第76回 過去を取り戻したところで、もう同じものではない

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「出会ったばかりの頃の情熱を取り戻したい!」

 

最近ときめきがないという友達は倦怠期脱出を目指していた。デートでよく行ったレストランで食事して、お互いに勝負パンツを履いてセックスに励んで、昔のように頻繁なメール交換を試みたが、過去と同じようなシチュエーションに身を置いたところで違和感は拭えなかった。今を生きる二人が数年前の自分たちを真似たところで、あの頃に感じた情熱は蘇らない。非常に残念な話に聞こえるが、それは二人の関係が成長したという証拠でもある。むしろ、そんな成熟した関係が倦怠期に見えてしまう視点こそが問題なのかもしれない。

 

過去は輝いて見えるものだ。今の現実が過酷なら、より一層過去の自分に惹かれる。過去に生きる幸せそうな自分と、今まさに苦しんでいる自分を比べては、そのギャップに落ち込んでしまうこともある。思い出は都合よくネガティブな部分をカットしてくれるみたいだ。それとも、人間は目の前にあるポジティブな部分になかなか気付かない生き物なのかもしれない。理由はどうあれ、過ぎ去った日々を懐かしむのはとても自然な感情だ。カーペンターズの『イエスタデイ・ワンス・モア』を聴いて目頭が熱くなるのは自分だけではないと信じたい。

 

アーティストにはトップに駆け上がる勢いのある全盛期と、人気が徐々になくなっていく落ち目がある。どんなに才能のある素晴らしい人でも全盛期を維持するのは難しい。そして、人気の下降に抗って全盛期を取り戻そうとする人と、流れに任せつつ精力的に活動を続ける人がいる。人気が落ちればゴシップ誌の餌食になって叩かれるが、個人的には落ち目のアーティストの方が好きだ。周りの期待から離れて肩の力が少し抜けてた方が、流行に流されない素敵な作品をリリースしてくれる。一方で、いつまでも過去の全盛期を追いかけるアーティストは今しか発揮できない輝きを自らかき消してしまうことが多い。

 

過去は過去にあるから輝かしい。いくら学生時代の無鉄砲で初心な自分が恋しくたって、時間を巻き戻したいとは思わない。同窓会で学生時代からそのままタイムトラベルしてきたような同級生を見て、なんとも言えない距離感を抱くのはきっとその証拠である。その過去に引きずられているなら、もしかしたら目の前に大きな壁があってなかなか前に進めないのかもしれない。そんな時は思い出をポケットの中にしまってその壁を越えることに集中しよう。ときめきを失った恋愛ならば、他に価値あるものがないか探すことだってできる。過去は輝きを失うことはない。たまに覗き見するくらいでちょうどいいのだろう。

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