屋根裏のドリームチェイサー

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夢を叶えることが人生における勝敗を決めるのだとしたら。私は確実に負け犬である、例えどんな逆境で百戦錬磨の経験をしたとしてもだ。ただ人生は常に夢だけに依存する訳ではない。時に長い道のりで道草したり、わざわざ獣道を右往左往しながら頂上を目指していく猛者だって、とても素敵な人生を生きる勝者にもなりえる。

 

人生を変えてくれる出会いは私の場合留学であり、そして愛する人間との出会いであった。単調な一本道に見えた人生で、可能性という脇道が幾多も存在していることを知った留学時代。そう海外はアドベンチャーであり、そしてドリームチェイサーが集う場所なのだ。だから今回はトランク1つ、屋根裏で夢を叶えた人間の話しでもしようかと思う。

 

彼の名前は正直覚えていない、だって一度顔を見合わせただけだから。彼はタイ北部出身の色黒でスレンダーな典型的東南アジア人。彼は海外移住を切望しており、そんな思い1つでSNSを駆使して優しいゲイ男性を探したそう。(実によくある話し)まあゲイでもノンケでも小金持ちを探しだしては、金銭的援助を得るなんて今どき珍しくないけれど……。

 

私が格段憧れていた訳でもないスペインに来たのと同様に、彼がフランスのコートダジュールに来た訳はただ世話をしてくれる人間がフランス人だったから。でも既婚で子持ちのフランス人は、メチャクチャ家計が潤っている訳ではなかった。彼はただニースのタイレストランでの仕事を彼に斡旋し、そして住居と最低限の生活費を提供しただけだったそう。それがタイトルにもある屋根裏って訳だ。

 

ニースはモナコにも近い保養地尚且つ観光地であるが故、とにかく外国人だらけ。外国人観光客に埋もれた旧市街に位置するボロボロのアパート。物価に家賃が高いニースだ、件のフランス人が彼にあてがったのは物置きとして使用されている屋根裏部屋。タイ人青年はこの部屋で日々学業に興じ、タイレストランで皿洗いに従事していた。

 

一度だけ訪れたことのある彼の部屋というか小屋、一言で形容すればうーん、魔女の宅急便のキキが間借りしていたパン屋の屋根裏をよりいっそう汚くした感じ。シャワーもキッチンも勿論ない、そんな生活環境で虫と共存しながら生き抜く彼はレストランで働き通し、そしてフランス語に磨きをかけるしかなかったのだろう。

 

おねだり上手なタイ人青年は裸電球一つの屋根裏で過ごし、休日は世話になりっぱなしのフランス人と妖しい会食……そして彼は数年のニース滞在中に名門ニース大学に入学、経済学を専攻し(学費はタダ同然)卒業した。彼の海外移住したい!そんな強い思いが後押しした学位習得、そして異質な環境で雑草のように強く生き抜いた強靭な精神に完敗。

 

その後タイ人青年は何故か夢の国フランスを後にし、母国タイに戻ったという。海外移住の夢を叶え大学を卒業し、フランス語も英語もペラペラになった将来有望な彼がタイに戻った理由。それは同郷の女性と結婚する為だそうだ。えっ、ゲイじゃなかったの?ふとした疑問を庇護者に尋ねると、「人生はいろんな形そして色に染まる事ができるんだよ。」と分かったような言葉を投げかける。

 

ほうほう、人生とは愛とは粘度のように自由自在に形を変えることができるのか。でもそれって単にタイ人青年がバイだったからじゃないの?いずれにしても旦那なしでは病院にも区役所にも行けない情けない日本人の私は、タイ人青年の行動力そして成せばなる精神に感服、タイに足を向けては決して眠れない日々を送っている。

 

海外で暮らす人間にはきっとタイプが2つに分かれるのだろう。1つは軸がぶれない、そして人生をバサバサと自分で切り開いていくタイプ、そしもう一つは典型的な海外かぶれ。目標はまあ高いけれど、結局自分という圧力に屈し他力本願になってしまうタイプ。男らしくは決してないけれど、いろいろとそつなくこなす旦那を持つ私は勿論後者。イカンイカンと思いながらも結局、彼に頼りっぱなしの日々。

 

そんな時一度だけ会ったことがあるタイ人青年の姿がいつも浮かんでは消えていく。強靭な彼の背中は度々私の前に現れては、肩を引きよせようとしても、やっぱり掴めない。ふがいない私はそんな幻を瞳に映し、今年こそは2017年こそはと高い目標を立てながら、「やっぱり明日からにしよ。」の腑抜けな精神が抜けきれないのである。

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