東京レインボープライド、無事終了!

というわけで、4月28日に開催された「東京レインボープライド2013」、無事に終了しました!
って、今回はアタシ、スタッフでもなんでもなく、キムビアンカ編集長と一緒にステージの司会をさせていただいただけなんだけど、イベント全体の雰囲気が良くて、とても楽しかったわ。あと、気候もちょうど良かった! あれが真夏だったら、きっとアタシ、ドロドロに溶けて死んでたはず。初夏の開催万歳。
足を運んでくださったみなさん、スタッフのみなさん、出演者のみなさん、お疲れ様でした!

アタシは基本的に、ステージ周辺ばかりをうろうろしていたので、感想もどうしてもステージ周りのことになってしまうんだけど……。
今回、個人的に嬉しかったのは、野宮真貴さん&BIBAのみなさんのパフォーマンスを観られたこと。中でも『スウィート・ソウル・レヴュー』(「ベイビー 街はいつもパレード」「神様 パレードに雨なんて降らせないで」といった歌詞が出てくる)に感動。
あまりにも私的な話で恐縮なんだけど、『スウィート・ソウル・レヴュー』がリリースされたのは1993年4月。アタシに初めてゲイの友だちができたのが92年の夏、ブルボンヌさんたちと友だちになったのが93年の春で、ピチカート・ファイヴ(小西康陽さんや野宮真貴さんらによるユニット)の良さも、彼らに教えてもらったの。そして、前回のコラムにも書いたけど、東京で初めてパレードが行われたのが94年の夏。
そんなわけで、『スウィート・ソウル・レヴュー』を聴くと、20年前、ゲイ・コミュニティに足を踏み入れたばかりで何もかもが新鮮だった、学生だった自分の甘酸っぱい気持ちが、心の奥からどっと溢れ出してくるのよ……。
まさか20年後、小西さんがDJを務めるイベントが二丁目で開催されたり、野宮さんの曲を二丁目やパレードイベントのステージで聴ける日が来るなんて、当時は思いもしなかったわ。人生何が起こるかわからない。歳を重ねるのも悪くないわね!

そして、中村中さんのステージも素晴らしかった! 中さん、前々から「賢くて素敵な人だなあ」と思っていたんだけど、パワフルな歌声といい、合間合間のコメントの的確さといい、オーディエンスを煽る時のSっぽさ(?)といい、美しさといい、もうね、パーフェクト。最後にみんなで「友達の詩」を合唱したんだけど、アタシもいろいろ思い出しちゃって、ついつい涙ぐんでしまったわ。ホラー女装の目にも涙。
ただ、「手をつなぐくらいでいい」「友達くらいがちょうどいい」というフレーズについて、「パレードの最後に歌うには、ちょっと消極的」と感じる人もいるかもしれないと思い、最後に「(昔は)手をつなぐくらいでいい、などと(思ったこともあるかもしれないけど、これからはそう)言わず、素敵なパートナーを見つけて、素敵な関係を作りましょう」(あの時、言葉足らずで言い切れなかったことを、カッコで補足)みたいなことを口走ってしまったんだけど、おそらく中さんも「かつてそういう思いを抱えたことのある人たちが、それを乗り越えたうえで、パレードに集い、この歌を歌う」ことに意義を感じていらっしゃったはず。とにかく「みんなで『友達の詩』を歌えた」ことを、楽屋に戻ってからも、中さんがとても喜んでおられたということを、ここで勝手にお伝えします。
あと、これまたあまりにも私的な話で恐縮だけど、中さんとは共通のお友だちがいたりするにもかかわらず、今まで結構ニアミス続きで(「さっきまで、中ちゃんいたのに」とか言われたり。ハッ。アタシ、避けられてた?)、なかなかお目にかかれなかったの。それが今回、楽屋やステージ上でお話しできて、めちゃくちゃ嬉しかったわ。
ちなみに、アルピーナさんとアタシによる「徹子の部屋 中村中さんバージョン」の動画がyoutubeにアップされているので、良かったら観てみて(もともとはバブリーナさんが「これをやろう」と提案してくれたんだけど、バブリーナさんとの動画がないのよ)。なお、中さんもこの動画の存在をご存知でした。ひい!

