第22回 マンガ家 よしながふみさんとの対話(後編)

1996年、『月とサンダル』(芳文社)で商業BL単行本デビューすると、『ジェラールとジャック』(2000&02、リブレ)までコンスタントに新作を発表し、人間ドラマを踏み込んで描く独自の作風でBL愛好家に一目置かれる存在に。少女マンガ作品『西洋骨董洋菓子店』(新書館)が2001年TVドラマ化、2002年講談社漫画賞受賞。その後も少女マンガ誌で連載中の『大奥』(新書館、2005〜)がドラマ&映画化、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞をはじめ複数受賞。青年誌連載中の『きのう何食べた?』(講談社、2007〜)が男性読者も獲得と、幅広い読者層と高い評価を得ているよしながふみさん。『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』ではよしながさんのBL作品を「進化形 先取り」として分析。また、対談集『あのひととここだけのおしゃべり』(太田出版)で提出された論点にはおおいに導かれました。そこで、「対話編」のしめくくりに、「前編」に引き続き、ご登場をお願いしました。

 

第22回ゲスト:よしながふみさん

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インタビュアー:溝口彰子
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©Katsuhiro Ichikawa

 

具体的な予定ではありませんが

今、考えている芸能界の話が

BL作品になるかも? なんて思っています

 

溝口:よしながさんのBL作品『1限めはやる気の民法』では、寺田美穂という女性キャラクターが、男性主人公2人の次の3番手ですよね。最初のビブロス(現リブレ)からの単行本化が1998年の作品ですが、90年代のBLで女性がちゃんと描かれるのって珍しくて、私の『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』ではBLの進化のひとつ、ミソジニー(女性嫌悪)を克服するBLの、先取り作品だと論じました。

 

よしなが:女の子キャラが好きなんですよね。それから、女と男がいるなかで、ゲイだ、っていうのが好きなので、デビュー作の『月とサンダル』から女の子キャラを出しちゃってます。

 

溝口:あ、たしかに。

 

よしなが:ここには自分の「萌え」もあると思います。男性しかいない世界観とか、キャラ全員がゲイだという設定では萌えないんです。

 

溝口:寺田が、ホテルで撮った写真を投稿雑誌にボーイフレンドが投稿したことで窮地にたたされる、っていう、今の言葉でいったらリベンジポルノのようなエピソードは、かなり女性の苦難に踏み込んだフェミニスト的エピソードですが、当時のBLでは編集者さん的にはOKだったんでしょうか?

 

よしなが:はい。その編集さんは私の同人誌を見て引き抜いてくれた方だったんですが、悲劇的結末でもシノワズリでも、何でも描かせてくださる方でした。で、当時は高校生もののBL作品が多かったので、大学生ものを描きませんか、と言われて、それで、高校ものではない大学生ならではのエピソードとして考えました。

 

溝口:寺田はとても印象に残るキャラクターなんですが、でも、BL的な楽しみの邪魔にはならないんです。つまり、主人公2人の男同士の恋愛の進展を愛でる視点の邪魔にならない。それはどうしてかな、と読み直してみたら、寺田の登場時から、田宮の勉強上の好敵手であることがよくわかって、で、2人で親しげに話もしているんだけど、お互いに全然、恋愛的な意味の興味はない、っていうことが、最初のシーンからして、すごくはっきり伝わってくるんですよね。

 

よしなが:それは、私がそういう男女の関係が好きだからです。だから読んできた作品や自分の経験から好きな関係性をかなりストックしているので、自分でも描く。逆に男女の恋愛関係となるとストックがないです(笑)。それをいったらBLのほう、男同士での恋愛を描くのも苦労しました。どうやったら好きになるのかなー、と悩んで。

 

溝口:そういえば、最終的には藤堂「攻」、田宮「受」で男同士のカップルが成立しますが、恋愛感情が芽生える瞬間がはっきり描かれるとか、同性を好きになったとまどいがモノローグで伝えられるとかはないですよね。90年代のBLによくあった「俺はホモなんかじゃない。お前がお前だから好きなんだ」も「出会い頭のレイプ」はもちろんないし、2000年代に増えた、もともと異性愛者のキャラクターが、男性と恋に落ちたのだから「自分はゲイになったんだと自覚する」というパターンとも違います。

 

よしなが:そうです。私のBL作品のキャラは最初からゲイです(笑)。自覚が最初から全く無い、というパターンは無いかもしれません。田宮も、自分がゲイなのはうっすら分かっていたはずです。

 

溝口:田宮は、登場時には自覚度合いは低めではあっても。……そっか、よしながさんのBLが「進化先取り」なのは、最初から、「女性を放逐した世界で男同士が奇跡の恋愛をするが、現実的なゲイを描いているわけではない」という90年代BLのお約束とは無縁でいらしたからなんですね。「超納得!」しました(笑)。

 

よしなが:そもそもいわゆる恋愛にあまり興味がないので、描くのも苦手です。だから、邪魔にならない女の子キャラは得意。もっといえば、男同士でも誰ともくっつかないお話が一番得意(笑)。なので、王道のBLは描けないんです。

 

溝口:「王道のBL」を、「美男キャラ同士が恋愛することを当然として、彼らの性愛を中心に描く」と定義すればそうなりますが、一方で、BLは、いわゆる恋愛を当然のものとせずに、それこそ祖先であるジルベールの昔から、親のような存在と子供のような存在の関係と恋愛の境界線、友情と恋愛の境界線、といったところを探るというのがあります。私は「愛の定義の再検討」がBLの得意技だ、という言い方をしているんですが。その意味で、よしながさんの『ソルフェージュ』はBLらしい傑作であり、個人的にも大好きです。

 

よしなが:そういっていただけて、すごく嬉しいです。『ソルフェージュ』は私のBL作品のなかでもあまり人気がない作品なので。

 

溝口:えっ、そうなんですか?

