第10回 マンガ家 羽生山へび子さんとの対話(後編)

2010年『僕の先輩』(大洋図書)でデビューした羽生山へび子さん。なつかしさを感じさせる絵柄で、ヤンキーとリーゼントで突き進んでいくのかとのんびり愛でていたら、2015年春、ちょうど『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』の入稿直後あたりから怒涛の新展開。これはぜひお話をうかがわねばと、「前編」にひきつづき、「対話編」にご登場いただきました。

 

第10回ゲスト:羽生山へび子さん
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インタビュアー:溝口彰子
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©Katsuhiro Ichikawa

 

ライバル意識って恋に似ていますよね

 

溝口:出たばかりの『きゃっつ 四畳半ぶらぶら節』はまさかの猫擬人化もので、しかも江戸時代ものです。あとがきによると、担当編集者さんに猫の絵の落書きを見せたらそれで行こうということになったそうですが。

 

羽生山:そうなんです。

 

溝口:その落書きってどんなものだったんですか?

 

羽生山:コミックスの表紙と近い感じです。あ、でも、弥源治(やげんじ)はもうちょっと、何か働いていたかもしれない(笑)。

 

溝口:では、この、頭は完全に猫で、体の模様も猫だし尻尾もあるけど、体は人間っていう「猫人間」は最初からなんですね。で、清二が魚屋で、江戸時代もの、っていうのも。どうして突然の江戸ものなんですか?

 

羽生山:江戸ものは前から描いてみたかったんです。ドラマの『必殺仕事人』が好きだったというのもあって。……とはいえ、中村主水の闇の仕事のほうよりも、普段の生活のお笑いの入った面白さのほうに食い入って見ていたので、自分の作品も、江戸の生活ものということでこういう話になりました。

 

溝口:「羽生山へび子が描く えどかわいい 猫びーえる物語。」と帯でうたっていて、この手があったかー、と思いました。というのも、BLで時代ものって、月代の問題があって難しいと聞いたことがあったので。髪の毛の一部を剃り込んでいて、部分ハゲみたいだからですよねきっと。でも、「猫BL」だと頭が猫なので何の問題もないし、ケモミミ人気にもリンクしているし。この作品は大洋図書さんの「b’s garden」でweb連載されていたものを紙の本にまとめられたものですが、それはやはり実験作だからでしょうか?

 

担当編集者さん:そうですね。web連載を始めた2014年当時は、他社さんで、webで先行して本文を無料で公開して後から紙で、というやり方が増えていた時期だったので弊社でも実験したいというのもありました。あとはなにより、羽生山先生にはやりたいことをのびのびやってもらいたいな、というのがありましたので。

 

溝口:愛されてますねー!(笑)『きゃっつ』は、男同士でひろったちびっこを育てながら、いろいろあるっていうほのぼの物語ですよね。出番の少ない三味線のお師匠さんは女性ですけど、大家さんも寺子屋の先生も義賊を騙った若いコも、主な脇役はみんな男。清二と弥源治の関係性は単なるくされ縁の友達同士で部屋主と居候っていうよりはすでに倦怠期の「ふうふ」みたいでもあって、そういう意味ではBL風味なんですが、でもBLプロパーではない。というのは、いわゆる性愛はない。まあ、弥源治が誘ってすりよっている図はあったりするんですがなにしろ顔が猫なので(笑)ナマナマしさはない。なので、いわゆるBLは苦手なんだけど男同士でいちゃこらしているのは読みたい、っていうほんわか層にも受け入れられるんじゃないかと思います。

 

羽生山:BLでもありBLでないともいえるような、ボーダーレスなところに行きたいなあという気持ちがあって、こうなっています。だいそれたことなんですけど。

 

溝口:ああなるほど。なんで猫で江戸でBLなんだって思ったんですが、ボーダーレスとうかがって納得しました。BLではない作品を描きたいというご希望もあるのでしょうか?

 

羽生山:いえ。……BL、ではないとしても、男性主人公のお話を描きたいと思っています。女性をメインに描くのは今のところはないかもです。

 

溝口:そういえば、『きゃっつ』以外の作品でも女性はほとんど登場しませんよね。ところで、江戸ものを描くにあたっては、時代考証が大変なのではないかと思うのですが。

 

羽生山:江戸時代に関しては詳しい方が多いですもんね。だから、というわけではないんですが、嘘を描いてはいけないなと、いろいろ調べています。

 

溝口:例をあげていただけますか?

