不倫を楽しむ女と地味なゲイ

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一途な愛と道ならぬ愛。どちらが幸せか、私は勿論前者派。愛すること、愛されることがもはや当たり前に感じる毎日が、時々愛についての感覚を麻痺させる。だけど愛する人がいて、そして生涯その愛を貫き通したいと思う気持ちは変わらない。恋愛慣れしないまま結婚した私の価値観はあてにならないけれど……先日の仕事終わり、美味と評判の洒落たカフェテリアで名物キャロットケーキを頬張りながら、女子会を楽しんだ。職場で出会った親友Kは、コスタリカ出身のアラサー女子。マシンガンさながらの話し出すと止まらない弾丸トークで弾むのは、やっぱり男談義だ。

 

「給仕のダヴィッドは、超絶ホット!」

 

「ギジェルモは顔があれだけど、セクシーな身体をしている。目を潰ればヤってもいいわね!」

 

とかスペイン男のアレコレを外国人目線で採点したりして楽しむのが日課。彼女は私と同様にスペイン人男性と結婚し、この何もないクソ田舎に移住したクチだ。英語も学歴も完璧な彼女にとって、退屈すぎるこの街と最底辺のルーティンワークはストレス意外の何物でもない。その反動か彼女は日々旦那の目を盗んでは、あちらこちらで色んな男をつまみ食い。

 

ゲイにレズビアン、ドラッグクイーンにマリファナが大好きな彼女があっけらかんに、「今度はアイツとヤリたいわ!」と口にしても今更何も驚かない。今更に人の数だけ愛・性の価値観があることを再確認する程、ちっぽけな器じゃない。タバコにマリファナ、ヘロインなんか当たり前、職場で薬の売買(いいの?)が横行するそんな毎日は、ある種の刺激に耐性を待たせるのには十分過ぎる。

 

浮気? 不倫? 今流行りのオープンリレーションシップ?無理に愛の形を定義つけるのは嫌だけど、つまり結婚ライフを楽しみながらも個々人の性の欲求そして本能に忠実に生きる、そんなスタイルもいいのかも。常に白線の内側を歩む人生が必ずしも楽しい訳ではないし、イコール二人の夫婦生活が潤うなんて保証もない。人生優しい嘘を突き通し、直感と本能の赴くままに歩む、一言で言えば人生なんて楽しんだもの勝ちなのかもしれない。(そう考えたら私の結婚生活はもはや破綻寸前だけど)

 

一緒にデートに行く時間が少なくなったと嘆き、今年は二人ハロウィーンの仮装が出来なかった!と落ち込む旦那を見ていると、もし私が他の男とベッドインでもしようものならどんなことが起きるのだろうか?サクッとKみたいにお酒(薬)の勢いでしゃぶっちゃおう、誰も見ていないんだから大丈夫!でも身体が快楽に従順になったとしても、ココロはずっと彼から目を離せないよ……

 

そんな無理難題過ぎる奔放ライフを送ったら、人生もっと楽しくなるのか?いいや快楽の後に大きな波のように訪れる罪悪感が、より一層自分を苦しめるだけに違いない。そんなことを考えながら甘いキャロットケーキを堪能する私。ふとした瞬間に視線がぶつかる、罪深きイケメンの紺碧な瞳。愛する旦那がいて、彼なしの生活なんて考えられない毎日を送っているのに、やっぱりイケメンに弱いのは欲求不満ってこと?(多分違うけど)

 

しばし不倫な愛は、失った愛と自信を取り戻す糧になる。とかセックスレスの二人の潤滑油になる、なんて言うけれど、不倫のメリット・デメリットは個々人でいいように解釈し放題。恋深き女K曰く

 

不倫とは「旦那がいても自分を見失わないようにする、そんなツールの1つ」

 

んなわけないがな……いつも一方通行なアイデアしか浮かばない私にとっては、彼女の恋愛スタンスはやっぱり理解出来ない。それでもイケメンが通る度に「あの人かっこいいなあ~。」と見とれると、味のないビターコーヒーすらもハニーテイストのように感じてしまう。なんだかんだ、イケメンって味気ない日々に一花咲かせるスパイスなのは事実のようだ……

 

私はつくづく思う、タイプのイケメン男性との恋がいつも不発に終わる訳。それは夢中になりすぎて、自分の愛の均衡が保てなくなってしまうから。恋愛に悩んだそんな時は、自分の理想なタイプを追いかけず、あえてそこを攻める?というタイプの男と恋に落ちてみるのはどうだろう?イケメン中毒に犯されるその前に、性欲に依存しないまろやかな愛に浸ってみるのだ。そしたらきっとカフェでイケメン観察を楽しめる位、ココロの余裕が出てくるのかもしれないから……

 

つぶやき

 

昨日仕事を退職した。辛い毎日が今では懐かしい遠い昔のよう……Gracias Por todos!

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