第21回 マンガ家 よしながふみさんとの対話(前編)

1996年、『月とサンダル』(芳文社)で商業BL単行本デビューすると、『ジェラールとジャック』(2000&02、リブレ)までコンスタントに新作を発表し、人間ドラマを踏み込んで描く独自の作風でBL愛好家に一目置かれる存在に。少女マンガ作品『西洋骨董洋菓子店』(新書館)が2001年TVドラマ化、2002年講談社漫画賞受賞。その後も少女マンガ誌で連載中の『大奥』(新書館、2005〜)がドラマ&映画化、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞をはじめ複数受賞。青年誌連載中の『きのう何食べた?』(講談社、2007〜)が男性読者も獲得と、幅広い読者層と高い評価を得ているよしながふみさん。『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』ではよしながさんのBL作品を「進化形 先取り」として分析。また、対談集『あのひととここだけのおしゃべり』(太田出版)で提出された論点にはおおいに導かれました。そこで、「対話編」のしめくくりに、ご登場をお願いしました。

 

第21回ゲスト:よしながふみさん

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インタビュアー:溝口彰子
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©Katsuhiro Ichikawa

 

私にとって、『何食べ』についての質問は

「BL脳」じゃない方たちのことがわかって面白いです

 

溝口:私、『BL進化論』で、『きのう何食べた?』のことをBLだという人がいるけれどもそれは違う、と書いたのですが、けっこう反響がありまして。「BLだと思って愛読してたけど、違うんだ」みたいな感じで。『きのう何食べた?』ではじめてよしなが作品を読んだという方たちです。で、「いや、べつにBLと呼びたいなら呼んでもいいけど、よしながさんがBLとして発表した作品、たとえば『ソルフェージュ』を読んでみて」と言ったりするんですが。

 

よしながふみ(以下:よしなが):私は機械的に掲載誌で決まると思っているので、『きのう何食べた?(以下:何食べ)』は青年誌に掲載されていますから、正式にジャンルが何かと言われたら、「青年マンガです」ということになると思います。……でも、私は『何食べ』はBL誌に載せてほしかったんです。

 

溝口:ええっ? それは、青年誌『モーニング』で連載されている今のお話とは違う、BL版の『何食べ』の構想があったということですか?

 

よしなが:いえ、BL誌に掲載してもらったとしても、同じように描いていたと思います。私が入ったころのBLは、男同士であれば何を描いてもいいという懐の深さがあったんです。最後が悲劇でもよかったし、同性愛者が壁にぶちあたって、という話もあった。あるいは、一億総BLというか、男同士で「あいつ美人だよな」って言っちゃうのもあり、全然Hなこともしていないギャグマンガの4コマとかもあったし。だから私も、『何食べ』はラブシーンはないですけど、ゲイとしての葛藤や、そこにのせて親の介護とかも描いても、BL誌に載せてもらえるかと思っていたんです。1話が短いですし、ごはんのレシピも載っているから、BL誌でメインとなる作品ではないけれども箸休め的にいいかなと。だから、BL誌に載っていたら、『何食べ』はBL作品だと思います。

 

溝口:でも2007年の時点での商業BL誌では難しかった、と。何が一番のネックだったんでしょう?

 

よしなが:話を出したのは、2005年くらいでしたが、まずキャラクターの年齢ですね。「『受』の筧さんをもっと若く、せめて30代にできませんか」と、言われました。それと、読者さんのなかには実際に親の介護に直面していて癒しのためにBLを読まれる方たちもいるのだから、BLでそういうお話を読みたくはない、ということでした。それは、そうかもしれないなあと。

 

溝口:そういう側面はたしかにありますよね……。ただ、『何食べ』での筧の親の介護問題の描かれ方はそんなに深刻な印象を与えないような演出ですので、BL誌で掲載されていても大丈夫だったのではないか、結果的にBLジャンルの幅を拡げたのではないか、という気がします。いまさら言ってもしょうがないですけど。

 

よしなが:私自身が『何食べ』のような作品をBL誌で読みたかったというのがあったので、その時は寂しく感じましたけど、結果的には青年誌に載せていただけたために、違う方向性で多くの方に読んでいただけたので、それはそれでよかったのだと思います。

 

