第13回 マンガ家 石原理さんとの対話(前編)

 Comment  連載   BL進化論〜対話編〜  石原理              

商業BL業界の黎明期、1992年に商業デビューした石原理さん。私が1998年にBL研究を始めた時には、すでに人気作家のひとりでした。そして2016年7月現在も『バーボンとハニートースト』を人気雑誌『シェリプラス』で連載中と、間違いなくBLの歴史と現在を代表するマンガ家さんのひとり。とはいえ、同時に、しばしば「硬派」と評される作風で独特の存在ともいえる石原さんに、「対話編」にご登場いただきました。

第13回ゲスト:石原理さん
9c956593dc84de5609f9d2ae6681bdd3

インタビュアー:溝口彰子
3190788880216c3b283da328f9e2cfd8
©Katsuhiro Ichikawa

物語は複数のカメラ目線で映像(動画)としてばーっと見える感じです

溝口:私、石原作品の大ファンなのですが、『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』では、90年代の定型分析のところで「攻」と「受」の体格差が小さい例として『あふれそうなプール』から木津と入谷の図版を使わせてもらったのと、BLジャンルでは描かれる世界観がすごく多様だという例としてNYのストリートキッズやマフィアが登場する『犬の王』に言及する、という形でしか扱えませんでした。で、遅ればせながら気づいたんですが、石原さんの作風って、厳密にはボーイズのラブが中心のBLとは違いますよね。

石原:そうなんです。恋愛に興味がないから描いたことがなくて。そういう意味では、LOVEではないのにBLにいてごめんなさい、って感じです。

溝口:いえいえいえ、男同士のバディ(相棒)やライバル、友情と呼ぶには緊密すぎるけれども恋愛とも違う、といった関係性もBLならではですから! で、1990年代のなかばから後半にかけて、商業BLでは「俺はホモなんかじゃない」や「愛情表現として/『受』の魅力の証明としてのレイプ」などの定型ができたわけですが、石原さんはそういった定型とは関係なく、また、その時々の流行にも関係なく我が道を歩いてこられた、っていう理解でいいでしょうか。

石原:そうですね。編集さんたちがすごく私の世界観を大切にしてくださって、描きたいものを描いてくださいと、好きにやらせていただけたので。BLの中心になったことは一度もないですが、しれっと(笑)BLで描かせていただいてきました。

溝口:でも、私がBL研究を始めた1998年ごろは『あふれそうなプール』(1997-2001)が大人気で、BL業界の中心的人気作だったのではないかと思うのですが。

石原:たしかに、『あふれそうなプール』は、それまでよりも多くの方に読んでいただけました。

溝口:「俺の体の奥にプールがある それは今にもあふれそうなほど波立っているー」っていうモノローグが印象的で。……で、私は『あふれそうなプール』から読み始めたので後になって知ったのですが、そういう手法はむしろ石原さんの作品のなかでは珍しいですよね。

石原:そうですね。モノローグなし、あるいは、思い出したように入れるんだけどひとりのキャラに絞らないから掟破りだったり、が私の通常ですね(笑)。……あの作品に関しては、ベテランのマンガ家の友達に、デビュー2年目くらいまでは編集があたたかく見守ってくれるけど、それを過ぎて鳴かず飛ばずだと厳しいよ、みたいなことを言われたので、学園ものにチャレンジする気になったんですよね(笑)。

溝口:なんと、そんな裏話があったとは。……とはいえ、1990年代の学園ものとしては、全体的な雰囲気がすごく硬派ですよね。あのお話はどこから発想されたんでしょう?

石原:じれったさ、ジリジリする感じがプールが満タンっていう感じかな、っていうのがあって、最初、「からっぽのプール」「干上がったプール」……じゃない、「水のないプール」っていうタイトルをつけようと思ったんですが、映画にもうあるな、って気づいて。じゃあ、水をプールに入れちゃおう、ということで『あふれそうなプール』っていうタイトルにしたんです。そうしたらそれがキーワードになってストーリーがばーっと浮かびました。

溝口:今、映画『水のないプール』の故・若松孝二監督に感謝したくなりました。「あふれそうなプール」っていう名タイトルの誕生は、映画のおかげなんだなあと。

石原:ですね(笑)。で、「あふれそうなプール」っていうタイトルにしたからには、その意味を言わなくては、ということで、そのモノローグを入れたんです。

溝口:ストーリーがばーっと浮かぶ、というのは、あらすじが浮かぶ感じですか、それとも頭のなかで映像が見える感じでしょうか?

石原:映像ですね。複数の、カメラ目線の動画が見える感じです。だからコマ割というのが大変苦手で(笑)。映像で見えているものを、たとえば、「振り向きざまに肘を入れる」みたいなことをどう止めて切り取って2コマで見せるか、といったことなわけですが、それをどうしたらいいかで毎回、すごく悩みます。

溝口:すでに演出された動画が「見えて」、セリフも「聞こえて」、それをマンガという平面に絵と文字で再現するっていうことですよね。なんだかすごい天才肌だなと感じます。三浦しをんさんも石原さんとの対談でおっしゃっていましたが(『小説ウィングス』連載の「愛のうまれるところ」)。で、そういう天才肌の方だからこそ、1992年から2016年までずっと一線で活躍なさっているんですね。

石原:いえ、ずっとじゃないです。私、すごいスランプに陥ったことがあるんです。机の前に座って、何も出てこない、っていう状態になって、びっくりしました。人間の頭のなかってこんなにからっぽになるんだなーと。「悟りの境地か?」っていうくらいに何にもない、無の状態になって。今から思えば、スランプというか一種のうつ状態だったのかなと思いますが。

溝口:えっ? 何年ごろのことですか?