それから今回はとにかく、会場に出展されたブースの数や種類の多さに驚愕。
パレードが出発してから戻ってくるまでの数十分間、ぶらぶらと会場を歩いてみたんだけど、告知や飲食、物販のブースに加え、9か国もの大使館のブースやウェディング体験のブースもあって、とても楽しめたわ。
ツイッターとかをちらちら見ていると、たとえば大使館の出展等についても、人によっていろいろな意見があるみたいだけど、まずは「スタッフが一生懸命努力して、協力してくださるところを開拓した」ことを大きな一歩だと考え、プラスにとらえるべきだと、アタシは思うの。
前回も同じようなことを書いたけど、あれだけの規模のイベントを「できるだけ誰からも文句を言われないように開催する」ためには、スタッフは気が遠くなるような、おびただしい数の細かい作業をしなければならないの。
もちろん「批判(もしくは批評)をするな」とは言わないけど、批判をする人には、同時に「批判をする自分を批判する」目も持ってほしいな、とは思うわ。「物事を形にするのにどれだけの時間や労力やお金等が必要か、自分は本当にわかっているのか」「もし自分が作る側に立ったなら、自分は本当に、完璧にやれるのか」「自分の批判が、作る人のやる気を奮い立たせるのか、あるいはやる気を失わせるのか」とかね。同じ批判でも、そのプロセスを経ているかどうかって、やっぱり大事だと思うのよ。

ところで4月30日に、07年および10年のパレードを主催した「東京プライド」の解散が決議されたけど、東京のLGBTパレードの主催団体は、今まで何度か変わっているわ。
それについて、いろいろな意見があるようだけど、アタシは「ボランティアベースで、大きなイベントをやる大変さ」が主な原因の一つだと思っているの。作業を進める上での指示系統は一応あるけれど、企業と違い、立場はみんなフラット(責任の重さに応じて給料が上がる、なんてこともない)で、お互いを尊重し合う必要がある。でも生活のための仕事を抱えながら、膨大な量のパレードの作業を進めなければならないので、どうしてもコミュニケーション不足が生じたり、ストレスからぶつかりあったりすることも多くなる(アタシも昔、実行委員長とかに八つ当たりしたことが……)。
アタシは、どの時期のどの団体の人も、目の前の仕事を「良かれ」と思う方法で、一生懸命やっていただけだと思っているの。ただ、考え方の違いをすりあわせたり、何かのプロセスを完璧に遂行したりするために必要な、いろんな意味での余裕がなかっただけ。あるいは、どうしても理念の違いを乗り越えられなかっただけ。あるいは、精神的または体力的に疲れてしまっただけ。でも人間だもの、仕方ないわよ。とか書くと、「甘い」って言われるかもしれないけど。そう。アタシは自分にも他人にも甘いホラー系女装……(以上はあくまでもアタシの個人的な意見であって、もちろん、ちゃんとやれるなら、それに越したことはないと思うわよ←日和(ひよ)ってみた)。
アタシは2007年までしか東京プライドに関われなかったけど、2010年のパレードや、その後の作業に関わられたみなさん、本当に本当にお疲れ様でした。

って、最後の方はちょっとシビアな話もしてしまったけど、今回のパレード、アタシが見た感じでは、スタッフのみなさんがとても楽しそうに働いていて、「ああ、以前に比べて少しずつ、みんなの負担が軽くなってきているのかな」「スムーズに運営できる体制ができつつあるのかな」と思ったわ。
ちなみに、来年は4月27日に開催予定とのこと。その日を楽しみにしつつ、スタッフのみなさんに心からのエールを送るわ!

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