 

羽生山:こだわってもあまり目立ってはいないんですけど(笑)。たとえば、夜の描写ですね。瓦灯(がとう)はあったわけですが、ものすごく暗くて、見えるか見えないかだったはずです。なので、なるべく暗い感じを出そうとしていますが、まさか真っ暗にはできないので、絵で表すのは難しいです。また、庶民は魚の油を使ったりしていて、もっとお金のあるおうちでは質のいい油とか蝋燭を使っていてもっと明るかったはずなので、その描き分けとか。

 

溝口:あ、たしかに、清二の部屋と、大家さんの部屋ではあかりの大きさと明るさが違いますね。それと、私は着物についての知識はないんですけど、清二がぼてふりの魚屋だったり、弥源治が荷物運びの仕事をしたりするときのからげ(たくしあげ)方とか、いろんな柄の着物が出てくるのとかが、なんだか本格的な気がするのですが。

 

羽生山:着物はもともと好きなんですよね。見るのが。それと、江戸時代の商売人図録みたいな本をいくつか参考にしています。いろんな商売人がどういう格好をしていたかがずらっと出ていまして。西と東ではどう違ったかとか。もちろん、江戸時代のことなので、資料本に出ていることが本当に正しいのかどうかは誰にもわかりませんけど、自分で勝手に作っちゃうのは違うなと思うので。もちろんファンタジックに妄想で描くところもあるんですが、だからこそ、できる限り本当のところに沿って描くところがないといけないと思っています。

 

溝口:ちなみに、「イケメン番付」はファンタジックなものですよね。

 

羽生山:そうです(笑)。なにかと番付はあったみたいですが、「イケメン番付」については面白くするための創作ですね(笑)。

 

溝口:できる限り本当のところに沿って、に関連してなのですが、『晴れときどき、わかば荘 あらあら』の「102号室、幕之内大輔 青い影」。競馬の騎手の先輩後輩のお話ですが、騎手をやめて数年間、だらだら暮らしていた大輔が、半年で復帰しますよね。「半年で体作るのめちゃくちゃ大変だった」って言っていますが、これってありえるんですか?

 

羽生山:実は地方競馬の関係者に知り合いがいるので聞いてみたんですが、「ま、無理だね」「死ぬ気になってやれば可能かもね」っていうことで。

 

溝口:あ、やっぱりちゃんとプロの方の意見をお聞きになっているんですね。で、ギリギリありえなくはない、と。

 

羽生山:はい。ギリギリですけど(笑)。

 

溝口:そもそも、ジョッキーが主役のBLってすごく珍しいと思いますし、ヤンキーやヤクザのように、青年劇画や映画など、別のエンタテインメントのジャンルでの定番をBLに持ってくるのとも違って、現実の地方競馬からの「直輸入かな」と思ったりしていたんですが。

 

羽生山:他のジャンルのことはよくわかりませんが、私が競馬好きなのは確かですね(笑)。

 

溝口:どのくらい見ていらっしゃるんですか?

 

羽生山:もう20年にはなりますね。

 

溝口:では、実際の騎手の方達に触発されて、とか?

 

羽生山:騎手の方々が仲良しな写真をネットにあげていたりすると、「かわいいな」と思いますが(笑)、彼らに対しての「ナマモノ萌え」から創作するっていう感じでもないです。競馬は、血統がつながっているとか、世代を超えてのライバルとかロマンがいろいろあるので、競馬のお話はいつか描きたいなと思っていたんです。ライバル意識って恋に似てますよね。

 

溝口:はい(笑)。そっかやっぱり「直輸入」なんだ、って、今、私、興奮しています(笑)。鹿乃しうこさんがBLに「ガテン系」を取り入れられたとき以来の興奮かもしれません(鹿乃しうこ『GATENなアイツ』)。競馬ものBLは、たしかに奥が深そうです。「職業もの」でもあり「スポーツ」でもあり。

 

羽生山:馬主さんと騎手の関係性も、いろいろあると思うんですよね。もちろん馬主さん同士のライバル関係もあるでしょうし。あと、生産牧場にもドラマがあります。馬同士、親もライバルだったとか。

 

溝口:昨今のBLは、ケンタウロスもの(えすとえむ『はたらけ、ケンタウロス!equus(エクウス)』)も、カブト虫同士(SHOOWA『ニィーニの森』)もアリな成熟したジャンルなので、馬同士もアリなんじゃないでしょうか。ところで、拙著『BL進化論』をお読みくださったとのことで、ありがとうございます。手前味噌ですが何か印象に残ったことがありましたら。

 

羽生山:「俺はホモなんかじゃない」っていうセリフが90年代のBLにたくさんあった、というのに驚きました。

 

溝口:あったんですよ!(笑)……でも、羽生山さんには定型を気にせずにのびのび創作していただきたいです。って、担当編集者さんと同じことを言ってしまいました(笑)。改めて思ったんですが、羽生山さんの場合はデビューが1995年とかじゃなくて2010年なのは幸いでしたよね。

次回の対話篇ゲストはマンガ家の中村明日美子さんのご登場です!


■参考作品
きゃっつ 四畳半ぶらぶら節』(大洋図書
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