんですが、絵をアップするとそのほうが見てくださる方たちの反応が良かったものですから。

 

溝口:あ、では、そのサイトでストーリーマンガを連載されてたんですね。

 

羽生山:いえ、全然。一枚絵を連続で並べてストーリーっぽく見せていた感じです。

 

溝口:では、マンガを描き始められたのは?

 

羽生山:2007年に大洋図書さんにお声をかけていただいて、それでコミスタ(マンガ制作ソフトComic Studio)をあわてて買いました(笑)。

 

溝口:ええっ! じゃあ、初ストーリーマンガが商業デビュー作『僕の先輩』なんですね。

 

羽生山:そうなんです。

 

溝口:でもBLマンガは商業、二次創作といろいろ読まれていたんですよね?

 

羽生山:いえ、それが全然でして……。まわりにもマンガを読む人がいなかったのもあって。

 

溝口:それでストーリーマンガを描くのは大変だったのでは……。

 

羽生山:はい、非常に(笑)。何もわからなかったですからねえ。プロットを、私はワープロ打ちで、だーっと書いて、その段階でセリフも決めちゃうんですが、プロットの直しが10回以上ありました。で、ネーム段階でコマ割りをするんですが、ネームの全直しが2回。部分的な直しは数え切れないほどで。

 

溝口:まさにデビュー作の制作イコール、マンガ修行だったんですね。

 

羽生山:「見せゴマってなんですか?」とか、ほんとにひとつひとつ教えていただきながらでした。……今、思い出しましたが、2度目にネームがボツになった時点で原稿締め切りまであと1週間くらいで。でも、諦めたくなかったので、次の日までにいちから違うマンガに描き直して、それが『僕の先輩』の第1話です。

 

溝口:第1話というと……16ページ。すごい! ところで、そのデビュー作『僕の先輩』以来、羽生山さんというとヤンキーっていうイメージがあったんですが、私が今回、どうしても対談させていただきたいと思ったのは、「わかばさん」なんです。『晴れときどき、わかば荘 あらあら』と続編の『晴れときどき、わかば荘 まあまあ』の「春野わかば」。「女装のおっさん」わかばさんが、小料理屋「わかば」とアパート「わかば荘」を経営していて、1冊目『あらあら』では、アパートの店子の若いコたちの恋愛模様を見守っている役回りですが、『まあまあ』後半ではわかばさん自身の半生が描かれるじゃないですか。

 

羽生山:はい。

 

溝口:物語の現時点で一緒に暮らしている「ケンちゃん」と、彼が5歳くらいの時に出会ったこと、引き裂かれたけど10年後にケンちゃんがわかばさんを探しあてて再会したこと。現時点ではケンちゃん36歳、わかばさんは多分、ふた周りくらい上。わかばさんは、まだ若いケンちゃんを縛っておくのはいけないと葛藤しているんだけど、ケンちゃんは自分にもっとたよってくれと、添い遂げる宣言をする、っていう。私、感動してしまって。それと同時に、これは、「オネエ」や「オカマ」キャラが主役になったBLの初の作品だ! いや、BL以外のジヤンルでもきわめて珍しいんじゃないか? って思って。

 

羽生山:ありがとうございます。じつは、1冊目の『あらあら』を描き始める前から、『まあまあ』の終わりまでのプロットはできていました。というかそもそも『わかば荘』のお話を作る前に、わかばさんの回想が始まるところから、ケンちゃんが迎えにくるところまでのプロットは作っていたんです。

 

溝口:物語の現時点でわかばさんが倒れて、次のページをめくると、倒れたから病院に行ったのかと思いきや、若き日のわかばさんが背広ネクタイで、怪我した手にかわいいスカーフ巻いて病院の待合室で名前を呼ばれる、っていうそこから先ですよね。このページはものすごくインパクトが強いので、創作の時間軸的に一番最初からあったと聞いて納得です。でも、どうして先行してたんですか?

 

羽生山:実は、某青年誌の方からお誘いをいただいて、何本かプロットを出させていただいたなかの1本でした。

 

溝口:なるほど、だからBLとしては異色なんですね。

 

羽生山:でも、その青年誌の編集さんからは「これ、BLだよね」と切り捨てられまして。「BLだと思って書いていないんですが」と言ったんですが、「この人が女の子だったらね」って。

 

溝口:ええー。わかばさんが女性だったら全然違う話じゃないですか。っていうかそれもうわかばさんじゃないし(笑)。

 

羽生山:ですよね(笑)。正直、イラッとしました(笑)。

 

溝口:でもまあ、その方が「これはBLだ」と断じてくださったおかげで、結果的にそれまでのBLにはなかったタイプの作品がBLのなかで生まれたので、感謝しなくてはいけないのかもしれませんが。

 

羽生山:私も、結果的にはBL誌で描かせてもらってよかったと思っています。わかばさんの回想部分だけだと連載には物足りないので、この人が経営しているボロアパートにいろんな人が住んでいたら楽しそうだな、っていう発想から、わかば荘が生まれましたし。

 

溝口:なるほど。若者キャラたちも個性的ですけど、わかば荘、築50年だけあって、いい味出したアパートですよね。

 

羽生山:私、建物萌えでして。ここにどんな人が住んでいたら萌えるかな、って妄想していくので。わかば荘も、実際に見かけたボロいアパートから発想したんです。

 

溝口:ところで、わかばさんってそれまでの羽生山さんのキャラとかなり違いますが、そもそもどこから生まれたんでしょう?

