第87回 狭い箱の中で恋愛する私たち

2chopo 87

 

理想の恋人像を追いかける行為は落とし穴である。理想のタイプを持つこと自体に問題があるわけではないが、それをまったく疑わないのも少しナイーブである。好みやタイプはオーガニックな個性だと思いたいが、残念ながらそうではない。個人の選択は社会に存在する既成概念に常に影響されている。おとぎ話やラブコメに登場するキャラクターや身の回りにいるカップルたちを見ていれば、自然とその使い古されたテンプレートを自分自身に当てはめてしまう。多くの場合、そうやって影響されていることにも気付かないから尚更厄介だ。

 

可憐なお姫様が勇敢な王子様に救われて、めでたしめでたし。この超王道な物語は今でも世の中に溢れている上に、それを鵜呑みにしている人は少なくない。フィクションの影響力を侮ってはならない。ところが、お姫様や王子様に100%当てはまる人なんて希少なわけで、そんな架空なキャラクターたちを追いかければ追いかけるほど虚しくなるはずだ。もしも奇跡的にお姫様や王子様に限りなく近い相手を見つけたとしても、些細なギャップが気になって肝心の恋愛に集中できないかもしれない。そうやって先入観に縛られたままの恋愛は、狭い箱の中でする窮屈な恋愛である。

 

「それでも、人間のタイプは生まれ持ったものだから変えることはできない」

 

そう力説する人とたくさん出会うが、本当にそうなのだろうか。女の子はおしとやかに、男の子はわんぱくに。そんな文化の中で育てられれば、他人や自分に対して社会的な役割を求めてしまう。背が高い男性と目が大きい女性がモテるという価値観に囲まれていれば、自分の好みも影響を受けるだろう。マルチカルチャーなトロントでは人種問題がそのまま恋人選びに反映されている。理想の恋人像には生まれ持った部分もあるかもしれないが、生まれ育った環境によって構成される部分も少なくないはずだ。だから、その理想とどう向き合うかが重要になってくる。

 

まっしぐらに理想の恋人像を追いかけたいなら、ちょっと半信半疑になってみるのも悪くはない。恋愛は頭の中でするものではなくて、実際に目の前の人間とするもの。人間同士でする恋愛だから全て丸く収まることはない。常にちょっと散らかっていたり、醜かったりするものだ。柔軟さを持ち合わせていなければ、自分の思い通りに行かない恋愛は苦痛だらけになってしまう。それではちっとも面白くない。人間が最も輝く瞬間は自分らしさを全て発揮できるときである。自由な伸び伸びした恋愛は自分らしくいられる恋愛でもある。たまには、理想という箱から飛び出して、未知の領域を冒険してみよう。

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