第61回 自分さえ気持ちよければそれでいいセックス

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生きていればいろんな人と出会う。良い人もいれば、悪い人もいる。良い人のフリをした悪い人もいて、どっちつかずの人もいる。そんな世界でセックスをすれば、思いやりのあるセックスと出会う日もあるし、真逆な日もある。セックスの最中に人間扱いされないことだってある。ベッドルームの扉が閉まった瞬間に、優しくて礼儀正しい人が自分勝手で冷たい人に豹変するのは珍しいことではない。「人にやさしく」という万国共通の道徳をセックスの最中にうっかり忘れる人の多さには驚いてしまう。

セックスをするときは自分だけではなくて相手にも楽しんでほしい。恋人との親密なセックスも、一夜限りの関係も、参加者が何人いてたとしても、みんなが楽しめるようなセックスがしたい。思い出す度に笑顔になってしまうようなセックスは素敵な経験であって、嬉しい思い出だからだ。もちろん、最善を尽くしたところでその目標に辿り着けない日もあるが、それを心がける姿勢があるだけでセックスは驚くほど変わる。この考え方が当たり前なことだと思いたいが、残念ながらそうではない。

また、自分が気持ちいいと感じるセックスを相手に押し付ける行為を思いやりだと勘違いしている人もいる。気持ち良くなってもらいたいという思いは死ぬほど伝わってきても、それが一方通行ではどうしようもない。思いやりというのは相手の言葉に耳を傾けることであり、コミュニケーションを取ることであり、お互いが楽しめる方法を模索することである。それを怠れば、自分と相手の間に分厚い壁ができてセックスから人間味が失われる。セックスの後に他の人間と繋がることができたという感触がないのはちょっと寂しい。

「コミュニケーションはどう伝えるかではなくて、どう伝わったかが肝心だ」

今までいろんな場面でこの言葉を耳にしてきたが、セックスでも同じことが言える。何をしてあげるかではなくて、相手がどう感じたかが大事なのだ。どんなにバニラなセックスだろうと、どんなに過激なプレイだろうと、お互いに楽しくなければ意味がない。実はとてもシンプルなことなのに、セックスを取り巻く罪悪感や偏見に気を取られてそれが見失ってしまう。そして、楽しめなかったセックスに後ろめたさを感じて、さらにネガティブな感情が膨らんでいく。

普段から相手がどうなってもいいという人なら仕方がないのかもしれない。しかし、もしも相手を思いやりたいと思っているなら、日常生活と同じようにセックスの最中も優しさを忘れないでほしい。セックスはコミュニケーションの一つである。普段のコミュニケーションの中で培った心配りはそのままセックスにも応用できる。ぜひ、それを使ってもっと気持ちがよくてみんなが楽しめるようなセックスをしてほしい。そうすれば、通勤電車でいつかのセックスを思い出してクスッと笑う人がもっと増えるかもしれない。

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