ボーダーライン 第13話

異性間や男同士の恋愛より女同士のそれは精神的な繋がり重視だと言うけれど、
入口は同じだ。
ときめいて惹かれあう。
その先には“直接触れたい”“肉体関係を持ちたい”という願望がある。
性的な関係と精神的な繋がりのコントラストはカップリング次第。
セックスレスになりやすい相手だって居るように、
会えば無条件に寝たくなる相手だって居る。

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あの夜からのアタシは、ただ何もかもが悔しくてたまらなくて絵と仕事に没頭した。
あっという間に5年の歳月が過ぎた。
その間あったことと言えば、まずJは妻のいる国に帰った。
思えば彼はアタシのシェルターだった。無責任に甘いキャンディーだった。
「君を忘れたくないから」と、
彼はアタシの使っていた香水瓶を大事そうにバッグにしまって帰国した。
最後までそういう男だった。
ちなみにその香水はユニセックスな香りだから彼がつけても不自然じゃない。

ナミはなんと、男を見つけて結婚した。
“うるさい親を安心させるため”と見つけたその男は気の弱いサラリーマンなのだそうで、
彼との月一のSEXを“仕事のうち”と言いながら、ネットで出会った女と付き合っている。
ナミから定期的に送られてくるメール情報。

アタシはといえば、相変わらず淫乱だった。
イケると思えば男とも女とも寝た。
描くエナジーを枯らさないために、不感症の予防に、
時に体に張り付いたストレスを吐き出すために、失恋すればその痛手を癒すために。
SEXは手っ取り早い万能薬のように、その時々アタシに必要なものを補ってくれた。

マユさんとは音信不通だった。
あの夜の一件以来、3度連絡があったけど、すべて無視した。
本当に好き。だから怖かった。美しいものを汚すようなことが。
彼女に纏わる事柄は絶対不可侵な記憶フォルダに入れておきたかった。
彼女はアタシのミューズ。
彼女への恋愛感情を葬り去っていく過程さえ、ひとつ残らず密封しておきたかった。

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「盛大な個展になりましたね。香さん、おめでとうございます。」
声をかけて来たのは、これでもかとハイソに作られたこのビルのオーナーだった。
「ありがとうございます。」
「今日のあなたは一段とセクシーだ。」
オーナーの舐めるような視線を感じながら作り笑顔で応戦する。
「今夜お食事でもいかがですか?新進気鋭の画家誕生を祝して。
香さんが良ければ、終わる頃に迎えを来させますが。」断らせない話し方だ。
面倒なことになったな、と思ったその時、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。

「お話中にごめんなさい。香ちゃん、おめでとう!」
「マユさん…!」驚いて心臓が飛び出しそうになった。
「会いたかったわ!」マユさんは大げさにアタシに抱きついて、
「久しぶりだね!ねえ、すごいパーティーね!」と目でそれとなく合図しながら言った。
「あ、ありがとう!すっごく嬉しい!」アタシも調子を合わせる。
オーナーはその様子に見かねて、やれやれと退散していった。

通りかかったボーイの持つトレイからシャンパングラスを手に取る。
「マユさん、ありがとう。」
「あのオヤジ、いなくなったね。」小声で話しながら乾杯をした。
シャンパンを一口飲んで思わず二人して笑ったら、一斉に会場中の視線が集まってしまった。
「マユさんあっちに行こうか。」彼女の手を引いて歩く。
胸が高鳴った。大きな花束を抱えた彼女は相変わらず花より美しかったから。

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「本当に会いたかった。」
混雑した会場をすり抜けて、人けのない通路で立ち止まった。
アタシたちは目と目を合わせると、リップがはがれるのも気にせずキスをした。
「今夜、ここで待ってるわ。」ショートカットと笑顔。
「きっとよ。」

甘い唇にほだされて、アタシは彼女が差し出したメモをクラッチバッグにしまいこんだ。

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