第6回 女装で生きていくという選択肢はなぜ選ばれないのか

 Comment  コラム              

 

3f47fb20ac64d9dc301dd71a111c7ee6

突然ですが、男性の方に質問です。あなたがもし『どんな女の子にでもなれる』としたらどんな姿を想像するでしょうか? どうも、大島薫です。

さて、いまあなたはどんな女性を想像したでしょうか? 清純な美少女? やり手のキャリアウーマン? はたまた男を誘う魔性の女? でも、実はそれってあなたの『理想のタイプの女性』と同じような人を想像してしまっていませんか? 実はこれ女装を趣味とする男性のあるあるなんです。自分が女装してなりたい容姿というのは、自分の理想の女性に近くなっていくことが多いんですね。

心理学者ユングはこれを男性のアニマ像と呼びました。ユングによれば「人は皆、自分の中に異性的な側面を持っているが、それは普段外部に出ることはなく、しばしば自分にとっての「理想の異性」として表れる」といいます。ちなみに女性にも同じ男性的な側面があってこちらはアニムスというのですが、冒頭で男性の方だけに絞ったのは女性には複数のアニムス像があるとされているからです。好みの男性についても、女性の方は必ずしもコレといった見た目というのはピンと挙げられない人も多いでしょう。

さて、今日はよくあるMtFや女体化を目指すようなお話ではなく、性癖なのかセクシュアリティなのかちょっと微妙な女装のお話。

|女装で生きて行くのは現実的ではない
4130aa51a6248535d77ba639d0a789a0
ボクが女装を始めたのは15歳ごろです。初めて女装して鏡に写った自分の姿を見た第一印象は「うわ、似合わねー」でした。だってそれはそうですよね。眉毛はボサボサ、体格もゴツいし、メイクなんてやったこともありません。ただの男性が女物の服を着ただけで女の子並にかわいくなれるなんてそうそうあるわけないんです。

ですが、そんな当時のボクでもなんとなくこうすれば女装のクォリティが上がるのではないかという手段はいくつか思い付きました。例えば、ウィッグではなく地毛を伸ばすですとか、普段からメイクをする習慣を身に着けるなどがそうです。日々の生活から女装に切り替えれば、各段に女装のクオリティは上がります。しかし、当時のボクにそれはあまり現実的ではないように思えました。

|学校や職場の問題
そもそも女装で生活したいと言って、受け入れてくれる学校や職場があるのかという問題です。昨今LGBTについて世間の理解も深まってきたことで、『身体の性別と心の性別が違う人がいる』ということは一般の方でも理解を示す方が増えてきました。しかし、ボクらの問題はそこではないのです。なぜなら、女性になりたいわけではなく、女装がしたいのですから。

「性別違和とかならともかく、女の子の服が着たいだけなんて……」

そんな言葉が教師や職場の上司から聞こえてくることは想像に難くありません。女装で生きて行きたいと告白できる世の中と、性別違和が認められる世の中は必ずしも一致しないのです。

|両親の問題
826391cede4648306c3bed17c8f042b9
カミングアウトについてはLGBT全ての人が抱えたことのある悩みかと思いますが、やはり学校や職場への説明と同じく「女性になりたいわけではない」ということを理解してもらうことの難しさが付きまといます。

これは女装に関するエピソードではありませんが、知人のゲイの男の子が両親にカミングアウトしたときの話というのが、ボクの中ではとても印象的です。

その男の子はお母さんが女手一つで育ててくれた大事な一人息子でしたが、ゲイであることを告白したときやはり泣いたそうです。三日三晩泣き続けた次の日、その男の子は母親に呼ばれある物を手渡されました。それは母親が昔着ていた女ものの着物だったそうです。

