第15回 バチカン秘密のスキャンダルと同性婚

 

長靴の国、イタリア。遠い遠い昔に習ったイタリアという国のこと。ルネサンスという芸術復興運動が開花し、多くの芸術家を輩出した花の都フィレンツェ。ゲイも男も女も大好きなアルマーニにヴェルサーチ、熱い血を宿したイタリアンガイズ……なにかとファッション、芸術、グルメにオトコ……etcが豊富なイタリアだが、意外や意外“同性愛”には非寛容な国なのだ。

 

欧州において西側各国はここぞとばかりにLGBTの人権保護や同性婚の容認をしている。しかしイタリアだけは特異な存在感を示す。フランス、イタリア、スペインにポルトガル、ラテン民族の末裔達は言葉も文化も価値観も共有したはずだけれど、イタリアだけ何故LGBT後進国と言われているのだろうか?

 

最近イタリアでも世論に後押しされ、とうとうシビルユニオンという形で同性愛カップルの権利を守る法律を施工された。なかなか同性婚の解禁が進まず、結局のところ中途半端な立ち位置のシビルユニオンに落ち着いたその背景には、バチカンという闇組織の存在が見え隠れ。

 

ローマ市内に突如として現れる世界一のミニマム国家バチカン市国。誰もが1度は聞いたことがあるこの国は、ローマ法王を中心としたある種の異質な集団が集まった国。カトリックにとっては聖地であるが、言わば同性愛者にとっては禁断の地だ。そもそもイタリアが同性婚に踏み切れないその訳は、バチカンのお膝元だから……地元教会の強い強い反対をなんとか押切り可決したシビルユニオンも、確かに賛成多数で差別そして偏見に打ち勝った賜物だ。しかし先進主要国の中でも異例の反対票の多さが、イエスキリストの深い慈悲と信仰心の強さを物語っている。

 

おおらかなはずのラテン人が、ここまで同性愛に拒絶感を示すイタリアという国。しかし街を歩けばゲイオープナーな雰囲気も漂い、決して排他的な雰囲気は感じない。むしろ行き交う濃い目のイタリアンは皆ゲイに見えてしまう。その辺のカフェのウェイターだって、なんだかイケメン揃いな気がするし。

 

ゲイやレズビアンに拒否感を示すカトリックの訓えは、例えそれらが強力な力を持ったものだとしても、私たちLGBTの存在を消すことはできない。昔から教会内部での性的虐待が問題になってきたキリスト教は、同性愛をタブーとしながらも自分達で巻いた種の火消しに必死になっている。聖職者の禁欲な生活を裏がえしにすると、やはり本能が優ってしまう人間の悲しき性。それが神父でも、尼でも教育者でも全部同じ。

基本カソリックはプロテスタントと異なり、結婚はできないし、異性とのセックスなんてもってのほかだ。でもそんな悶々としたヤリたいハケグチはどこに向けたらいいんだろう? 旧約聖書“創世記”でのオナンの件りはご存知だろうか?自慰行為を禁止する記述があるが故、オナニー禁止(まあ実際隠れてトイレとかでしてるんだろうけど)。結局は異性と合えない、触れ合えないその衝動は同性に走り、か弱く抵抗できない少年達に神父の毒牙が向いてしまうのだ。

 

ありえない宗教界の少年愛事情。お稚児さんにイスラムの少年愛、古代ギリシャでも少年と戦士の恋愛は推奨されていたけれど……。21世紀という人権が最もされる時代にあって、キリスト教世界の小児性愛は勿論タブー。自分らの汚い部分に蓋をして、頭ごなしに同性愛を否定はしないものの、嫌悪感を隠しきれない教会。(今のフランチェスコ法王は南米出身であり、多少はLGBTに寛容なようだが……)

 

しかしだ。キリスト教会とりわけカトリックの聖職者において、自身のセクシャリティーをゲイもしくは同性に傾向していると思われる割合は3050パーセントを超えるという調査もある。つまり罪深き破廉恥行為に耽っている卑猥な神の使いが、あちらこちらに見受けられるという驚愕の事実。勿論こんなことはバチカンが許すはずも、その調査結果とやらを肯定するはずもない。

 

中にはゲイであることをカミングアウトする聖職者もいるが、つい最近もゲイであることを告白した司祭がバチカンから破門されたことも話題を呼んだ。いかにもバチカンらしいといえばらしいけれど……私が世話になったケルンの司祭も言ってたっけ。

 

「ゲイの聖職者はセックスが好きだし、エスコートボーイが大好物だ!」って。

 

まあ結局は聖職者だって人間だし、基本恋もしたいしセックスだってしたいってこと。神という高潔すぎるシガラミと貞節を守らねばいけない義務、そんな鎖があるからこそ彼らのセックスは歪んで、そしてより一層の快楽をもたらすのかもしれない。

 

因みに売り専ボーイがしばし上客から社会的な恩恵をもたらされるのと同様に、聖職者という狭くも広いネットワークにおいて“ゲイ”であることが自身の出世の手助けをすることも少なくないそうだ。

 

イタリアの同性愛事情、そこにはバチカンという光いや闇組織の存在なしでは語れない。調べれば調べるほどにキリスト教と聖職者、そして同性愛という3文字が深く絡みつくいやらしくも、興味深い事象が転がっていることに驚いた。少なくともバチカンが現役で頑張る間は、イタリアでは正式に同性婚が認められない。しかしこれからもバチカン発の刺激的で世間を驚かすゲイニュースが巷を騒がせることも途切れることはないだろう。

 

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