第19回 小説家 C.S.パキャットさんとの対話(前編)

美男子同士の恋愛を軸とした「M/M」小説なるものが近年英語圏でも増えているらしい、と知ったのは2013年に翻訳レーベル「モノクローム・ロマンス」文庫が創刊してから。とはいえ、ゲイ作家によるゲイ・ロマンスが主なのかなと思っていたら、2015年から2016年にかけて大手出版社ペンギンから出版され、世界的大ヒットとなった「叛獄の王子(Captive Prince)」3部作は、骨太なヒストリカルBL小説と呼べる内容で、著者C.S.パキャットさんの近影は、どう見てもうつくしい女性。英語圏でもオリジナルBLがジャンルとして登場したということ? メルボルン在住のパキャットさんですが、「BL進化論〜対話編〜」にスカイプインタビューで登場してもらいました。

 

第19回ゲスト:C.S.パキャットさん

インタビュアー:溝口彰子
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©Katsuhiro Ichikawa

 

英語圏ではBL小説のマーケットがないので

『叛獄の王子』を自費出版したんですが

多く方に読んでもらうことができました

 

溝口:「Captive Prince」トリロジー、邦訳版はまだ1冊目で表題作の『叛獄の王子』しか出ていませんが、すごく面白かったので、2冊目『王子の一手(Prince’s Gambit)』と3冊目『王たちの起立(Kings Rising)』は英語版で読ませてもらいました(注:タイトル和訳は溝口による暫定訳)。歴史物BL小説と呼べる内容ですが、2人の王子たちのそもそもの敵対関係が苛烈であり、結ばれるまでの紆余曲折、政治的権謀術作も激しくて、物語のつくりが大きいです。私が読んだのはペンギン社のバークレーというラインから出たペーパーバック版ですが、そもそもは個人的にネットで発表していた作品だそうですね。どのような経緯で大手出版社から出ることになったのでしょう? それと、そもそもこの物語をどのように構想されたのかもおきかせください。

 

C.S.パキャット(以下:パキャット):じつは、「Captive Prince」のアイデアが浮かんだのは東京に住んでいた2001年から2004年にかけての後半でした。当時は本やアニメ、TV、映画など日本のメディアに没頭していました。最近では1日に1つづつ漢字を忘れていくみたいな感じで(笑)、フリガナがついているマンガしか満足には読めなくなってしまっているんですが、当時はかなり流暢に読めていました。

 

溝口:日本語の勉強はメルボルン大学で?

 

パキャット:いえ。日本語を学んだのは日本に行ってからです。まず2000年に休暇で2週間くらい日本に友達と一緒に滞在したのですが、すっかり日本に恋してしまって、住むことに決めたんです。それで2001年に日本に再び行きました。その時点からは語学学校に入って真面目に勉強して、それでいったんはかなり流暢になったんですが。そもそもそれ以前に、英語でホモエロティックな要素のある本をたくさん読んでいましたし、ネットでも、「スラッシュ」のファン・コミュニティでたくさん小説を読んでいました。でも当時は英語圏では、そういった創作物の商業マーケットはほとんどありませんでした。でも、私はやってみたかったんです。日本で読んだ商業作品の影響もあって。そこで、最初は、私は本の書き方がわからないのだから、やるのであれば、好きなものでなくては、と、自分の好きなものリストを作ったんです(笑)。「2人の王子」「イケメン」「両者の間の緊張感」「追跡」「逃亡」「剣による闘い」「真実の愛」といった調子ですごく長いリストになりました。「Captive Prince」の物語はそのリストと、友人との会話から生まれました。

 

溝口:2004年にリスト化などの準備を始めて、実際に書き始めたのは2008年なのですね。

 

パキャット:そうです。私は信じられないくらい遅いんです(笑)。で、「このお話は書きたいけど、本として出版するのは難しそうだから」と、オンラインで連載しました。3年くらい。その3年間の間に読者数がすごく増えました。2人くらいから(笑)何万人かに。その時点で、「これは本として出版できるかもしれない」と思い始めて、実際、複数の出版社やエージェントに連絡をとってみたんですが、一番親切なお返事が「この本には市場がないと思います」でした。すでにインターネットで無料公開されたゲイの王子たちの物語には興味がないということだったみたいです。でも、私の読者さんたちはすごく応援してくれて、いつ紙の本になりますか、とずっと言ってくれた。それで、2013年に自費出版したんです。すると、人気が爆発して、Amazonをはじめとした様々な販売サイトでカテゴリーをまたいで1位になり、メジャーな媒体、たとえばUSA Todayなどでレビュー記事が書かれるようになりました。そうしたら、出版エージェントから連絡がきて、「NYのメジャー出版社から出せると思う」と言われて。最初は「以前、トライしてみて断られたから無理だと思いますよ」って言ったんですが、でも、楽観的になって悪い事はないと思い直して、エージェントと契約しました。しばらくしたのちにそのエージェントがペンギンとの契約をとってきてくれて、今、お持ちになっているペーパーバックになったんです。とはいえ、その本が出た時点でも英語圏のメジャー出版業界では「Captive Prince」はとても珍しい作品でした。もちろん、日本では、この作品がどういうものなのかすぐにわかってもらえると思いますが。

 

溝口:そうですね。実際、翻訳出版が出たモノクローム・ロマンスは、BL愛好家に向けて、英語圏の小説を出すレーベルだと認識しています。英語圏では「M/M」がジャンル名だそうですが。ちなみに、ペンギンからのペーパーバックには「C.S.パキャットというグローバルな現象」といった表記のみで「M/M」とは書かれていませんが、「Captive Prince」3部作を「M/M」作品として論じてもいいでしょうか?

