ボーダーライン 最終回

女と女が結び付いて、別れる。
入口こそ違えど、別れの理由は何もセクシャリティコンプレックスばかりではない。
些細なすれ違いや、性格の不一致、様々なタイミングの問題。
ごく自然なカップルの流れがそこにはある。

こころから感謝できる出会いもある。
出会わなければ良かったと想う出会いもある。
それでも誰かを求めて、アタシたちは生きていく。

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突然のミューズの再来にアタシは浮き足立った。
その実、会場に戻り招待客に挨拶をして回る間ずっと夢心地だった。
彼女の変わらず美しい後姿を、シャンパングラスを持った可憐な指先を、
甘やかな唇の感触を、つぶさに思い出しては、ひそかに感慨にふけった。

大勢の人たちでにぎわったパーティは盛況のうちに終了した。
これまで見向きもされなかった作品まで売約済みになり、
注目されればかくも世界は変わるものだ、と内心鼻白んだ。

立ちっぱなしで張った脚を引きづりながら後片付けをする間も、
気持ちはすでに彼女と過ごすその後の時間のことでいっぱいだった。
髪を整えて、メイクを直す。
クラッチバッグからメモを取り出す。
走り書きで“コンラッド東京 3704”と書かれている。
彼女の新しい隠れ家かな…。
太客のひとりからもらったお祝いのロマネコンティを持った。

外苑西通りからタクシーに乗り込む。
時計を見ると22時半。
代わり映えしない街の様子を眺めながら、あの夜を思い出していた。
缶ビールを開けて喉に流し込む。
傍らのロマネコンティにそぐわないアタシは、今どんな顔をしているんだろう。
この5年という時間の中でアタシも彼女もきっと変わった。外見も中身も同じじゃない。
あるのはあの日ちぎれた恋心。
今夜は彼女と過ごさなくていけない。

部屋のチャイムを鳴らす。
ほどなくしてドアが開き、ロングのナイトドレス姿の彼女がにっこり微笑んだ。
「来てくれたのね」綺麗な鎖骨としなやかな腕のライン。
「マユさん、素敵…。」部屋の中に足を踏み入れる。
大胆に開けられた胸元の切れ込みから漂う挑発的な色香。
彼女は腕を回し、アタシの耳元に顔を近づけた。
「うん。このにおい。香ちゃんのにおい。」
耳元に滑り込んでくる吐息が性的なスイッチを刺激する。
「アタシ、一日中汗をかいてるの…シャワーを浴びたい…でも…したい。」
彼女の唇を捕えた。そして窒息しそうなキスをした。

封印されていた扉が開いたように、あの感覚が敏感になった。
部屋のドアを後ろ手に閉めて、持っていたバッグを床に落とした。
「ずっとこうしたかった…。」
そう言うのがやっとなほど、アタシは欲情していた。

キスしながらお互いの服を脱がす。彼女の肌、甘い髪の香り。
痛点にも似た快楽を貪る。
それはまさに待ち望んだ悦びだった。
何度も押し寄せる絶頂感。このまま朝が来なければいい。
彼女の体中に私のしるしを残して灰になろう。

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気付けば抱き合ったまま眠っていた。空が白んでいる。
彼女を起こさないように部屋を出た。

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一晩中貪った快楽がもう私の人生に関わることはない。
あんなに求めた彼女は再び現れた彼女ではないからだ。
体にこびりついた彼女の痕跡はむしろ私を冷静にさせる。

二度と会うことはない彼女をデッサンの中に閉じ込めた。
鉛筆を置いてワインを飲む。

夜が近づいている。
もうすぐ可愛いあの子が帰って来る。

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了。

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