溝口:よしながさんファンのBL愛好家も、青年誌の雑誌は買わなかったとしてもコミックスで読みますしね。……よしながさんご自身が当初は『何食べ』をBLとして考えていらっしゃったときいて今、ちょっと動揺していますが(笑)、でも、なぜ私が『何食べ』をBLと呼ぶのは正確ではない、ということを述べたのかは、掲載誌のことだけではないので、ちょっとお話させてください。それは、『西洋骨董洋菓子店』について、かつてよしながさんが、「魔性のゲイ」キャラクター小野がいるので、BLだと思って読んでいる人がいらっしゃるけれども、それは違う。ゲイ・キャラも出てくる少女マンガであってBLではない、とおっしゃっていたからなんです。『あのひととここだけのおしゃべり』に収録されている三浦しをんさんとの対談だったと思います。

 

よしなが:『西洋骨董洋菓子店』については、BLとしてお読みになっていた読者さんたちからは、「橘と小野はいつくっつくんですか」といったお手紙をいただいたりしました。そういう読者さんにしてみれば、肩透かしだったと思います。人間関係、彼らの関係を、それがたとえ失恋だったとしても、描いたならば、それはBLになるな、と思っていました。でも、結局そのような恋愛模様は全く描かなかったので、私にとってはあのお話はBLではないのです。

 

溝口:私自身、同人誌で発表されていた性愛アリのスピンオフ作品の印象とややごっちゃになっていたところがあったので、対談を読んだ後に、本編だけをあらためて全巻を読み直してみたんです。そうしたら、小野が「魔性のゲイ」だ、っていう話は言葉では出てきますけど、肌色なシーンはたった1コマ、それも、1ページの8分の1くらいだったかもっと小さかったかのコマで、不思議な角度からなのでどこがどう絡んでいるかの体位が判読しにくいものでした。それで、「ああそうか、このように描き分けていらっしゃるんだな」と。本編のメインは橘の子供時代の事件のほうに決まってるじゃないか、と。それで反省しまして、美男キャラ勢揃いでゲイ・キャラもいるからといってBLと言ってはいかん、と。『大奥』についても、1巻での、男女逆転で美男だらけの大奥で男同士でのセックス・シーンがあるからといって「BLだ」っていう人がいると、「あのー、女将軍も主人公ですよ?」と。

 

よしなが:はい。『大奥』も全くBLじゃありません。以前、三浦しをんさんとの対談で『西洋骨董洋菓子店』がBLではない、となぜ言ったかというと、BLが好きで、BLが読みたいという読者さんに対して、そう言っておかないと申し訳ないな、というのがあったからなんです。BLが読みたい読者さんが何を読みたいのかはわかるので、そういう方たちに差し出す本ではないわけだから。BLが読みたい、という読者さん以外の人が読んで「これはBLだ」って言ってもそれはかまわないんですが、BLを求めている読者さんに、これは違うので、ということをお伝えしないとBLを読みたい読者さんをがっかりさせちゃうな、って思っていました。

 

溝口:BLだからこそ描けることについては後でお話するとして、『何食べ』の主人公カップル、40代弁護士の筧さんが節約主婦的おさんどん好きですが、そういうゲイの人って現実にはあまりいなさそうですし、彼氏の、美容師のケンジもルックスが全然、ゲイっぽくないですよね。そのあたり、わざとズラしているんだろうなーと思っていたら、途中から、現実にもいそうなグルメなゲイとかが出てきたりしてああやっぱりと思いました。

 

よしなが:連載を始める前に実際のゲイの方たちに取材をしたんですが、その結果、最大公約数的なゲイを描く必要はない、という結論に達したんです。というのも、まったくゲイに見えないカップルもいらっしゃって、その方たちは新宿2丁目には行ったことがないし興味もないと。異性愛男性に人気があるような女性アイドルが好きな方も、特撮が好きな方もいらっしゃった。それで気づいたんです。分母が小さいから私たちはどうしてもゲイというと2丁目にいる方達と思うけれども、実際はいろんな方がいるんだな、と。それと、お話したなかで、その他の少数者、性的少数者以外のマイノリティの権利についてまったく敏感でないという人もたくさんいて、なるほどなあと思いました。

 

溝口:たしかに、「ゲイでさえなければ、自分はこの男社会のテッペンに行けるのに」と思っていそうな人だと、「優秀な男である自分が同性愛者であるためにこうむっている損」にのみ敏感、ってことはありますね。

 

よしなが:料理に関してだと、贅沢な男の料理を片方がして、で、残ったローズマリーをもう片方が「これをどうしたらいいんだ」ってなってる、というのを聞いて。あー、男女の夫婦で旦那さんがたまーに料理をしたらそうなっちゃった、どうすんのよこれーみたいな会話と一緒だなあと(笑)。男女のカップルでもものすごくいろんなカップルがいるように、ゲイのカップルもいろいろなんだなと。それで、好きに描くことにしました。

