第12回 Where pigs fly

9月4日(水)
本日は、午前中に二つのアポイントメントがあるとのことで、ちょっと早めからのスタートです。まずは、川を渡った北ケンタッキー地区のヘブロンという街へ。バンで乗り付けた場所は、レンガ作りの前面が大きなガラスで覆われた開放的な建物で、U.S. Bank Foundation Regional Services Centerと書かれている通り、昔は地域の銀行が入っていたところだそうです。一つ目の訪問先はWoman’s Crisis Center。日本ではシェルターとも言われますが、家庭内暴力Domestic Violence(DV)やレイプの被害者が駆け込み安全な場所で身を守ってもらうことができる場所。外部からは前面のガラス扉からしか建物内に入ることができず、大きなガラスのため侵入者がわかりやすい、という銀行ビルの利点を生かして、この地を選んだとのことでした。1976年に全くのボランティアたちによってレイプセンターとしてスタートした同団体は、1979年に今の名前に変更し、2000年に今の建物に移動。現在、24時間のホットライン、DVへの対抗策サポート、コミュニティ向けの教育プログラム、カウンセリングサポート、認知向上などの施策を実施するとともに、DV、レイプ、性的虐待、人身売買等の直接の被害者である最大26名の女性と子供を受け入れるために、約80名の専門家と150名のボタンティアスタッフが勤務しているそうです。また、これら全てのサービスは無料且つ非公開にて提供されています。

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元々銀行だった建物を活用したWoman’s Crisis Center。

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Hope is found here.

僕たち4人が打合せスペースに到着するなり、Marshaさん、Sherryさん、Doloresさんという優しそうな3人の女性が、「お好きに召し上がって!」と、コーヒーやジュースだけでなく、カットフルーツからドーナツまで、至れり尽くせりの笑顔でのお出迎え。シェルターの安心感はまさに彼女たちが作り上げているんだというのを、いきなり冒頭から納得することに。Marshaさんは、様々なNPO組織を渡り歩きコミュニティサポートに従事してきた方で、UB BankやFreestore Foodbankなどでファイナンス分野での専門性も積んでこられたスーパーバイザー。朝からショッキングピンクのジャケットが眩しい!Sherryさんは、州組織のディレンクターでケンタッキーの15デストリクトを横断的に担当しており、Doloresさんは16年間シェルターの管理をしてきた方です。僕たちの今回のIVLPの目的をお話すると、「このシェルターでは、殆どのスタッフは女性なのですが、そのうち3分の1がレズビアンなんですよ。マイノリティサポートという意味で、思いを持って働いているスタッフが多いです。」とSherryさんが教えてくださいました。軽くお互いの自己紹介が済んだところで、打合せをしている共有スペースにインターフォンの音が鳴り響きました。「誰かが来たら、館内のいろんなところに同時にお知らせしてくれるシステムなの。セキュリティ意識は非常に高い施設になっています。」とMarshaさん。

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スタッフの皆さんとの打合せ風景。

通常、全ての案件のうち9割以上は24時間7日間の電話ヘルプデスクへの相談からはじまり、DVやレイプ等の被害者のうち希望をする人は誰でもシェルターに入ることができ、どこの誰が入居しているかという情報は決して外部に漏らされることはありません。その後、カウンセリング担当がその入居者に必要なケアとサービスを見極め、丁寧にプログラムを組みあげることに。もし、自立できると判断された場合には、あたらしい住宅を借りる手伝いもふくめて衣食住すべての分野でのサポートを行うだけでなく、子供であれば、学校に通学できるように、母としても教育が必要な場合は斡旋を行うとのこと。Marshaさんいわく、「1970年代から始まり発展してきたDV対策ですが、瞬間的な危機への対応だけでなく、いかに長期的に支えていくかが重要です。」とのことで、連邦政府が主体となって行うIndividual Development Account Program(IDAP)についても教えてくださいました。IDAPは、その名の通り、個人の自己啓発のための積み立て貯金というもので、被害者本人が2,000ドル貯金すれば、連邦政府から4,000ドルのサポートを受けることができます。夫のもとを出て自立した生活をする際の最初の経済的ベースに使用することを想定していて、アメリカにて様々な契約を行う際に重要となるクレジットスコア(個人信用度点数)が高くなるため、もしもの時の借り入れもサポートしているかたちです。

