第12回 ゲイバレが怖すぎるちっぽけなゲイ

 

スペインの超高級寿司バーで働き始めて早2週間。セレブ相手に夜中まで寿司を握る姿など、誰が想像できたことであろうか? ふとFacebookを覗くとF欄大学を卒業した旧友が代表取締役になっていたり、親が同業のアイツがアメリカの証券取引所で働いていたりと……精神衛生上Facebookはこの上なくよろしくないということが分かり、そそくさとアカウントを消去。しようと思ったが、消去の仕方が分からずとりあえず放置(絶対もう見ないぞ!)。

 

さて昨日何気にレストラン側とサインを交わした契約書を読み返してみた。「えっと、確か魚捌くの下手だから5ユーロとか言っていたっけ」スペイン語で書かれた用紙に目を通してみると……

 

・脳内⇒時給5ユーロで2週間の契約のはず

 

・現実⇒15時間×2週の契約(実際の労働時間は1日10時間勤務)

 

つまり私が慣れないスペイン語とラテン人を相手に、毎日汗水垂らして握ったしょっぱい寿司の対価は、2週間計130時間労働の内10時間分しか給与を貰えない計算になる。「とんでもないブラック企業やんか、けしからん!」と憤慨したが、私のヒアリング能力が足らずに誤解をしていたのかもしれない。更には毎週チップで数十ユーロを貰い、なかなか素敵な同僚達に囲まれていたこともあり、結局は泣き寝入りを決め込むことにした(だから日本人は舐められるのだ)。きっと2週で貰える給料は1万円も貰えないのだろうよ……(あのマザコン上司め!)

 

となかなか厳しい労働環境でバキバキしごかれ、慣れない包丁で指先を怪我している毎日の中、ちょっとした問題が勃発しそうなそんな予感。トラブルの種は、同僚のこんな一言から始まった。

 

ロベルト(キッチンスタッフ)「お前、彼女いるの?」

 

私「えっ、いないよ。シングル、シングル(上司1名のみしか旦那のことは知らない)」

 

ロベルト「あのさ、お前……男が好きとかじゃないよな!?(すんごい真顔)」

 

キター。このやり取り。過酷な職場環境でヒョロヒョロのナヨナヨした日本人が働いていると、やっぱりコイツ“maricon”かも? と思われるのか(mariconとはスペイン語でゲイを揶揄する単語)。とりあえず差別されるのはゴメンなので、とりあえず否定。ここで「ハイ、私はゲイで旦那がいます!」と胸をはって言えない自分が恥ずかしい。隠すことじゃない、だけど隠さなければ自分の居場所がなくなるかもしれない。今まで築いてきた信頼関係が瞬く間に崩れ去ることが正直怖いのだ。

 

スペインでは10年以上前に同性結婚が解禁されて、更には養子縁組を組むことも可能。しかしだ。キリストの訓えが未だに深く根付くこの国は、敬虔なカソリックが多いことも事実。年配者だけでなく、理解がありそうな若者達に見えても、必ずしもLGBTに寛容という訳ではない。

 

スペイン人の約90パーセント近くがゲイやレズビアンに肯定的な考えを持っているという。スペインの森光子こと“カルメン・マウラ”やスペイン語圏のスーパーシンガー“リッキー・マーティン”など多くのゲイアイコンがいるのも事実。だがしかし、未だに性的少数者差別は深い深い根を張った大木のよう。今現在私の周辺には旦那の知り合いを含め多くのゲイやレズビアンが身近にいて、そして私を快く受け入れてくれる義理の家族に恵まれ安心して暮らす毎日を送っている。だからこそ本当の意味でのゲイ差別というものを、ここスペインでは受けたことがない(東欧ではガンガンゲイが嫌われていたし、日々差別を実感していた訳だが)。

 

ヨーロッパは同性愛者にとって、地上の楽園。どんなゲイやレズビアンにだって平等の自由に権利が認められている。そんな風潮が流れているが、実は私達の身近にもLGBTに対する偏見や差別という悲しい現実がハッキリ、クッキリと存在しているのだ。いくらラホイ首相がLGBTに理解を示し、スペインの警察官二人が同性結婚して紙面を賑わせたり、はたまた村おこしの一貫として同性婚を歓迎しても、決して差別はなくならない。

 

また地理的にも多くのイスラム教徒やアフリカからの移民(不法移民を含め)が大挙しているスペイン。イスラム国がスペイン奪回を狙っているという噂も囁かれる昨今、性的少数者の立場は世間が思う程に安心しきれない側面もある。“イスラム教徒だから危ない!”、“ムスリムはゲイの敵である”などと勝手に思い込むことも、彼らを無意識で差別することになるのかもしれないが、やはり彼らの巨大な群像は我々LGBTに大きな影響を及ぼしつつあるのだ。

 

正直私自身、誰にでも自分のプライベートを晒す気はサラサラない。それが日本人でもスペイン人でも黒人でもだ。だけど、心を許した気の合う友人そして同僚に……喉のすぐそこまで「私はゲイであって、結婚しているのだ」と宣言したい、自分という人間を分かってほしい! そんな思いがムクムクと湧いてくる時も、やっぱり自分を押さえ込む自分自身が勝ってしまう。そう“ゲイだから”という理由だけで差別されることが本当に怖いから。

 

私のスペイン社会への第一歩は、予想だにしなかった寿司バーでの労働(奴隷)契約。賄いもボーナスも勿論ない、フルタイムなのに紙面上はパートタイマー。こんなふざけた契約でも私にとって、きっとかけがえのない異国でのスタート地点。今すぐにでも労働監視局に駆け込みたくなるが、優しく愉快な仲間達が私の心にブレーキをかけてくる。陽気で憎めない彼らとなら、こんな条件でもまあいっか!(永久就職では勿論ないぞ)。だけどきっと私は嘘という頑固な鎧で自分自身を繕い、自己防衛に努めなければならないのだ。私はゲイとして自分を誇りに思う、だけど私は未だに弱く脆い心を持ったマイノリティーでしかありえない。

 

今日も帰りは近所のバルでビールを一杯。飲めないアルコールもなんだか美味しく感じるのは、体を張って働いた対価なのか? ただ単にスペインのビールが旨いだけなのか? そして件の原因を作ったロベルトは、別れ際にこう叫んだ。

 

ロベルト「Adios!Maricon!!」(まあ冗談だよね、きっと)

 

周りの人達「ガハハ!」(疲労困憊しているはずなのに、ここでドッ!と湧く)

 

やっぱり、なんムカつくわアイツ。

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