第20回 小説家 C.S.パキャットさんとの対話(後編)

美男子同士の恋愛を軸とした「M/M」小説なるものが近年英語圏でも増えているらしい、と知ったのは2013年に翻訳レーベル「モノクローム・ロマンス」文庫が創刊してから。とはいえ、ゲイ作家によるゲイ・ロマンスが主なのかなと思っていたら、2015年から2016年にかけて大手出版社ペンギンから出版され、世界的大ヒットとなった「叛獄の王子(Captive Prince)」3部作は、骨太なヒストリカルBL小説と呼べる内容で、著者C.S.パキャットさんの近影は、どう見てもうつくしい女性。英語圏でもオリジナルBLがジャンルとして登場したということ? メルボルン在住のパキャットさんですが、「前編」に引き続き、スカイプインタビューで登場してもらいました。

 

第20回ゲスト:C.S.パキャットさん

インタビュアー:溝口彰子
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©Katsuhiro Ichikawa

 

私の作品は、ある種のタブーは存在するけれど

それがLGBTに対してのものではないという

世界を構築することが非常に重要でした

 

溝口:実際の執筆にとりかかる前に、すべてを計画するコントロール狂(フリーク)だということですが、日本語文庫版で350ページ近くの分量で3冊ある「Captive Prince」トリロジーは登場人物も多いし、関係性も複雑で、事件も戦も多いし、しばしば予測のつかない展開があります。これを書く前に完璧に計画するなんて、すごいなあと思います。具体的な手法を教えていただけますか?

 

パキャット:私の執筆は3段階に分かれています。まず第1段階は、「青空段階」って呼んでいるんですが、自由なブレーンストーミングみたいな感じですね。とにかく、思いつく限り、自分がカッコいいなとか面白いなと思うことをあげていくんです。

 

溝口:それは、事件や人間関係だけでなく、たとえば「ブロンドのローレント」といった視覚的なことも含めて、思いついたことをあげていくのでしょうか?

 

パキャット:「青空段階」で考えるのはありとあらゆる要素です。もちろんビジュアルも含みます。たとえば、ローレントについていえば、とてもクールで、超然とした、知性を武器にする人、性に禁欲的な人、なども「青空段階」で考えたことです。その時には、過去に自分自身が魅了されたクールなブロンドの美形キャラの系譜も参照しました。それこそ、1950年代の『裏窓』などヒッチコック映画におけるグレース・ケリーから、日本の『ベルセルク』のグリフィス、『間の楔』のイアソンなど、いろんなキャラについて要素を書き出したりもしながら、自分のキャラについて考えたんです。ローレントの服装についても「青空段階」で、紐がたくさんあってコルセット的な要素もある服装で、肌をほぼ隠したもの、と構想しました。ローレントが手の届かない、暴きにくい印象の人物となるように。そんなふうに自分にとってエキサイティングで面白いことをどんどん思いついていくのが「青空段階」です。それはとっても楽しい段階なんですが、結果的には当然、整合性のないごたまぜ状態になります。そこで次の段階ではアイデアを精錬しはじめます。アイデアからキャラクターを造形しはじめ、キャラクター間の関係性も定義づけはじめ、物語そのものがどのようなものになるかも考えはじめます。そして第3段階では、すでにメイン・キャラクターの造形と関係性、物語もできているところから、実際にプロットをたてていきます。シーンごとに。その後、執筆を始めるのです。

 

溝口:うわー。執筆を始める前に、そこまでの準備をすませているんですね。すごい。とくに、最初は誰に依頼された仕事でもなく、自主的にネットで公開するための小説だったのに、そこまで大掛かりな準備をやりきるモチベーションに感心します。

 

パキャット:そういうやり方しかできないんです。だから、全然準備なんかしなくても、書き始めればどんどん物語が湧き出てくるっていうタイプの書き手のことが羨ましくてしょうがありません(笑)。友達の作家さんでも、そういう人がいっぱいいるんですよ(笑)。

 

溝口:事前の準備をしていても、実際の執筆、あるいはマンガ家さんの場合はネームや作画の段階で、「キャラクターが勝手に動きだす」ことがある、とお話しされる方が多いですが、パキャットさんの場合、それはないのでしょうか?