日本にて女性と子供の人権活動をされてきた井戸さんからは、「アメリカ人の夫からDVを受けている日本人女性は少なくなく、相談にのることが多いのですが、ある女性は夫のもとを離れるためにDVを受けている事実を裁判所に対して証明せねばならず、夫によるDVの様子を録音したテープを提出したのです。そしたら、裁判所からは夫の許可を得て録音したものか?と問い詰められ、もう、泣き寝入りするしか道はなく、夫のもとから消えて日本に逃げ帰ってきました。」とのお話がありました。Sherryさんからは、「それはとても悲しいですね。でも、残念なことに、アメリカではあなたがどこの州に住んでいるかが重要になるのです。法律におけるDV の定義のハードルは高くないのですが、50州それぞれでDV認定のハードルが違うのも事実で、その差配の殆どは裁判官に握られています。私たちシェルターにてDVにおける加害者と被害者の特定と事実確認ができても、裁判所で証明されなかったということも過去にはありました。」との課題点の共有も。一人でもそのような被害者が生まれないようにと、最近は弁護士や他のNPO等との連携をより強めているそうです。

「LGBTの被害者の方々も多いのでしょうか?」と大悟さん。Sherryさんからは、現在シェルターで確認できている案件のうち90〜95%が男女カップル間、その他に男性による男性に対するDVや性暴力、レズビアンやトランスジェンダーに対するものも、という情報をもらいつつ、加害者の多くが相手に対する極度の優越感が原因となりDVに発展すること、LGBTの絡む案件では本人がセクシュアリティを明かさない限り顕在化しないこと、もしLGBTであるとわかったとしても、両者間における優位関係がわかりにくく加害者と被害者の特定が難しいこと、などのお話も頂きました。「最近は、DVについての報道等を通じて少しずつ情報が広がっていますが、LGBTを含めて被害者がきちんと特定され、十分なサポートを受けられるようにするには、社会からの理解が大切。特に、一部の都市部を除いてオハイオ州では、まだまだDVなどは、まさか自分の周りで起こっているとは、みなさん思ってないのが現状です。」と語るのは、ピンクジャケットのスーパーバイザーのMarshaさん。「私自身、27年間この仕事をしていますが、驚くことがまだまだあります。被害にあった女性の殆どが夫の元に結局戻っていったり、7回被害を受けてようやく目が覚めて自立したケースも。あとは、私の実の姉と妹がふたりしてレズビアンなの。父は厳格な海軍パイロットだったのですが、最初はもちろん仰天してたけど、少しずつ自分の考えを変革して受け入れようと変わっていったのが素晴らしかったわ。あり得ないと思っていることなんて、人生で山ほど起こるんだから、それをどうやって自分のこととして受け止めるかよね。それが次に続く当事者の勇気ある告白を生むのよね、DVの場合もLGBTの場合も。

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いたずら好きのMarshaさん。

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建物の前にて、全員で記念撮影。

続いて、シンシナティに戻り、Mount Auburn Presbyterian Churchという小さな教会にて、Crossport Cincinnatiとの打合せ。時間にちょっと遅れてしまったバンを、教会の入り口までEricaさんとTheresaさんの二人の女性が迎えにきてくださいました。二人とも、デカい。。。汗。1985年からシンシナティ地区を中心に、トランスジェンダーの人たちの相互理解とコミュニティ内教育支援、一般社会、特に配偶者や家族、近親者へのカミングアウトと関係構築についての相互支援を行っているNPOで、政治的なロビイング活動などは行っていないとのこと。会費を払っている組織の投票権を持つメンバーが50人程度、ミーティングや会合に参加する人は当事者とその周囲をあわせて150名程度で、その半数がトランスセクシュアル、残り半数がクロスドレッサー、トランスベスタイト(異装愛者)。TheresaさんはMtFトランスセクシュアル、Ericaさんは普段は男性として建築士の仕事をしつつ週末などに女装をして生活するクロスドレッサー、とのことで、二人が中心メンバーとなりながら、Crossportを運営しているそうです。トランスセクシュアルという言葉を特に性同一性障害を含む、生まれながらの身体の性に対して強い違和感や不一致感をもっている方を表現する時に使用し、クロスドレッサーもしくはトランスベスタイトの人たちを包含する言葉として、トランスジェンダーと呼んでいらっしゃいました。日本では、この二つのセクシュアルマイノリティが一緒に活動をする、ということを聞いたことがなく、とても驚きました。ちなみに、Ericaさまが普段男性として生活している時のお名前は、Ericさんとのこと。意外とシンプル!