石原:一番きつかったのは2000年から3年間くらいでしょうか。その後、2年ほど仕事をお休みしたことでなんとか持ち直したのですが。……『あふれそうなプール』以降、いろんな出版社さんからいろんなお話をいただくようになったんです。で、そのころの私は素人にケが生えたような段階だったので、仕事を断れなかった。嬉しいですし。とにかく来た仕事は全部引き受けていた。もともと、物語が降ってきたら、童話の『赤い靴』じゃないですけど、マンガという形にし終えるまで止まらないんです。で、当時はそれの連続で。坂道を走り降り始めたら、惰性がついて止まらない時ってあるじゃないですか。自分の意思に関係なく、脚が走り続けているような。あんな感じでした。ブレーキがかからないから、加速する一方。だから焼き切れちゃったんでしょうね。

溝口:当時のお仕事量はどのくらいだったのでしょう? 全部おひとりで描いていらっしゃるんですよね。

石原:はい。基本全部自分ひとりで作業しています。当時は月に2回、32ページの締め切りがあるのがふつうな感じでした。

溝口:月産64ページをひとりで、というのはすごいですね。ちなみに、こんなことうかがっていいのかわかりませんが、うつ状態って、だんだん弱っていかれたのでしょうか。それとも突然なのでしょうか。

石原:速すぎるスピードで走っていたのが、脱線した、あるいは列車が止まらなくなってガンとぶつかった、っていう感じでしょうか。『できそこない』っていうSFをビブロス(当時)さんで描かせてもらったんですが(『MAGAZINE ZERO』Vol.27、2000年冬号)。できそこないのアンドロイドが、主人公の研究に携わる話で、主人公が開発しているウィルスが、最終的にできそこないのアンドロイドの寿命をのばすというお話で。巻頭のカラー数枚は出せていたんですけど、締め切り3日前に高熱が出まして。下描きも進んでいないような状況で。その時の掲載雑誌が私の特集で、トップ掲載の描き下ろしだったんです。だから絶対に間に合わせなくてはと思って。しんどくなったら毛布にくるまってちょっと休んで、また起きて描いて、っていうのを繰り返して、なんとか3日で50ページを仕上げたんです。でも、いちおう読めるものにはなったけれど、SFなのにヘルメットにトーンが貼れていないとか、やろうと思っていたことが全然できていなかった。そこで突然、きました。翌日から電話にも出られなくなって。……その、『できそこない』っていう作品自体はみなさんにほめてはもらったんですけど。

溝口:電話に出られない、ってことは、心配した編集さんがご自宅に来たり、ってことになったわけですか?

石原:いや、それがうつのこわいところで、出られないんですけど、仕事の電話かもしれないと思うと、出ちゃうんですよ。そうやって自分を追い込んでいく。

溝口:では、担当編集者さんたちは具合が悪いことは知らなかったということですか?

石原:自分でも自分の状態がよくわかっていなかったので説明できませんでした。「コンテの調子が悪いんです」と言ったりする程度で、いちおう仕事はしていたので、たぶん、編集さんたちも、うすうすどこかおかしいとは気づいていたくらいだったのかなと思います。みなさんどなたも怒ったりせず、じっと待ってくださったのは本当にありがたかったです。

溝口:そんな壮絶なことがあったんですね。復活できて、本当に良かったです。現在連載中の『バーボンとハニートースト』は、連載開始が2011年で2014年に1巻が出ています。私、普段は単行本派なんですが、今回、掲載雑誌『シェリプラス』を2冊買いまして。若々しい誌面だなー、季刊から隔月刊になるなんていまどき、すごいなあ、でもって、石原さんの作品も若々しくって、この雑誌にあってるなーって思いました。

石原:あっ、そうですか? やばい。よかった(笑)。

溝口:このお話はどういう発想で?

石原:探偵ものを描きたかったんですよね。ヤメヤクザの探偵もの。探偵ものっていろんな描き方がありますよね。淡々と事件を解決していくもの、派手で洒脱なもの、アクション中心のもの、とか。そのうち、どれが自分でできるのかがわからなくってしっちゃかめっちゃかです。今でも(笑)。

溝口:主人公2人が、過去に恋人同士だったっていう設定ですよね。

石原:はい、お互いに恋愛の意味で好き合っている気持ちが過去にはあった、ってすることで、現在進行形で描いているのはバディ関係のみであっても、読者さんの受けとめ方が違うかな、と。ちょっと裏技ですが。

溝口:たしかに、「萌え」につながってます(笑)。それと、兄弟愛と師弟愛の要素にも萌えます。あと、ラブシーンはないお話ですけど、サウナで電話をかけたり、逃げる時にタオルがはらりととれそうになったり、と、肌色サービスシーンが印象的です。

石原:肌色サービス(笑)。服を着ないアクションを描きたかったんですよ。

溝口:それぞれが別のクライアントからうけおっている案件の現場に出かけると、いつも出くわす、かぶる、っていうのも楽しいつくりですよね。

石原:もう君たちは運命の2人なんだから、いつもかぶるんだ、と(笑)。で、ついに同居するところまで進展しました。

溝口:はい。片方のアパートが火事で水びたしになっちゃった、という、一時期BLでは毎週のように遭遇していた定型もなく同居にこぎつけてますよね(笑)。

石原:焼け出されるとか、そんな簡単な方法があったんですね(笑)。思いつかなかったです。

後編につづく)


■参考作品
バーボンとハニートースト(1)』(新書館
03023ed0666f2be3d21616a64aa59858
All rights reserved. Copyright 1999-2013 SHINSHOKAN Co.,Ltd. No reproduction or republication without written permission.

 

 2016/07/29 14:00    Comment  連載   BL進化論〜対話編〜  石原理              
Top