第11回 マンガ家 中村明日美子さんとの対話(前編)

2000年、デビュー。2006年にBL誌『OPERA』で連載を開始した初のBL作品「同級生」シリーズ(2008-2014)が、BLランキング1位を何度も獲得するなど、一躍、BLを代表する作家のひとりとなった中村明日美子さん。『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』では、ホモフォビアを乗り越えるヒントを示す「進化形」BLの代表作として同シリーズを考察。また、表紙のイラストレーションを中村さんに描き下ろしていただきました。いわば『BL進化論』に「顔」を与えてくれた中村さん。アニメ版『同級生』も大評判な2016年初夏、対話編にご登場いただきました。

 

第11回ゲスト:中村明日美子さん
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インタビュアー:溝口彰子
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©Katsuhiro Ichikawa

 

登場するキャラは「見えている」部分しか描かないようにしています

 

溝口:『BL進化論』を上梓して1年近くたちますが、本を見るたび、また、記事などで書影を見るたび、幸せをかみしめています。アメリカの大学院生時代から始まった研究だったので、日本のマンガの絵柄に馴染みがない指導教授が見ても間違いなく男同士だとわかるようにとか、カバー下に2人の30年後の絵も描いてほしい、など、いろんなリクエストを全部きいてくださってありがとうございました! さらには、思いがけず、キャラの服の生地の布目を手描きで描いてくださって、それが緻密でありつつ味になっていて、モノクロ線画であることを最大限に活かしてくださいました。

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溝口彰子 著/中村明日美子 カバーイラスト『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(太田出版

 

中村:ちょっと職人技っぽく(笑)。描いてて楽しかったですよ。内川(たくや)さんがカッコよくデザインしてくださって、良かったです。

 

溝口:はい。背表紙のタイトルが右にかたよっているところもカッコいい。……ところで、私、いつから中村さんの作品を読んでいるのか思い出してみたんですが、『同級生』シリーズ1冊目の単行本が2008年に出た時、BL愛好家の友達から「すごいから読め」っていう「通報」でその存在を知ったんですよね。で、なんて新鮮で個性的なんだ、とファンになって、「マリリン・モンローになりたかった少年」Jの半生を描いた『Jの総て』(2004-2006)も、かわいい少女マンガ『片恋の日記少女』(2008)も、ゴスロリものも、とにかく中村明日美子作品は全部読むようになりました。多分、一番よくあるパターンの入りかたですよね(笑)。

 

中村:たしかに、『同級生』の単行本が出た後、読者さんからの反応がそれまでとは桁違いになりました。

 

溝口:それで最初にお目にかかったのは2011年の初夏、NY市立大学フェミニスト・プレス発行の『WSQ』というジャーナルで誌上キュレーションした「In Flux(流れのなかで)」に、榎田尤利/ユウリさんのテキストとのコラボレーション作品を寄せてほしいと依頼した時でした。ちょうど休業から復帰なさったばかりのころでした。体調を崩して休業されたと聞いているのに、復帰早々、こんな依頼をして恐縮だけどもぜひとも参加していただきたい! って緊張して打ち合わせに臨んだのを覚えています。

 

中村:そうでした。2011年でしたね。休んだのは、2010年、ちょうど、『空と原』の途中でした。だいたい半年くらい。

 

溝口:よくぞ戻ってきてくださいました。『空と原』は「同級生」シリーズ4冊目。3冊目までは、草壁と佐条という主人公カップルの高校の音楽の先生で、あて馬的な役割だったハラセン(原先生)が主役にまわって。ハラセンも、新入生の空乃くんも、さらに有坂先生と響くんのカップルも、痛みをかかえた自覚的同性愛キャラで。彼らの葛藤や前進が説得力をもって描かれていて、「進化形BL」最前線作品です。

 

中村:『空と原』は自分のなかでリアルタイムな感じが強かったので、あんまり長い間ほうっておくと、あのお話が死んじゃうのでは、と気になって、予定より早く復帰しました。……ただ、仕事を再開して最初に描いたのは『空と原』ではなくて、「ぽこぽこ」で公開した『アードルテとアーダルテ』です。

 

溝口:あ、たしかに。『空と原』に収録されているお話の「ツーブロック」が2010年6月号で、「Sorano to Fujino」が2011年4月号。10ヶ月ほどあいだがあいていますよね。ところで『アードルテとアーダルテ』は中世ファンタジー的な新機軸ですが、本にまとめるご予定はないのでしょうか?

