新宿二丁目公園のおもひでと今

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日本が懐かしくなる。自分の老化に著しく恐怖を感じる。将来の自分に不安を覚える……やっぱり年を重ねたが故か、これらの思いはどんなに今を足掻いたところで消えることはなない。結婚しても、海外に腰を据えても、基本何も変わらないことに気付いた私。あぁ、まだまだ精神的な幼さと共に生きてる私は、すべての出来ごとが新鮮でそして怖いのだ。

 

長い人生を80年と捉えても、まだまだ倍以上残ってる。それが短いと感じるか、もしくは長いんじゃ! ボケ! と思うのかは人それぞれ。時代の流れというものはどんなに逆立ちして拒んでも、決して流れを止めることなど出来ない。特に私のように海外で右往左往しながら同じような毎日を送っている者にとっては、日本で流れる時間は2倍も3倍も早く感じてしまうから不思議なのだ。

 

先日というか数カ月前に有給を消化して、1週間だけ日本に帰国した。久しぶりの日本、久しぶりのドンキに中野!! ブルーボトルコーヒーにも行きたいし、たらふく日本食を食べたい! どんどん膨らむ大きな願望は、日本に着いても萎むことなく膨らみ続ける。ケチな私も日本滞在中は食欲中枢を満たすため、終始財布のひもが緩みっぱなしだ。そんな日本滞在中、野暮用で懐かしの新宿二丁目を通り過ぎた日があった。

 

蘇るあんな思い出、こんな思い出……授業料の為だけにバイトした売り専での日々、路上で変なトルコ人にナンパされた話し、おまわりに職務質問されたこともあったっけ。どうでもいいことが、通りすぎる毎日に起きた小さな小さな出来事が、今更走馬灯のように駆け巡り、何とも言えない懐かしさに包まれるのは、やっぱり自分が時間のスピードにおいてきぼりを喰らったからに違いない。

 

ふと新宿二丁目の丸栄を通りすぎ、そして工事中だった新宿二丁目公園に目を移した。大都会新宿にありながら、影のある公園として昼はOLにリーマンが日向ぼっこ。夜になれば男娼に様々な世代のゲイが己の欲望だけを頼りに行きつく。そんなカオスが渦巻く公園が綺麗サッパリ、洗練された公園に生まれ変わっているではないか!ここで殺人事件があったことなど、覚えている人はどれ位いるのだろう?

 

だけどどんなに公園が綺麗に生まれ変わっても、思い出の中に生きる人々は変わらず同じ姿で佇み続ける。バッチリスーツで決め込んだ謎のブラジル人、売り専のスカウトをしていたあの韓国人のオッサンに私を可愛がってくれた某氏……みんなどうしているのだろう。公園が長く閉鎖されてから、新宿二丁目の核が消え去った、そんな思いで遥か遠くの公園を思い出したりしてきた。

 

生まれ変わった公園はまたまた新宿二丁目のシンボルとして機能していくのだろうか? 夜な夜などこからか夜蝶が集まり煌びやかに舞い、そして散っていくのだろう。スペインにいる私は今の公園がどんな淫乱な場所なのか、それとも普通の公園なのか検討もつかない。だけどきっとアソコに集うカルマはきっと強くて、そしていつまでも変わらない妬み嫉みそして欲望で一杯なのだろう。

 

私は旦那と共に日本に帰国する度に、どこか心の奥底で新宿二丁目公園の今を見てみたかった。今更生まれ変わった公園を見たところで、驚きはしたけれど、もっと今の公園の真実を見てみたい気にもなったけど……どこか怖いのだ。もしまた一度、あの公園に足を向けそしてベンチに腰を掛けたら、今の幸せが、スペインでの平和な毎日が私から遠のいてしまいそうな恐怖感に襲われるから。

 

きっと私の思い違いに過ぎない。だけど嫌な思いを抹消することが出来ない人間の脳内システムが、私の行く手を拒んでくる。あそこには、近づいてはならぬ……と。心配性で若干強迫神経気味な私はそんな不確かな直感に苛まれながらも、変わらぬ安定した生活の中で遥か遠くの新宿二丁目公園を遠目で懐かしむ。

 

もう戻らないからこそ知りたい真実。変わらぬ新宿二丁目の姿を未来に映しながら、私は旦那と一緒にポケモン探しに近所の公園へ……そこには魑魅魍魎な人間模様はないけれど、ピカチュウがよく出現する為、多くの若者達で賑わっている。あぁ、ポケモンがよりどころのスペインはなんと平和なのだろうか。スリリングな過去を懐かしみたい気持ちもあるけれど、やっぱり平和が一番幸せなんだと実感する今日この頃である。

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