第7回 “マイノリティ”とIT

先日、こんな子育てアプリが話題になっていました。それは「鬼から電話がかかってくる子育てアプリ」で、「お母様のしつけをサポートしてくれる」といううたい文句がついています。

鬼からの電話の内容は「ママを魔女の世界に連れて行くぞ」というようなもの。小さな子どもにとって「ママを魔女の世界に連れて行かれる」なんて、自分の世界が足下からふたつに裂けるくらいの恐怖。「ママ」は子どもにとっては世界。愛という言葉を知らなくても無条件に愛している存在、また精一杯「依存」して命をつないでいる存在です。しかも、そんな大切なママが連れて行かれてしまうのは「自分が悪い子だからだ」。小さな子どもはそれでなくても、何かあったときには「自分が悪かったんだ」という思いを持ちます。そしてその「自分が悪かったんだ」という思いは、成長し、大人になって社会を生きるときに、強烈な生きづらさとして、長年本人を悩ませることになります。(これはこのアプリに限って起こることではなく、虐待の特徴の一つとして挙げています。)

このアプリの存在を知って、私は非常にショックでした。iPhoneなどのガジェット、ソーシャルメディア等の活用で、社会全体がよりよくなっていくのではないか? 社会全体をよりよくしていくために(もちろん子育てを含めて)ITがあるのではないのか? という私の価値観を揺らがされたからです。

昔から行われてきた子どもに対する「おどし」の現代版として、それをITでやってどうするんだ。技術って、そんなためのものなのか? と、非常にショックでした。

子育てにかかる不安、大変さ、時間的制約、精神的なプレッシャー…
このアプリの売り文句にもあるように、今の日本社会では、それらは圧倒的に「お母様」にかかります。IT技術はそれらの問題をできるかぎり解消し、サポートしてくれるツールであるはずなのに、そのツールがなかった時代と同じことをまた繰り返すなんて、なんて愚かしいことだ…と思いました。

私が取り組んでいる、セクシュアル・マイノリティをとりまく問題についても同じことが言えると思っています。

今までになかったツールを利用して、他者を(もちろんそれが子どもであっても)人として尊重し、違う人や言うことをきかない(と思える)人と、どうやってコミュニケートしていくかを考えて、それを助けてくれるもの。それがIT技術なのでは?

私たちは「マイノリティ(少数者)」と言われている存在だけど、LGBTは人口の5.2%とも言われています。これは単純に計算すると、日本の人口の600万人以上がLGBTであるということになります。

先日、ジャーナリストの津田大介さんと「マイノリティである私たちは、どうすれば社会を変えていけるのか?」についてお話ししていたとき、この数はもはや「少数」ではないのではないか? という話になりました。私は自分のセクシュアリティが「マイナー」であるということを前提にして物事を考えてきていたので、このお話には非常に興奮しました。

今みなさんがこのコラムを読んでくださっているのは、iPhoneでかもしれないし、タブレット端末かもしれないし、PCかもしれません。このページにアクセスできるネット環境と、手にしているなんらかのガジェット、それからアイデアがあれば、今はまだマイノリティと呼ばれている(マイナーな存在とされている)私たちにも、社会をよりよい方向へ変えられる可能性があるはずです。

このコラムを連載させていただくキッカケとなった、結婚式のニュース。これも、ソーシャルメディアの活用がなければ不可能だったことです。
(なにものでもない無名の「私」が、既存のメディアに写真を郵送するなどしても、記者の目に留まる可能性は非常に低く、報道されなかったでしょう。また仮にされたとしても「共感」を伝えることは難しかったのではないかと思います。それは時間的な制約を超えられないために、私もその場にいたんだ! 私もこれに「いいね!」と思ったんだ! という温度が伝播しにくいからです。)

今手の中にあるものを使って、「されて辛かったこと」「されて生きがたい思いをしてきたこと」を、次世代に繰り返すこともできるでしょう。だけど、今手の中にあるものを使って、私もあなたも、生きがたさを抱えなければならないマイナーな存在ではない、と社会に伝えて、変えていくこともできるのです。

自分をマイノリティのままにしない。「被害者」のままにしない。
マイナーのままでいなくても、もっともっと広がっていいんだと気づき合っていくことが、本当のエンパワメントなのではないか。最近、そんなことを強く感じています。

Top