741ed8e946f753d077d70ac7aa1d53dd

彼はこの話をするとき「イヤよねー(笑)。ゲイだからっていって、女になりたいわけじゃないのに〜!」と笑っていましたが、ボクはそれは意外と心の痛む話だなと思いました。お母さんは必至に自分の息子を理解しようとした結果、女物の服を彼に渡したわけですが、そんなに一生懸命考えてもやはり本当の意味で彼とその母親が理解し合うことはできないんだ、と。愛情があってもすれ違うことはあるのですから、なかなかこの問題にベストな解答は生み出せそうにありません。

|パス度の問題
26af62aefe02686de6487c553cc694a0
よく女装のクォリティを示す言葉として、女装者らがいうのがパス度と呼ばれるものです。これはその人がどれだけ女性として見られているか(パスできているか)という意味合いで使われます。これの最上級が完全に女性としてパスできている状態、いわゆる完パスです。女装で生きていくことがまだあまり認知されていない現在、ある程度女性の格好で外を歩いても違和感のないパス度の高い見た目というのは結構大切になってきます。

女装してみると気付くことですが、例えば胸のある無しなどはパス度に大きく影響を与えます。胸があるだけで全体のシルエットを女性的にしますし、胸を大きく盛れば男性の広い肩幅を誤魔化すことにも役立ちます。ですが、豊胸もする気のない女装者にとってはそういった手段は使えません。

仮に胸はパッドで作るとして、肉付きの問題もあります。女性ホルモンが絶対ということはないですが、MtFの方の中にはホルモン治療を受けてから体型が女性的に変わったことを実感した人もいるでしょう。肉付きが良くなれば骨張った頬も隠せますし、平べったいお尻も少しはふっくらします。ですが、女装だけで生きていくなら、これもメイクや髪型、服装だけで誤魔化すしかありません。

違和感のない見た目を手に入れるだけでも、女装でそれを作り上げるには人一倍努力が必要となります。

|恋愛の問題
7ec2d44e80f366b46d6451217ff4ddda
これもわりと重要な問題です。例えば既に結婚している方が女装で生活しようと志したなら、パートナーの理解は必須となります。子どもがいる場合はお子さんの理解も必要でしょう。逆に未婚でこれから女装で生活しようとする方は、これから出会う方に理解をしてもらわなければなりません。性別適合手術を受けないので性別は男性のままですから、男性が好きな方は異性としては結婚ができないことの理解を得なければなりません。女性が好きな方は、もう最初からまず女装の見た目で好きになってもらえるかの問題もあります。女性相手の場合結婚は問題ありませんが、結婚後近所の住人の方々や、子どもが生まれればやはりいつかお父さんの女装についてしっかり説明する機会が出てくるでしょう。

ボクの場合は女性も男性も恋愛対象ですから、やはり女性と結婚したときの子どものことは気になるところです。学校のクラスメイトに父親が女装であることを知られたとき子どもが学校でイジメに合わないだろうか、そもそも子どもが物心ついたときに自分のこの見た目を嫌がるのではないだろうかといったような不安は、考えても尽きません。

何せ普段女装で生活している男性が女性と結婚しているという実例がほとんど皆無なのですから、誰かを参考にすることもできないのです。願わくば、ボクがそのモデルケースの1人となれれば幸いですが。

|結局女装は《遊び》という考え方
961ce90c7e5241c80315b014bdbc86d3
例えば、去勢手術をしたり、膣形成手術を受けた場合元に戻すことは困難です。女性ホルモンだって一定時期だけ受けたとしても、多少なり身体的、肉体的に影響は受けます。ですが、女装は髪の毛を切って、服を着替えてしまえば元の性として生きることができます。

そういったことから、一般人の方からもMtFの方からも女装は結局≪遊び≫の範疇を越えないのではないかと思われることがほとんどです。それは一部では正解で、一部では間違いともいえます。

たしかに女装をする多くの人は普段は男性として生活を送り、土日など学校や職場が休みの日だけ女装をするという方が多いでしょう。週末女装というやつですね。たしかにそういった場合は一風変わった趣味といった認識を、本人も周囲の人々もしていることかと思います。しかし、当然その中には「本当は普段から女の子の格好で過ごしたいんだけど……」という悩みを持つ方もいます。MtF方で最初は女装から始めた人も同じような経験を持つ人はいるのではないでしょうか。しかし、女装で暮らしたいという願望を持つ方の場合は少し状況が違っており、問題は自分自身も「女の子になりたいわけではないし、女装は遊びなんだ」と思い込むところにあります。