 

中村:あります。ちょっと、づつ、描いています。いつまとまるかはまだわかりませんが。

 

溝口:楽しみにお待ちしています。……『同級生』のあとがきに「まじめにゆっくり恋をしよう」と書かれているのはいまや非常に有名になりましたが、2008年時点のBL作品として、1冊かけて「チュー」までのみ、ってすごく珍しかったです。

 

中村:最初はもっとエロい話になるかなーと、自分では思っていたんですけど、描いているうちにこれは違うなあと。

 

溝口:多摩美で2013 年に特別講義に来ていただいた時に、キャラクターについて、この人は喫茶店でお茶しているときに、携帯をテーブルの上に出している人かそうじゃないか、といったところまで考えるっておっしゃっていたのがすごく印象に残っています。そうかー、そこまで具体的に、細かいところまで、キャラに息を吹き込んでいるんだなあと。

 

中村:うーん。でもそれは、最初からそこまで考えているわけじゃなくて。ちょっと気持ち悪いけど、キャラが勝手に動き出すっていうでしょ。あれ(笑)。

 

溝口:いや、気持ち悪くはないと思いますが(笑)。

 

中村:脚本家の倉本聰さんは役について必ず年表を起こされるそうで、三谷幸喜さんも俳優に求められれば役の履歴書などを作るそうです。もちろん、脚本はマンガとは違って第三者が演じますから、役についての共有する認識としてバックボーンなどの肉付けが必要になってくるのだと思います。でも、私はあんまり言語化したくないんです。見えているところしか描きたくないので。プロフィールを作っちゃうと、それで満足しちゃって、頭のなかから出すときにわかったような気になって説明不足になる気がするし。読者さんは見えているところしか見えていないのだから、作者も見えているところしか見えていなくていいと思う。草壁も最初、下の名前なかったし。さすがに、途中で、下の名前もないとな、ってなったんですけど(笑)。だからモブとかはすごく早く描くんです。ゆっくり描くと、その人のことがだんだんわかってきちゃうんですよね。そうすると、話の流れがブレちゃう可能性がある。だから、モブは、通り過ぎる人々くらいの印象でいいんです。キャラは描いていくとどんどん中身が出てくるので。

 

溝口:なるほど、描く過程がイコール、キャラクターを造形するということですね。……ところで、「同級生」シリーズは、最初の本では名前と顔が一致するキャラは、主人公の草壁と佐条以外はハラセンだけ、2冊目で友達の谷くんが登場、3冊目で佐条のお母さんの顔が描かれる……と、ほんとにじょじょに、キャラクター数が増えていく、積み上がっていくんですよね。それってどこまで最初から意図していたんでしょう?

 

中村:他のマンガ家さんでも、だんだんといろんなキャラを中心にした番外編を描いていく方って多いですよね。私もそうです。描いていくと気になってくるんです。この人はどういう人だろう、って。それで樹形図がどんどん拡がっていく。「同級生」シリーズは、最初は1回読み切りで描きましたが、シリーズ化するにあたって、それまでの作品は、『コペルニクスの呼吸』(2002-2003)にしろ『Jの総て』にしろ、長い時間を描く人生譚みたいな話だったので、そういうのではなくて、リアルタイムで進んでいくお話にしたいなと。さらに、それまでは変化球みたいな同性愛のひとの話が多かったので、そうではなくて、同性愛のひとが真面目に、それこそゆっくりと社会と触れ合っていくお話がいつか描けたらいいなとも思っていたんですが、「同級生」シリーズが、「あ、どうもこれがそれになるっぽいかな」って、途中でそういう気がしました。

 

溝口:それは何冊目からですか?

