ボーダーライン 第5話

例えば、プリンスが書いた
“Nothing Compares 2 U”を歌った当時のシネイド・オコナーは、
あの痛いほどの歌声を男の恋人に捧げていたのか、女の恋人に捧げていたのか。

そんなことは実はどうでも良いんだ。
恋するっていうこと、それ自体が奇跡的なことで、
こんなにたくさんの人が生きている中で、惹かれる人に出会えること、
それだけで人は妙に信心深くなれる。
感応。その先にあるフィジカル。欲望。期待。不安。

コップの水があふれるように何かがあふれる。
彼女はアタシの初めての女−ひと−

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線は交わった。

それは長くて本格的なキスだった。探り合う感触はすぐに密着した。
だから顔と顔が離れた時、思わずふたり笑った。
「どうしようね、もう戻れないよ?」
「そうだね。」照れくさそうにモヒートを飲み干す彼女。

「行こうか。」気付くと夕陽が夜の海に消えようとしていた。
「うん。」アタシのグラスも空になっていた。

「いつもありがとね、また来てよ。」
店のマスターが見送りに来たその目の前で、彼女は右手を出した。
アタシはひとつ頷いて、その手に左手を重ねる。
出会った時と同じ感触がフラッシュバックする。彼女は覚えているだろうか。
この後の時間へのよこしまな期待も重なって、自然と口元が緩む。
「ねえ、なに笑ってるの?」
「教えない。」
アタシたちは共犯者になった。

部屋にたどり着いた頃にはすっかり日が暮れていた。
「香ちゃん、おいで。」
呼ばれた奥の部屋に行ってみると、広い出窓から一面のオーシャンビュー。
けのびして体いっぱいに深呼吸した。
「海と山のにおいがする。」
「気に入った?」彼女の髪のにおい。
後ろから抱きしめられて柔らかいその乳房が背中に当たった時、少しの違和感を覚えた。

その瞬間、彼女の動きが止まった。
「絵を描いてもらおうかしら。」彼女はさりげなく体を離した。

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アタシはイヤイヤしたい気持ちと、どこか安心したようなおかしな気持ちが入り混じったまま画材を広げた。
「マユさんの好きな座り方で座って。」
「OK」彼女は出窓に片膝を立ててこちらを向いて座った。

赤ワインを傾ける彼女の佇まい。さっきまで二人の間にあったものはもう見えない。
あの溶け合ったもの。彼女も隠している。アタシも隠している。
テーブル越しにスケッチを始める。

「さっきは…ごめんなさいね。彼女との話なんかして…。」
「いいよ。謝らないで。アタシ、マユさんのこと好きだから。」彼女の目が泳ぐ。
「ありがとう…。香ちゃんは、今付き合ってる人居るの?」
微妙に重くなりかける空気を変えるかのように、彼女が言った。

「彼氏は居ないかな、SEXする男の子はいるけど。」
「そう、どんな風にするの?」
「うーん。カラダを使って一緒に遊ぶっていう感じかな。」
「濡れるの?」

無言で数秒見つめ合う。

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