第42回 愛のコリーダ あなたをこの手で抱きしめてはなさない

まずは、

「女の丸坊主図鑑」

をご覧ください。

瀬戸内寂聴先生

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宗教

シネイド・オコナーさん

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主義主張

井上晴美ちゃん

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話題性&アート

ICONIQちゃん

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話題性&ビューティ

ブリちゃん

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頭おかしい

デミ姐さん

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俺のちんぽをなめな!(G.I.ジェーン)

で、今回の峯岸みぃちゃんのは、

話題性&罰、という扱いでした。

パブとしては大成功だし、オカマなら一周まわってギャグとして消化もできるんだけど、

ああいうのを真に受けて納得しちゃうマインドがはびこるのは、なんかイヤだわねぇ。

とか思ってたら直後に、笑顔でダブルピースな丸坊主写真も追加されたので、ちょっとだけホッとしたかな。

だってあの演出はどう考えても、裏に「スキャンダルを逆手にとるのッ!」と息巻く三田佳子先生が見え隠れしますもの。

まあ、処女性や「俺のみぃちゃん」幻想を使って、

世界的CD不況も何のそのな売り上げを得てきたビジネスモデルにおいては、

商品のセクシーリア充活動がバレることは罪となり、罰としてのパフォーマンスも、お仕事の一環になってしまうのでしょうね。

ちなみに、10年以上前の話ですが、同じく『週刊文春』にやられたのが、中原誠永世名人と林葉直子さんの不倫。

その後、彼女は告白本『罪』、ヘアヌード写真集『罰』を出しています。

 

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罰を受ける林葉さん

罪って、罰って、一体なんなの…!

なんて思ってたら、こんな罪が飛び込んできました。

写真家レスリー・キー容疑者逮捕=男性性器露骨な作品販売の疑い-警視庁(時事ドットコム)

あのユーミン大好きで、

ゲイ雑誌『バディ』でも長年お世話になってる世界のレスリーさんが、

メール・ヌード写真集のせいで!

また、あの刑法175条ですよ。

1957年のチャタレー事件から繰り返される、

わいせつな文書、図画が「罪」になり、

頒布、販売、陳列者が「罰」を受けなければいけない法律ですよ。

でも、つい最近の2008年には、

あの、ゲイでありHIVで亡くなった世界的写真家メイプルソープの作品について、最高裁まで争われた結果、逆転無罪となっていたんですけどね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/メイプルソープ事件

今回のレスリー・キー写真集について、今後裁判で争われ、メイプルソープのように「写真芸術」という観点から無罪になるのかどうかは、まだ分かりません。

というかそもそも、

アートなペニスなら良くて、わいせつなチ○ポはダメって、誰が決めるのその線引き。

先日亡くなられた大島渚監督の言葉が思い出されます。

「芸術か、わいせつか」

男の局部を切り取った毒婦、阿部定事件をモチーフにした映画『愛のコリーダ』。

BBA世代よりさらに上の、いにしえのゲイたちが愛した、藤竜也兄貴が、カンヌ映画祭で無修正チ○ポを晒してくれた、1976年としては衝撃の作品でした。

『愛のコリーダ』予告編

当時の日本は、海外で起きたこの事件をなんとか罰してやらないとメンツが保てぬと思ったのか、宣伝用スチルなどが掲載された書籍を理由に起訴。

結局、一審二審とも「当該書籍はわいせつ物に当たらない」として無罪としたのだそうです。

でも、大島渚監督側は、「刑法175条は憲法違反である」と主張していたので、「有罪の方がよかった。憲法判断を避けた肩透かし判決だ」という感想を述べたとか。

そもそも、前述の「芸術か、わいせつか」という言葉は、なんとなく、「わいせつじゃなくて、芸術なら認めるべき」というニュアンスで使われていることも多いけれど、

監督が言いたかったのは、そういうレベルの話じゃないのでした。

「私は〝芸術であるからわいせつではない〟という過去の主張をとらない。

芸術か、わいせつか、という論争を一切拒否する。

わいせつは、そう思う人の中にしか存在しない。

私は〝わいせつ、なぜ悪い〟と問いたいのだ」

しびれる~。

ついでに、『戦場のメリークリスマス』公開時の言葉、

「男が男にひかれるとは何だ、ということを描きたかった。

ホモセクシュアルな感情というのは僕にはよく分かるし、

肉体関係を伴わなければ僕の内にもある」

というのもステキです。

わいせつを解する聡明なノンケ男性は、セクシュアルマイノリティも解しやすい、と思うの。

まあそういう議論以前にね、

そもそも、現代事情にそぐわなさすぎじゃない?

お子様フィルタがかかってない大人なあなたのブラウザなら、

今すぐ「チ○ポ」「マ○コ」って画像ググってみてくださいよ。

って、わいせつ過ぎて、試しにググっただけのつもりが、アタシも一枚一枚丁寧にクリック確認しちゃったわよ!

ビジネス的にも海外法人たてて、ネットで日本制作の無修正動画を売るのはもはや取り締まれないわけだし。

それが今の現実。

なのに、好きな大人がわざわざ出向かなければ買えないようなレアな書籍が無修正だからって、逮捕されちゃう。

もうそんな法律、浮世離れしすぎでしょ。

とりあえず、わいせつが悪い、としても、

それは「見せられた時に嫌悪や、児童への悪影響を感じる大人がいる」という点だろうから(それ自体、時代で変化する概念だけど)、

それを欲しがる、好きな大人しか見られない場所にある場合に、何が悪いって言うのかしら。

実は、というかバレバレでしょうが、アタシ個人は、

「同性愛」「セクシュアルマイノリティ」というテーマと同じくらいに、「セックス」「わいせつ」そのものが大好きで大切なの。

自他ともに認める多淫症だもん。噛んで~、ココ噛んで~。

だから、同性愛やアートが、そこに絡むわいせつな側面を、時にやっかいもの扱いにするのが苦手です。

TPOに合わせた戦略として、いちいちわいせつ面を見せないってのはアリでしょうが、本心からの嫌悪がそこに混ざってるのが見えると、同性愛の権利を語る言葉も、アートの素晴らしさを語る言葉も、わいせつを愛するアタシからしたら薄っぺらく聞こえちゃうのよね。

てか嫌悪するくらいに、おめぇが人一倍わいせつな自分の心をひた隠しにして腐らせてんだよ、とツッコミてえわ。ひいひい言わせてえわ!(Sタチ性の噴火)

(ちなみに、レスリー氏の局部撮影許可をはじめとするプライベートなやり取りがずさんだったという指摘もありますし、個人的にもそれは認知していましたが、それと、わいせつが理由で罰せられたことは別問題だと思います。)

と少々、ドスケベ女装おじさんが熱くなってしまったので、クールダウンにこの一曲。

クインシージョーンズ先生が、件の映画『愛のコリーダ』にインスパイアされて作った同名曲の日本語カバーです。

第32回紅白歌合戦で、岩崎宏美、桜田淳子、榊原郁恵、松田聖子、石川ひとみ、郷ひろみ、野口五郎、西城秀樹、田原俊彦、近藤真彦という超豪華メンバーが唄っていました。

コリーダとは闘牛の意味。

同性愛もセックスも、愛に絡むものには危うさもつきまとう。

時に怪我をして、血を流したとしても、

赤いムレータを振りながら、華麗に闘うマタドールになりたいわ…。(誰が蒸れた股ドールや)

愛のコリーダ

きらめく星さえふきとばす

愛のコリーダ

あなたをこの手で抱きしめて はなさない

 

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