 

溝口:なるほど。それで、オネエじゃないけどオバサンは入っいてるゲイの弁護士、筧が生まれたんですね。そして9話で、自分は年齢のわりに若く見えるしやせているからモテ筋だと思って筧が2丁目に行ってみたらば全然モテなかった、ゲイの「愛されファッション」から程遠い、異性愛女性でいったら、合コンにスッピンで参加しているくらいズレているという話が出てきます。

 

よしなが:当初は青年誌での連載ということで、10話くらいで終えなければならない可能性も考えて、筧とケンジと、弁護士と美容師の仕事、筧の親と近所の主婦の富永佳代子さんとその家族、でオチまで考えていましたが、ありがたいことに打ち切りにはならなかったので、筧がゲイの最大公約数ではないことも描けるなと。

 

溝口:芸能事務所勤務でガッチリ体型の小日向さんと、「ヒゲのジルベール」ことワタルくんのカップル、大好きです。小日向さんは実際のゲイにもいそうなキャラで、ワタルくんは、ゲイとBLの先祖のハイブリッドというか(笑)。ところで、話はちょっと変わりますが、今でこそ、男性も含めてものすごくたくさんの人が『モーニング』で『何食べ』を読んでいるのが当たり前みたいな感じになっていますが、連載を始める時って緊張はなさいましたか?

 

よしなが:はい、当時は青年誌ということで腰が引けていました。でも、当時の編集長さんが、うちの雑誌は主婦の方が読んでいるから大丈夫とおっしゃったので、何となくそうかなあと思って。

 

溝口:なるほど。読者さんからの反響はいかがですか?

 

よしなが:やっぱり、料理を「作りました」というお手紙が多いですね。あとは、「親には言っていないけれど私はレズビアンです」といった若い当事者の方からのお手紙もいただきました。それから、連載開始した時に、編集部に、ゲイ雑誌の編集長さんから「応援しています」というお電話がかかってきたそうで、その時は、「緊張する!! でも、ありがとうございます!!」という感じでした。

 

溝口:中年ゲイカップルがお仕事しながら自炊生活して、親へのカミングアウトや介護をして、っていうマンガは、日本中で『何食べ』だけですもんね。

 

よしなが:そうなりますかね。でも、『何食べ』についての取材をお受けすると、「どうして男同士のカップルにしたんですか?」と、すごくよく聞かれるんです。「どうして」と言われましても最初からこれしか、というのが正直な答ですが(笑)。「私自身がこれを読みたかったんです。ゲイの『ふうふ』が料理するマンガが」とお話すると、なんとなくわかっていただけるようなのですが。

 

溝口:BL愛好家である私には男同士カップルのほうが基本形ですが(笑)。1990年代からの商業BLだけではなく、BLの祖先である1970年代の『風と木の詩』や、もっと言えば、『動物のお医者さん』(1987-1993)は大人気を博した少女マンガ作品ですけど、ハムテルと二階堂だって恋人同士ではないけど「男カップル」としか呼びようがないですよね。基本です、基本(笑)。

 

よしなが:2人で一緒に病院をやろうか、なんて話してますしね(笑)。でも、取材される方の中には、私がBLを描いていた事をご存じない方もいらっしゃるので、「普通の料理ものだと面白くないから、ひとひねりしたんですか? 戦略ですか?」って聞かれたりします。なるほど! そういう! ってすごく新鮮です。

 

溝口:戦略! そもそも、『何食べ』が男女のカップルだったら、全然違う話になりますよね。お料理を作るところだけはほぼ同じでいけるかもしれませんが、ドラマ部分が全く変わってきます。

 

よしなが:そうです。結婚している男女の、子供がいないカップルとは全く立ち位置が違います。相手の親とも、結婚した男女だったら最初から関係が発生しますし。社会的な認知も違うから、妻がいます夫がいますっていうことを周囲にもすぐ言うでしょうし。「BL脳」の方は、これ、男女じゃ同じ話にならないってすぐわかってくださるんですが、そうじゃない方々は、『男女でもできますよね』っておっしゃる。……私にとっては、『何食べ』についてのご質問は、「BL脳」じゃない方たちのことが分かって面白いです。

後編につづく


■参考作品

きのう何食べた?(1巻)』(講談社

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