第43回 あなたとはしたいけど、これはしたくない

 

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会ったばかりの人と赤ワインを飲みながらロマンチックな会話を楽しんでいた。彼が住む高層マンションの広いワンルームは綺麗に片付けられていて、私たちが座るソファーは観葉植物に囲まれていた。数少ない家具や壁にかかったアートはどれもセンスが良く、そんなお洒落な空間にメロメロになっていた。話のネタもいつのまにか尽きて、目と目が合って、急に空気の温度が変わった。ワイングラスをテーブルに置くと、相手の顔が近づいてきた。さっきチーズいっぱい食べたけど息は大丈夫かなという心配をしながら、自分も勢いに任せて顔を近づけた。

痛っ!

素敵なキスを期待したのに、予想外の痛みを唇に感じた。相手の鋭い歯が食い込んでいる。キスするときに噛む人は彼が最初ではない。これまでにも数人噛むのが好きな人と出会ったことがある。キスの最中に噛みたい衝動を否定するつもりはない。時と場合によってはとてもセクシーな行為だ。しかし、個人的にキスは噛まない派である。いきなり噛んできた彼を怒るつもりもない。事前に噛むか噛まないかという会話を怠ったから、お互いに責任がある。

「悪いんだけど、噛むのはナシでも大丈夫?」

キスを中断してストレートに思ったことを彼に伝えると、曖昧な頷きをもらった。彼はわかってくれたのだろうか。そんな微妙なコミュニケーションじゃわからない。そして、すぐにまた抱きついてキスを続行したい彼。もう一回ここで彼を止めるのも気まずくて、伝わったと信じることにして彼の口に唇を近づけた。

痛っっっ!!!

全然伝わってない。しかも、さっきより強めに噛んでいる。目を開けてみると、彼はひとりよがりにまだキスを楽しんでいる。ちょっと呆れながら、もう一度キスを中断した。少し座り直して、ワイングラスをまた手に取った。もう半分くらい気持ちは冷めていたが、下半身は準備万端だった。まだセックスをあきらめきれない。赤ワインを一口飲んだ後、これ以上ないくらいにわかりやすく彼に噛まないでと伝えた。

「セックスしたくないからそういうこと言うんでしょ? 俺のことが好きじゃないんなら、素直に言えばいいよ」

さっきまでノリノリだった彼はプンスカ怒った。あんなに大人っぽい人が今はおもちゃを取られた子供のようにふてくされている。さっきまでお洒落に見えた家具やアートも、よく見ればカタログのモデルルームをコピー&ペーストしたような無個性なものばかりだった。美味しかった赤ワインも、今は渋みばかりが気になってまずい。会話にならない彼を見て、もう完全に萎えていた。セックスはもうあきらめることにしよう。

「あなたとはしたいけど、これはしたくない」

そんなシンプルなことを伝えるのはたまに凄く難しい。セックスという繊細な行為の最中に拒絶されたくないという気持ちはよくわかる。自分がしたいこととしたくないことを相手に伝えるのは恥ずかしいというのもよくわかる。ただ、そのコミュニケーションができないとお互いが楽しめるセックスにならない。相手に噛まれたくないのに、それを我慢してまでセックスをするつもりはない。したくないことを強要されるのはセックスではないからだ。それに、一緒に楽しめる行為を見つけるための会話は決して難しくない。

「しゃぶしゃぶが嫌なら、焼肉にする?」

それだけのことだ。そうしたリスペクトと思いやりで、セックスはもっと気持ちよくなる。いくら素敵な人でも、この会話ができないならセックスをするつもりはない。

 

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