 

パキャット:いえ、あります。多くはないのですが。一番顕著な例がニケイスです。当初は、ローレントにとっての鏡のような存在として造形していました。でも、実際に執筆を始めてみたら、ニケイスとローレントの関係性がとても強いものだということがわかったのです。そのため、ニケイスというキャラクターは、本のなかでいわば成長し、花開き、予定よりも重要な役割となりました。それにともなって、計画よりもニケイスとローレントが一緒のシーンが増えました。

 

溝口:たしかに、ニケイスは最初のころは、ヴェーレの宮廷では色子なるものがいる、っていうことを見せるための、背景の要素のような印象でした。ニケイスの存在感が大きくなったシーンはどれでしょう?

 

パキャット:1巻のまんなかより前で、初めてローレントと話したところです。(日本語版144-147ページ)そこを書いていくなかで、2人が兄弟のような関係性なのだということがわかり、それで、ローレントがニケイスの手をとって歩み去るということになりました。

 

溝口:アキエレスの奴隷とヴェーレの色子の対比も興味深いです。奴隷も色子も、自分の自由はなくて主人に仕える一種の召使という意味では同じなのですが、色子は甘やかされていて、わがままを言ったりする。一方、奴隷は、完全に主体性を滅却することが美徳とされている。このコントラストはどのように発想されたのでしょう?

 

パキャット:異なる2種類の文化を描きたかったのです。そこで、自己を表現し、気づいてもらうことに価値がおかれるヴェーレの色子のありかたと、アキエロスでの、目に見えない存在であることが重要な奴隷とのコントラストを描きました。また、セックスとセクシュアリティに対しても異なる文化にしたかった。……私が読んできたファンタジー小説では、ファンタジー世界なのに、ゲイのキャラクターがいたら、現実にゲイが差別され、抑圧されているのと同じように扱われていて、ゲイであることはいけないこと、隠さなければならないことだと描かれていたものばかりでした。私は自分の作品ではそうはしたくなかった。でも、だからといってまったく抑圧が存在しない世界を描くのだと、それは単なる逃避になってしまう。だから私にとっては、ある種のタブーは存在するけれども、それが、ゲイやレズビアンであることに対するタブーではないという世界を構築することが非常に重要でした。

 

溝口:なるほど。「Captive Prince」の世界で、主人公たちの男性同性愛が差別されていなくて、相手が女性の時もあれば男性の時もある、というように扱われているのは一見、古代ギリシャに似ているのですが、でも、女性が主体的にセクシュアリティを行使する様子も描かれているのが古代ギリシャとは全然違って、いいな、と思っていたんです。

 

パキャット:そうですね。男性キャラが中心の物語であるからこそ、女性キャラも力を持っている、主体性を持っていることをちゃんと描きたかったのです。2巻目で隣国の、母系制政治体制で、女性たちが政府をとりしきっている国の女性たちを出したのもそのためです。

 

溝口:とても成功していると思います。ところで、ペンギンから出た英語版ペーパーバックにはイラストレーションはついていないですが、日本語版の表紙カラーイラストとモノクロ挿画つき本はどう思われました?