 

よしなが:はい。いわゆるカップリング萌えがしにくい作品のようで。人気という意味では『執事の分際』のほうがありました。

 

溝口:あ、最初の単行本化の時はタイトルが『愛とは夜に気付くもの』(1999)だった作品ですね。なるほど、たしかにカップリングとしてわかりやすいですよね。

 

よしなが:私も、『執事の分際』良かったですよ! と編集さんに言われた時に、カップリング萌えがどういうものかがわかった気がします。だからといって、いつもそれが描けるというわけではないのですが(笑)。

 

溝口:まあ、私は商業BLをたくさん読んでいて、評論本も出していますが、BLの読者さんの大多数とはとはかなり違うみたいで、『このBLがやばい!』のランキング投票でも、だいたい、外れています(笑)。

 

よしなが:自分が読者の立場として考えると、ギア・チェンジがある気もします。私自身、好きなBL作品のなかでも、「この作家さんの描かれるお話が面白い」というふうに読んでいる作品と、「もうもうこれがたまらん!」という「萌え」的に読んでいる作品とがあって、自分のギアがチェンジしている感じです。

 

溝口:あー……、それでいくと、私の場合は「この作家さんのお話が面白い」にプラス「このお話は広義のBL史に新たな扉を開けた」「このお話はホモフォビアもしくはミソジニーを乗り越えるヒントを示す進化形である」があわさって「好き」になっている感じかもしれません。たしかに、それらのどれにも当てはまらないんだけど、この作家さんのこの絵でこのからみはたまらん!「萌える!」 っていう作品もたまにあります(笑)。……あ、でも、そんな私が文句なく、両方の意味で「1位だ!」と思って、それがランキング本でも1位っていうのは、これまでで中村明日美子さんの『同級生』シリーズだけです。

 

よしなが:絵を見ると、一見、するどく感じるんだけど、読んでみるとお話にあたたかさがありますよね。掲載誌はBL誌じゃないけど、『Jの総て』も大好きな作品です。

 

溝口:そうですね。……『ソルフェージュ』に戻りますと、クラシック音楽の教師・久我山と、その生徒・田中のお話ですが、芸術ものでありお仕事ものとしての軸もあります。前半では、愛を知らない子供につけこんで、教師が関係を始め、それが周囲に知られて引き離されるわけですが、その子供(田中)の才能が開花して世界に名だたるオペラ歌手になる。そして、田中と離れた後に、別の男に刺されて教師の仕事をやめた久我山も、田中と再会し、なんとか社会復帰をする。

 

よしなが:そうですね。物語のすわりとしても、レイプから始まっている関係なんで、1回清算しないと物語として座りが悪いので、いったん引き離したのだと思います。関係が始まった最初は、先生、半分遊びですもんね。そこまで深みにはまるとは思っていない。

 

溝口:はい、教え子の中学生をレイプしちゃうっていう、そこは、BLだから、BLのお約束表現のレイプのバリエーションということでこのジャンルでは許されますけど、現実的に考えたら絶対にダメなことですよね。

 

よしなが:犯罪です。

 

溝口:でも、このお話では、最初はレイプだったけど、長い年月をへて、それが結果としては、彼にゲイとしての手ほどきをしたことになった、というところまで描かれている。さらに、音楽教師である久我山が見出さなければ田中は世界的オペラ歌手にはならなかったわけなので、その意味では、彼らはクラシック音楽という芸術においてお互いをリスペクトする関係でもある。近年のBLで増えている「お仕事もの」の側面もあります。

 

よしなが:リスペクトと愛情が両方そろうっていうのは実際にはなかなかないですからね。男女関係だとどうしても打算があるし。

 

溝口:男女じゃなくて男男(だんだん)でも女女(じょじょ)でも打算はありますし(笑)。

 

よしなが:あ、そうですね、本当ですね……(笑)。だからこそ、二次創作同人誌では部活の仲間やライバルが恋愛関係になるわけですよ。お互いにリスペクトがある2人が恋愛する。私は読者として、リスペクトと愛情の両立を読むのが好きなので、BLでなくても、男女でも女同士でも読みたいです。……これは比較的最近、自覚したのですが、『大奥』も、女同士の度が過ぎた主従関係が描きたかったんだな、と。女同士の関係性だけど、いわゆる百合的なものではなくて、むしろ自分が通常、男同士のお話を読みながら「うおー、こいつとこいつでカップリングにしたい」と滾るような、そういうのをやらせたかったんだなと。とくに綱吉の話からです。綱吉と、寵臣吉保の関係性。

 

溝口:たしかに、全然百合的じゃない、完全に主従萌えですね。最後に、これはどうしてもお聞きしたかったのですが、今後、BLをお描きになるご予定はないのでしょうか?

 

よしなが:具体的な予定はないのですが、ひとつ、考えている芸能界もののネタが、もしかしたらBLになるかもな、と思っています。男同士でおつきあいして終わり、ではなくて、いったん別れて結婚して……というような人生譚的な長いタームのお話なので、典型的なBLとは言い難いのですが。

 

溝口:すごく読みたいです! ぜひBLとしてお描きいただいて、BLジャンルの幅を拡げてください。

おわり


■参考作品

ソルフェージュ』(白泉社

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