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打合せの様子。

4人とも同じ思いを持っていたらしく、井戸さんからは「トランスセクシュアルの人と、女装家や男装家の方がいっしょにやっているのはすごいこと。きっかけは?あと、お二人は、写真撮影って大丈夫ですか?」との質問。Theresaさんは、「私は、女性として何十年も生活していて、トランスセクシュアルであること、というかトランスセクシュアルだったことを明かしていないので、写真はごめんなさい!」とのことでしたが、Ericaさんには「OK!喜んで。」と快諾をいただきました。ただ、Ericaさんにはキメ顔があるらしく、打ち合わせしている自然な風景を撮影しようとしても、カメラが向くと必ず話を止めて、ニコリ。さすがのプロ根性?な、Erica様。「私たちトランスベスタイトの人たちと、Theresaさんたちのような身体に違和感を覚えるトランスセクシュアルの人たちには共通の思いや悩み、解決しなくてはならない課題も多いんです。もちろん全く重ならないこともあります。ただ、新しいメンバーがCrossportに相談にやってくる時に、自分がいったいどちらなのかわからない、という場合が結構あって。もちろん、どちらかに決めなきゃいけないということはありません。私は11年前から女装を始めたのですが、普段は男性でいきることに違和感もなく、男性の身体に対する不一致感もありません。フルタイムの女性として生きるのではなく、あくまでもパートタイムの女性として生きる時間を持つことでバランスが良いと感じるタイプ。そんな自分が、ありのままの自分なので、周りの人にも受けいれて欲しいと思っています。なかなか恋人やパートナーには理解される方は少なく、シングルの方が多いですが。」

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カメラが向くと、必ずキメ顔のErica様。

Ericaさんに続いて、Theresaさんもご自身のこれまでの人生を語ってくださいました。「私自身は、女装したいと思ったことは一度もありませんでした。小さい頃から、何か人と違うなという感覚、自分の身体や外見への嫌悪感があり、自分らしい人生を生きていくために、取り戻すために、手術が必要だと強く思っていました。私が性転換手術をした後は、全ての記録を書き換えました。カリフォルニア州は凄くリベラルなので、出生届まで遡って私を女性として変更してくれ、変更履歴なども残っていません。これは、州によりますが。大学にも依頼し、女性の私に対しての推薦状を発行してもらいました。これまで、2つの航空会社にてフライトアテンダントとして働いた過去があるのですが、航空会社の場合は必ずあると言われるFBIチェックにも引っ掛かりませんでした。その後、大学でも教鞭をとって来ましたが、一度も明かしたことはありません。私のような生き方をすることを、レーダーに引っ掛からないようにということから、ステルスとして生きる、と呼んだりします。コミュニティの中では、ステルスへの反対意見もありますが、それも個人の選択だと思っています。どのように生まれてくるかは選べないけど、それ以降は全て自分の選択であるべき。ちなみに、現在はレズビアンの女性と、精神的な意味でパートナーとして結婚しています。違う街に二人の娘がいますが、彼女たちはShe is my dadと言います。それも彼女たちの選択なのです。」

