第79回 自分を傷つけた人を許すという選択

2chopo-79

 

「二度と顔も見たくない!」

 

いつかそう思った昔の男と座ってまた話している。思い出の中でデートを楽しんでいた私たちは、今や知り合い以上友達以下な関係である。古傷に触れないように、さっきから当たり障りのない小話で気まずい間を埋めている。あんまり昔の話なので、私たちの間に何があったのか細かいところまで覚えていない。目尻のシワが増えた相手の笑顔はなんだか懐かしい感じがして心地が良かった。そして、急にズキンと来る痛みを感じて、彼に対して感じた怒りや悲しみがこみ上げた。忘れたつもりが、まるで昨日のことのように思い出せる。そこから立ち去ろうにも食事の席である。デザートを食べるまで帰れない。何より、二人きりではなくて他の友達も一緒だったので、ネガティブな感情は無視してそのまま会話を楽しむことにした。

 

「ちょっと言葉遣いがキツイぞ」

 

手元の携帯にメッセージが届いた。向かい側に座っている友達からである。急なことにビックリしつつ、その友達と目を合わせるとウィンクをもらった。注意されてしまったようだ。気が付かないうちに、目の前にいる昔の男に対して失礼な態度を取っていた。ちょっと意地悪な冗談で相手をからかっているつもりだったが、相手が何も言わずに笑って流すから調子に乗ってしまった。どんなに外見を繕ったところで、胸に感じているものはなくならない。きっと押し殺した感情が言葉や行動から滲み出てしまったのだろう。水を飲んで、深呼吸して、反省した。そんな態度を取ってしまった自分が恥ずかしい。冷静に注意してくれた友達に感謝したい。

 

相手を許せずに苦しんでいるのは他の誰でもなく自分自身である。それならば、許すにはどうすればいいのだろうか。全てを忘れようとしても人間は憶える生き物だ。忘れたい嫌な出来事ほど記憶の中に深く刻まれる。例え一時的に忘れられたとしても、些細なきっかけで記憶が鮮明に蘇ることもある。そして、過去は何をしたところで変わらない。相手が謝ったところで、罰せられたところで、罪を償ったところで、それで過去がなくなるわけではない。結局、相手を許すという選択は自分自身に委ねられている。昔の男を許せずに醜い姿を曝け出した自分は、まさに落とし穴の中でじたばたしている状態である。

 

いくら過去に傷つけられたからって、相手に失礼な態度を取るような人にはなりたくない。できることなら、常にリスペクトと思いやりを忘れない人でありたい。それが自分の目指している場所である。過去の落とし穴にいつまでもいるのなんて嫌だ。だから、相手を許す。それは自分のための選択である。そんな頭の中のやり取りを終えた頃、目の前に美味しそうなアップルパイが現れた。ちょっと溶けたバニラアイスまで添えてある。フォークを握るのをぐっと堪えて、まずは注意してくれた友達に返信した。

 

「ありがとう」

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