 

中村:2冊目、『卒業生 冬』くらいからだったかなあ。

 

溝口:シリーズが『同級生』『卒業生 冬』『卒業生 春』『空と原』『O.B.1』『O.B.2』まで続いたことで、草壁と佐条がこの先、大人としても連れ添っていくこともはっきり伝わるし、ソラノくんが本当に完全に中学の時に失恋したフジノくんのことを乗り越えて、ハラセンと大人カップルになっているし、有坂先生は娘さんとも和解して響とカップルになったしで、私自身が同性愛者であるという立場からも、そこまで読むことができて、とても嬉しかったです。

 

中村:同性愛のひとが恋をして、社会とふれあっていくというのが描きたかったので、『O.B.』でそこまで描けるな、って思いました。本当はもっと描きたい気持ちもあったけど、どんどんBLじゃなくなっちゃうから(笑)。

 

溝口:えー、描いてくださればいいのに!

 

中村:まあそれはまた別の作品で(笑)。「同級生」シリーズについては、草壁と佐条の「キラキラ」が、あまりにも高いところまでいってしまったから、中年以降のどろどろまで描いてそれを汚してしまってはいけないな、とも思いまして。

 

溝口:キラキラ……それは確かにそうですよね。劇場版アニメで、そのキラキラに声と動きがついたから、なおさらそうですよね。ほんとに原作の雰囲気そのままの素晴らしいアニメでした。主人公2人だけではなくて背景も、炭酸水のしゅわしゅわも。全体でキラキラしてました。

 

中村:はい。連載で細切れなのをうまーく60分にまとめてくださっていて。こんなに才能ある監督の第1作で作っていただいて、つくづくラッキーだったなと思います。あと、これは言っておきたいことなんですが、アニメ映画版『同級生』のスタッフさんは、監督さんはじめ、もともとマンガ「同級生」シリーズを読んでいた人は少ないんです。もともとファンだったというわけではないプロフェッショナルな方々が、原作に取り組んで、ベストをつくしてくださった。だからこそいいアニメができたんです。

 

溝口:でも、原作への愛情がなければいいアニメにならないと思いますが。

 

中村:そうなんですが、もともと原作のファンの方だと、ちょっとでも変えるのはおそれおおい、と思ったりするんじゃないかと。でもそういう遠慮はなくて、原作をもとにしながらも、「自分の作品」として消化してくださったという感じがするんです。だからこそいいアニメになったと思う。

 

溝口:なるほど。もともと原作ファンのアニメ・スタッフじゃダメ、っていう意味ではなくて、いいアニメ化のために遠慮なく原作を使うことが必要っていうことですね。わかりました。……ところで、今日、お話をうかがって思ったんですが、「同級生」シリーズの魅力って、ゆっくりと恋におちていくこと、その後の葛藤などの繊細な心理描写だ、っていうことはずっと思っていましたが、それがモノローグなしで、見えていることだけが描かれていることも重要なのだと、今さらながらに気づきました。たとえばさらっと草壁が、男同士だから将来は結婚はできないけど養子縁組とかはするからご両親に挨拶にいかなくちゃ、っ言って、佐条が困惑して「普通」からはみ出すことの大変さをわかってない、って怒って、怒りと照れのまじった表情でカバンをぶんぶん振り回すところ。ここが、佐条のモノローグで彼の困惑が説明されてしまったら、読者としては佐条に素早く感情移入はできると思うのですが、そのかわり、佐条の内面を想像しながら、じりじりと、困惑する佐条と、それを受け止める草壁を見守る、っていう立場は失ってしまう。草壁にも聞こえていない佐条のこころの声が聞こえてしまうと、印象が全然違ってきますよね。……今、ふと思い出したBLマンガがあるんですが、「受」キャラはモノローグがあるけれども「攻」キャラについてはなかった気がします。キャラの内面を文字にして見せるのか、外から見えているものしか見せないのかの違いは重要ですね。

 

後編につづく)


■参考作品
同級生』(茜新社
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