とても丁寧にゆっくりと語るTheresaさんは、そんな自分の経験がコミュニティの役にたつのなら、とCrossport内でだけステルスから降りて過去を含めて共有するそうです。「最近、アメリカではトランスセクシュアル、トランスジェンダーに関しては、Disorder(障害)ではなくDysphoria(違和感)という表現に変わりました。手術の際に保険が適用されるかが重要なので、反対意見もありましたが、現在は診断書等があれば保険適用や税控除も可能です。同性愛に関してもアメリカ心理学協会が精神疾病としてきた過去がありますが、現在は完全に疾病というカテゴリーからは削除されています。」とのこと。Ericaさんからも、「政治的に働きかけるほど、トランスジェンダーに対する社会的な理解が進んでいません。明らかに身体も大きいし、男性っぽさも隠しきれない、そんな私自身が表に出ていくことで、こんな生き方もあるんだということを地道に伝えられたらと思っています。若い世代は意外とすんなり受け入れてくれますしね。女性の自分しか知らない方には、男性の姿で帰宅するところを見られて、不審者が侵入していると勘違いされたこともありますけど。笑。」

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教会の前で、Erica様と。

ランチは、シンシナティ名物という「Skyline Chili」というお店に。オフィス街の人たち、観光客がひっきりなしに出入りしていて、ものすごい回転率の様子。どんなに美味しいものなんだろう、と店内に入り、定番メニューを注文して出てきたのは、細めのスパゲティの上に肉少なめのミートソース、その上にたまねぎ、その上に大量のチェダーチーズ。自分のお好みでチリソースを上からぶっかけるというもの。。。アメリカ的にいう吉野家のような存在なのだろうか。。。決して、この回転率はリピーターではなく、好奇心の客により半分以上が支えられているような気が。。。

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チリソースがはねても大丈夫なように@Skyline Chili

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全部のせ。カロリー数不明。

若干、胃もたれを覚えながら、午後は自由行動。シンシナティにも、LGBT Centerがあるという情報を仕入れ向かってみたものの、平日は18時からのオープンとのことで、中を見ることはできず。続いて、昨日のリベンジとして、再び小野ちゃんの「多分、このあたりにあるはず」という記憶を頼りに街を歩き回り、レインボーフラッグがかかっていたお店を発見。やはり人通りの少ない街のちょっとはずれにあり、入りづらい雰囲気。中に入ると、店構えからはわかりませんでしたが、鰻の寝床のように奥に長細い造りで、手前がレインボーグッズのショップ、奥がポルノショップとなっていました。レインボーフリークの小野ちゃんと二人で、あれこれレインボーショッピングを楽しみました。10月末に台湾で開催されるパレードに、Tokyo Rainbow Weekとしてフロートを出すことが決まったので、そのデコレーション用にレインボーフラッグを何枚かと、レインボーのケツ割れをお土産ネタに。自分では穿きませんよ!

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LGBTセンターが入った建物。

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壁にはかわいいペインティングを発見。

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覗き見する3人。

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街のはずれにあるレインボーショップ。

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TENGAのノボリも!世界に進出してますね。

シンシナティ最後の夕食は、絶対に間違いがあってはならぬ、という井戸さんの強い思いを受け、ホテルのコンシェルジュに過去二日間の経験を丁寧に伝えてリコメンドをもらい、「Local 127」という地元の食材を活かした創作アメリカンのレストランへ。三度目の正直とは、まさに!大成功でした。どの料理もすべて美味しかったのですが、絶品だったのは、豚肉のオーブン焼きベーコンのせ。大悟さんいわく、シンシナティはその昔、全米で養豚の街として有名だったとのこと。そもそも、海のない街でシーフードを二日連続で食べていた僕たちが間違っていたのか。。。汗。帰りに、お土産屋さんで、井戸さんがシンシナティのマスコットキャラクターの豚のぬいぐるみを購入。胸には「Where pigs fly」の文字が。もともとは「When pigs fly」ということわざから転じたシンシナティ州のキャッチフレーズとのこと。その真意は誰もわからず、「まさか、そんなこと、ありえない!」と訳すこともあれば、「奇跡が、起こるかもよ!」と訳すこともあるようです。夜のパトロールにて訪問したゲイバーも街の外れにあったり、窓がない閉じた店構えをしていたり、保守の街シンシナティでは、まだまだLGBTは表に出て来られない存在というのが現実のようでした。LGBTにとってシンシナティは、どちらの意味で「Where pigs fly」な街なのでしょうか?

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豚、柔らかくて、香り豊かで、最高でした!

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Where pigs flyのブタちゃん。

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ゲイバー「Shooters」に貼ってあったチラシ。みんなシンシナティ・レッズのファンのようです。

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