 

パキャット:大好きです! 私、倉花千夏さんの大ファンで。『サムライフラメンコ』が大好きでしたし、ゲームの、『咎狗(とがいぬ)の血』のキャラクターデザインも。彼女の絵柄、ルックがずっと大好きだったので、イラストを手がけてもらえると知った時は、嬉しくて、思いつく限りの友人に電話しまくりました(笑)。

 

溝口:パキャットさんが倉花さんをリクエストしたわけではないんですね。

 

パキャット:まったくの偶然だったんです。倉花さんは物語のなかのここ、っていう緊張感の高まっている瞬間をすくいとって、1枚の絵のなかにこめるのが本当にお上手です。オーストラリアの友人たちに日本のモノクローム・ロマンス版の表紙を見せると、みんな、「これが間違いなく最高の表紙だね」って言います。

 

溝口:「Captive Prince」の人種設定についておうかがいします。デイメンは色が浅黒いということで、現実の世界では南ヨーロッパ、南イタリアとかギリシャの人のイメージがあります。対してブロンドのローレントは明らかに北ヨーロッパのイメージです。

 

パキャット:それは実は、私自身の経験からきているんです。さっき言ったように、私は両親がオーストラリアに移住してきたイタリア系オーストラリア人です。たぶんこれはオーストラリア独特のことかもしれませんが、しばしば、イタリアやギリシャのあたりをまとめて、地中海出身という民族(エスニシティ)として扱うんです。で、アングロ系、北ヨーロッパ系オーストラリア人と区別する。私の子供時代のオーストラリアではこの分離がきつくて、地中海出身オーストラリア人に対する偏見にさらされることが多かったのです。映画やTVドラマで地中海系オーストラリア人がメイン・キャラクターであることはほとんどなかったですし、もし出たとしても、笑う対象のような役回りで。イタリア、ギリシャ、そして中東の一部は、実際には古代ギリシャ以来のきわめて古くからの高度な文明の土地であるにもかかわらず、アングロ・オーストラリア人たちからは、文明度が低いようにみなされていた。そういったことが背景にあって、デイメンを造形するにあたっては、彼が古典的ヒーローであること、高貴で、英雄的で、真面目な主役であることが重要でした。そして、彼がヴェーレの王宮に到着した時に、アキエロスの豊かな文化からやってきたのに、あたかも野蛮人であるかのように扱われるというところにも、地中海系オーストラリア人としての私のバックグラウンドが関係しています。

 

溝口:私、オーストラリアは何度か訪れていますが、その辺のことは全然知りませんでした。

 

パキャット:さんざん説明しておいてこんなこと言うのも変かもしれませんが、この辺のニュアスはオーストラリアの外の読者さんには伝わらないみたいなので、日本の読者さんも気にされなくていいです(笑)。それと、現実ではなく私が読んできたファンタジー小説のなかでも、南ヨーロッパ的な風景はほとんどなくて、イギリスやフランスなど、北ヨーロッパ的世界ばかりだったんですよね。だから、イタリア系である私自身により近いファンタジーに飢えていたこともあります。それもあって、デイメンは古代ギリシャ的な人物ですし、アキエロスの地図は、イタリアの形なんです(笑)。

 

溝口:あ、本当だ(地図を見ながら)。最後に、今後の予定について教えてください。

 

パキャット:今、準備の第3段階にとりかかりつつある次の作品は、ヤングアダルトものになります。なぜジャンルを変えるかというと、私自身、13歳から16歳くらいまでに遭遇した作品が一番、自分に一生ものの影響を与えたという自覚があるので、その年齢層の読者に届く作品を書きたかったのです。執筆は来年早々に始められると思いますが、私は仕事が遅いので(笑)、出版は何年か先になると思いますが。

 

溝口:ということは、男性同士のロマンスは含まない作品になるのですか?

 

パキャット:いえ、そういうわけではありません。LGBTのキャラクターは登場しますし、男性同士のホモエロティシズムの要素もあります。

 

溝口:なるほど。私はティーンじゃないけど、楽しみにしています(笑)。でも、その前に日本の読者さんは「Captive Prince」3部作の2冊目と3冊目が待ち遠しいですね。翻訳版はいつ出る予定でしょう?

 

担当編集者さん:2冊目については、来年早めを目指していますが、発売日はまだわかりません。必ず出しますので、ゆったりお待ちいただければと思います。

 

次回の対話篇ゲストはマンガ家よしながふみさんのご登場です!


■参考作品

叛獄の王子』(新書館

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