 

羽生山:うーん、女装の人、なので、私とは全く違う人なんですけども……。私自身がスカートが苦手なんですね。でも、女の人はスカートをはくっていうことになっているので、どうしてはかないんだ、って言われる。とくにうちはすごく田舎なので、少しでも人と違うことをすると、親の恥になるとか、そういうふうに言われてしまう。恥ずかしくないように生きなくてはならないって、そんな、そのために自分に嘘をつくなんて、とは思うけれども、仕方ないところがある。そういう苦しみを、わかばさんに投影したところはあります。

 

溝口:わかばさんが、とても女性的ではあっても、女性としてパス(通用)したいトランスジェンダーの人ではないのは、そのあたりからなんですね。

 

羽生山:完璧な女性ではない、そういう感じもまた不便なんじゃないかな、と思ったんですよね。なんとなくですけど。で、そういう人が最後には幸せになるっていうお話を描きたかったんです。

 

溝口:ケンちゃんが10年後にわかばさんを捜し出して再会したのって、15、6歳くらいかなと思って読んでいたんですが。

 

羽生山:はい、そのくらいのつもりで描いています。

 

溝口:そうすると、わかばさんと一緒に小料理屋とアパートをやろうかということで物件を見ている時に不動産屋さんに「息子さん」って言われて「彼氏です」って言う時点では、ケンちゃんはすでに板前さんになっていますが、再会から何年か経過しているわけですかね。

 

羽生山:わかばさんってちゃんとしている人っていうか、めちゃくちゃできる人じゃないから、15、6のケンちゃんと再会したけれど、二十歳になるまでは弟的に、部屋も別々でやってたのかな、って思っています。

 

溝口:その間に板前の修行をしたわけですね、ケンちゃんは。

 

羽生山:とはいえ、ある時点でケンちゃんの「雄」が暴れてもう辛抱できなくなったんだろう、わかばさんの風呂を覗くだけの日々は耐えられなくなってそれで……、と、思っていますが(笑)。

 

溝口:なるほど(笑)。そのあたりも読みたいです。……ところで、物語の現時点で倒れてしまったわかばさんにケンちゃんが言うセリフがすごくいいなあと思って。子供の時に優しくしてもらった、手をひっぱってくれたことで生きてこれた、という回想の次に、「お前今日、いま、幸せか? そうじゃねぇなら今度は俺がおまえの手ぇひっぱらせちゃくんねぇか 俺ぁなおまえが思うよりもうちょっとばかり 強ぇかもだぜ」って。リズムもいいですよね。

 

羽生山:リズム、というか、人が実際に言わないことはセリフとして書かないようにしよう、って思っているんです。ケンちゃんだったらきっとこう言うだろうな、と思って書きました。

 

溝口:確かに。2ページ前にわかばさんが「あたし幸せよ ほんとうよ」って言っていたにもかかわらず、信用していない気持ちと、でも嘘つくなとか言いたいわけじゃない気持ちが、「お前今日、いま、幸せか?」っていうこの瞬間を切り取る質問になってますし、自分が子供時代に手をひっぱってもらったから、今度は手をひっぱらせてくれないか、っていう、自分がリードすることを受け入れてほしい、っていう言い方が、ケンちゃんらしい。で、そういうケンちゃんなのも5歳の時のわかばさんとの出会いがあったからだし、さらに、15歳ごろの再会からの20年間があったからなんだ、って、そこまでが迫ってくるから、ものすごく感動しちゃうんですよね。……BLならではの決め台詞、たとえばこういう場面であれば「ずっと一緒にいよう。生きている限り」「俺についてこい。絶対に幸せにしてやる」とかっていうセリフを「スパダリ(スーパーダーリン)」に言わせたい、言って欲しい、っていうのは一種BLの醍醐味ですけど、そういった王道とはほとんど無縁な『わかば荘』も立派に商業BLとして成立している。BLジャンルの成熟に感謝したい気持ちです。

後編につづく)


■参考作品
晴れときどき、わかば荘 まあまあ』(大洋図書
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©Taiyohtosho Company. All rights reserved.

 

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