しかし、どうでしょう。考えてもみれば手術もせず、ホルモン治療も受けず、女装だけで生活していくというのは結構大変なことではないでしょうか。地毛を伸ばすこと一つとっても、男性が髪の毛を伸ばすことを禁止されている職場なら、理解を得るか、転職も視野に入れなければなりません。いきなり生活を女装に切り替えれば、両親や近隣住民からの非難もあることでしょう。そういったもの全てを切り替えた後、また男性に戻るということは果たして本当に簡単なことといえるのでしょうか。そこに覚悟はないと言い切れるでしょうか。

|MtXとして考える
3201a3366d01640f1dad30ac607ca7eb
ボクは普段あまりセクシュアリティや性趣向のカテゴリー分けは無意味ではないのかとよく言っていますから、自らカテゴリーに分けることを勧めるのはおかしな話なんですが(笑)、ただ何かの枠に入って安心する人がいるのもまた事実です。「女装で生活したいなんて自分はおかしいんだろうか……」と悩んでいる方がいるのであれば、一旦はご自身のことをMtXとして考えてみてはいかがでしょうか。

Xジェンダーは男性でも女性でもない性別(中性)のことで、MはMale(男性)のことですからMtXですと男性から中性になりたい人ということです。女装で生活するというのは、男性の見た目を放棄していながら女性になるつもりもないということですから、
一種のXジェンダーといえます。

「女装で生活したい人」という曖昧な認識から、自らをXジェンダーとすることで、多少は自分の外郭が見えてくることもあるでしょう。自分と同じ悩みを持つ人を探すこともできます。

まずは自分が抱えてるその想いを、自分自身が認めてあげることが大切です。その方法が既存のセクシュアリティに当てはめることなら、それもまた一つの手段でしょう。

ボクのことを言っておくと、ボクは自分のセクシュアリティについていまは「女装」とも「MtX」とも名乗っていません。たまにLGBTの方に説明するときや、便宜上そういったカテゴリーを使うときもありますが、別にボクは自分のことを中性だと思っていませんし、男物も女物も着たいものを着るので正直女装ともいえないかなと思っています。

様々な既存のセクシュアリティはあなたがあなたのことを知る上での大まかな分類でしかありません。『あの人はゲイだから絶対に女は好きにならない』とか『自分はFtMだから絶対に女の服なんか着ない』なんて論じることは『あの人はメガネをかけているから頭がいい』と言うくらい馬鹿げたことです。あなたはあなたであって、メガネではないのですから。

100人いれば100通りのセクシュアリティがあります。長い人生の中で、少しずつ本当にあなたらしいと思える性を見つければいいんです。

|自分らしく生きることは悪いことではない
528c0971d38e6d9f5518994805e34038
さて、ここまで書いてなんですが、何もボクは全ての女装趣味の人々が、女装で生きろと言っているわけではありません。もちろんそれが本当に趣味であるなら趣味でいいんです。でも、もしあなたが女装していない時間を「息苦しい」と感じているなら、それはとても辛いことだと思います。

別にこれは女装とかLGBTに限らずいえることですが、幸せになる方法はいつもたった一つしかありません。自分に正直に生きることです。

自分が本当はこうしたいと思っているのにできない状況というのは、例えていえば密閉された空間でジワジワと水責めを受けているようなものです。息が苦しい、冷たい、寒い、そう思ったらなんとしてでもその状況から這い出ようとしますよね。でも、ボクら人間は日常という空間に閉じ込められているとき、なぜか迫ってくる水から逃れようとしません。本当に水責めを受けてるときは「息継ぎのために水面から顔を出したらどうなるだろう」なんて考えず必死にもがいて出口を探すのに、こと息苦しい日常については「そんなことして将来大丈夫だろうか」といま目の前に迫っている危機よりも起こっていない将来の危機について心配するのです。

あなたが10年後、20年後、そしてその生涯を終えるとき、本当の意味で「自分の人生を生きた」と誇れるなら、それはどんな未来でも幸せなことではないでしょうか。ボクはセクシュアリティではない「大島薫」という名前を見つけました。あなたの名前はなんですか?

 2016/06/22 18:00    Comment  コラム              
Top