第16回 生きる場所の選択

先日、六本木の森美術館に『LOVE展』を観にいってきました。

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結論から書きます。
オススメです。とくにレズビアンである女性(以下、レズビアン女性)に、ぜひみにいってほしい。

ザネレ・ムホリという、黒人のレズビアン女性の作品があります。私はその前で、長い時間、号泣しました。レズビアン女性への「コレクティブ・レイプ」(=性的指向を”矯正”するという名目でのレイプ)、彼女の国でカミングアウトするという選択、白人女性と黒人女性のパートナーシップ……。

私は視野が狭かった。浅はかだった。作品の前で自分をみつめ直し、自分と向き合いました。「日本人でレズビアン女性である私」を、考えさせられました。衝撃で動けなくなり、後半の他の作品は見られませんでした。(なので、日を改めてもう一度行こうと思っています。)

デートで気軽に楽しめる作品も、ジェンダーの視点から観ても面白い作品も、自分自身の内面を突きつけられるような作品も、色々あったので、ぜひ行ってみてください。目録にも作品が載っていましたが、やはり美術館で実物を見ていただきたいので、ぜひ足を運んでほしいと思います。

ちなみに、この森美術館の『LOVE展』、同性カップルもカップル割引が受けられるそうですよ! 私も次回はパートナーのひろこさんと一緒に行って、カップル割引が適用になるか確かめてみたいと思っています。

そして私は同じ日に、第22回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭に行き、『ウィル・ユー・スティル・ラブミー・トゥモロー』を見てきました! 映画を楽しんで、映画祭をサポートしている企業のブースやレインボーグッズのブースを見て回って、たくさんの方に声をかけていただきました。

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映画祭の会場に毎年掲げられるレインボーフラッグ

そして、考えたことがあります。私は石川県金沢市の出身です。レズビアンである私が、今、セクシュアリティをオープンにして故郷で暮らすことはできるだろうか?

金沢は街の中にふたつの川があり、街から山が見えて、お魚がとても美味しい! そして家賃も東京に比べてだいぶ安い。私の実家が建っている山は空気が綺麗で、家の前にカモシカのような動物がたたずんでいることがあり、タケノコが山ほど採れます。シーズンにはその掘り立てのタケノコをご近所の方がお裾分けにいらっしゃいます。

私は実家の山が好きです。静かで豊かで美しくて。田んぼと山で育った私には、今暮らしている東京のような都会は、緊張感が高すぎて、しんどいなぁと感じることがよくあります。東京でカミングアウトして生きることと、例えば掘り立てのタケノコをお裾分けにくるご近所さんにもカミングアウトして生活することは、残念ながら違います。今の若い人にはピンとこないかもしれませんが、今でも「村八分(むらはちぶ)」という言葉がリアルなのです。そのコミュニティにはそのコミュニティなりの掟があります。

レズビアン女性として誇りを持って生きる私には、今いる東京が生きやすい。最先端のアートや多様な価値観に触れ、仲間とつながることができます。しかし、都会のストレスに耐え、美味しい食べ物や綺麗な空気をあきらめています。もう少し緊張感の少ないゆったりした故郷で暮らしたいと思うと、今度はレズビアン女性としてPRIDEをもって暮らすことが難しくなる現実がある。

レズビアンである私が生活しやすい場所と、本来暮らしたいと思う場所に大きな隔たりがあり、引き裂かれる思いがしています。それって、どちらか選択をせまられないといけないことなのだろうか? そして、私はたまたま機会に恵まれて住む場所を選択することができましたが、選択の余地がなくその土地に留め置かれる人たちもいます。本来なら、どんなセクシュアリティの人も、自分が生きたい場所で生きられていいはずです。この現実とのギャップはなんなんだろう?

私は金沢に対して感情的になってしまう。冷静でいられないこの故郷への思いはなんなのか? レズビアンである私にとって故郷ってなんなのか?

ちょうどそんな壁にぶつかっていたときに、東京経済大学で行われた「カルチュラル・タイフーン」のシンポジウムにパネリストとして出演してきました。

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長野の山で暮らすオルタナティブ・エコロジストの方の実践をうかがって、私の中に新しいテーマが生まれました。

日本人でレズビアンである私が、黒人でレズビアンである人たちのことを考えた。
今東京で生きるレズビアンである私が、金沢市に住むレズビアンである人たちのことを考えた。
(でも、そんな視点を持つことができたことさえも、東京にいるからなのではないか、と思う私もいる。)

このような二項対立を超えていくには、どうしたらいいのか。新しいテーマが生まれたのに、私には答えはおろか、答えを探すための言葉もみつからなくて、もやもやしています。

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