 

パキャット:オーストラリアでは単にファンタジー小説として出版されていますが、「M/M」と呼ばれても私はかまいません。

 

溝口:「M/M」の定義を教えてもらえますか。

 

パキャット:これについて、私は専門家というわけではありませんが、暫定的な理解としては、「M/M」はメール・メール・ロマンス、男同士の恋愛を中心に描く小説のジャンルであり、ゲイ男性が、実際のゲイ男性のリアルな問題をも含めて描くゲイ小説と区別するための呼称で、書き手は女性が多いけれども男性が「M/M」を書くこともありえる、です。1990年代から2000年代前半にかけて私がティーンエイジャーだったころは、ネット上にたくさん存在していた男性同士のロマンス小説は、オリジナルではなくてスラッシュでした。アマチュアが書くファン・フィクションです。ところで、「スラッシュ」については知っていますか?

 

溝口:はい。スラッシュ作品を読んだことはほとんどないんですが、メジャーな映画やTVドラマなどから、もともとは異性愛者の男性キャラクター2人をピックアップして、彼らの間に恋愛関係があると妄想し、描く作品のことですよね。日本の同人誌シーンでの「二次創作」と似ています。そして、1970年代ごろからある最古のスラッシュ・ファンダムが「スタートレック」シリーズのカーク船長とスポックをカップリングさせた「K/S」だということも知っています。

 

パキャット:そうですそうです。で、日本と違って、英語圏では、原作の世界観を借りてきたアマチュアのスラッシュ作品はありましたが、オリジナル作品が商業出版されるものはなかったんです。それが、近年になってオリジナルの「M/M」が商業出版されるようになってベストセラー作品も出るなど、人気を得ると同時に、このジャンルにたいする主流文化での認知度も高まりつつあります。

 

溝口:さきほど、昔からホモエロティックな要素のある物語がお好きで、日本のBLもいろいろ読んだとおっしゃっていましたが、「Captive Prince」の、中世っぽい世界観、政治の権謀術作、剣や弓による闘いといった要素は日本のBLではあまり見かけませんが、どういったところからの影響でしょうか?

 

パキャット:私は、両親がイタリアからオーストラリアに移民したイタリア人だということもあって、ヨーロッパの歴史、とくに古代イタリア、ギリシャ、地中海方面の歴史に興味があります。子供時代にとくに好きだったのがメアリ・ルノー(1905-83)のアレクサンドロス大王ものです。レズビアン文学者としても有名な女性作家が、古代ギリシャ時代に地中海全域から中東までを征服したアレクサンドロス大王の人生を小説にしたものです。アレクサンドロス大王が今の言葉でいえばバイセクシュアルだったというのは歴史的な事実です。で、これらの小説は、もちろん征服のための戦いなども描かれていますが、ラブ・ストーリーの要素もあって。また、全体にホモエロティックな感覚も流れている。その影響からか、私は、何らかの命運がかかっている事件などがおこっている時に発生するロマンスというのが大好きなんです。ロマンス中心のお話よりも、ロマンスを凌駕する何かが展開している物語のほうが、恋愛要素がよりエキサイティングになると感じるのです。

 

溝口:物語を書き始めた時にはトリロジーの結末まで決まっていたのでしょうか?

 

パキャット:はい。私はコントロール狂(フリーク)なんです(笑)。なので、すべてを事前に計画します。強迫観念ともいっていいくらいに。執筆中にときおり、内容が計画から逸脱することがあるのですが、パニックになってしまいます(笑)。とくに、オンライン連載だった時代は、前に進むしかないわけなので、間違って進んだ方向が行き止まりだったらどうしよう、と。だから、計画から逸脱してしまったときは、もとに戻るようにと努力しました。……ところで日本の出版、とくにマンガでは、連載の形が多いですよね? マンガ家さんは、最初から物語の結末まで考えて連載を始めるのか、それとも、連載しながら創造していくのか、どちらなんでしょう?

 

溝口:両方ですね。何冊かのボリュームの物語を結末まで考えて雑誌連載を始めるケースもあります。一方で、とくにBLでは、当初は読み切りとして依頼されて一話完結ものとして描いた作品が読者さんの人気を得て、シリーズ化されるというのも多いです。その場合は、描いていくうちにお話を考えていくのでしょうね。連載になった時点で、何回連載かを決めているケースもあれば、そうでもないケースなどもいろいろでしょうけど。

 

パキャット:そうなんですね。私は完全に前者です(笑)。

 

溝口:BLマンガでも、パキャットさんがファンだと表明していらっしゃるヨネダコウさんの『囀る鳥は羽ばたかない』は、途中で細部の変更や追加はあるでしょうけれども大筋は連載開始前に決めていらっしゃった作品かな、という印象です。

 

キャット:ものすごく好きな作品で、楽しく読ませてもらっています。キャラクターがとっても新鮮に感じられるんです。それと、たしかに、非常にコントロールされている物語だという感じも受けます。

 

溝口:ヨネダさんにはこの「BL進化論〜対話編〜」にも登場していただいていますので、日本語がお読みになれるようなので、あとでURLお知らせしますね。

 

キャット:ぜひ読みたいです!

 

後編につづく


■参考作品

叛獄の王子』(新書館

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