第18回 だけど今は 貴方への愛こそが アタシのプライド

実はね、アタシぃ…、

ゲイなのーッ!
ついでに、女装までしてるのーッ!
なのに最近はタチってばっかりよー!

とまあ、LGBTのカミングアウト=告白なんて、文字で書くのは簡単です。
問題なのは、「いつ」「誰に」「何のために」するかってことよね。
(たとえば上記3行目のタチ告白の「何のために」は、基本ネタっぽく書いてるけど、あわよくば頭のおかしいMウケ読者さんがアタシに言い寄ってこないかしら……、ということになります。←解説いらんわ)

前々回の記事で、『週刊ダイヤモンド』『週刊東洋経済』という日本を代表する経済誌がこぞって、LGBTの現状と潜在マーケットをとりあげたのをきっかけに、この連載でもカミングアウトについて考えるシリーズを書こうかしらと決めました。

でもね、カミングアウトって、LGBT当事者の中で語るのは割と禁断のネタ。なぜかと言うと人によって事情が違いすぎるし、不快感を覚えられたりもするから。

昔から、ゲイバーのママは言ったもの。
「(ダミ声)いいこと? ミセでは、政治と宗教の話題はタブーよ~」
信条に関わる話題というのは、言い争いなど面倒なことにハッテンしがちなんですよね。

そういや、アタシがまだ20歳そこそこの頃、たまに行っていたバーでオジ様と言い合いになったことがありました。
今じゃBBAまっしぐらなアタシですが、当時のゲイとしてはまさにバーに出たてのニュータイプ。
だまってニコニコ飲んでいれば、年上のお客さまが少々ブスでもお酒をおごってくれた時代に、大学ゲイサークルなどもかじっていたアタシは、雑談の中で「いつか自分はお母さんにそう(ゲイ)だって言えたらいいんですけどね」くらいのセリフを吐いちゃったんですよね。

そしたら、隣に座ってた当時50歳くらいのオジ様客に、完全否定されましたよ。「ゲイだということは絶対に親に言ってはいけないこと。墓場まで持っていくべきことだ」みたいに説教されました。

まだ、お尻の穴に何かを入れることも、年上のキツいオカマに歯向かうことも、不慣れな年頃でしたが、必死に「み、みんながそういうわけじゃないと思います」と反論を始めて、しまいにゃ泣いてしまったのを覚えています。

これが涙。泣いているのは私?
あれがアタシのゲイバー初の涙……。

「水割りをください。涙の数ぅだっけぇ」と言いながら流す失恋の涙に憧れてたはずなのに、まさかのリブ涙。しょっぱいわー。(というか失恋含め、ゲイバーで流す涙自体が総じてしょっぱい)

とは言え、そんな悔しい思いまでして「カミングアウトをする道もあるはず」と語っておきながら、当のアタシが岐阜のママに伝えたのは、それから15年後のことになるんですから、いかにアタシが口先だけの人間か、そしてカミングアウトが重い作業だったかってことかと。

長いこと、日本でも有数の「あんたがカミングアウトしてなくて誰がする」職種で生きてきたアタシがなかなかできなかったくらいですから、
地方のお堅い家庭・職場環境で生活されてるLGBTさんを想像すると、そら言えなくて当然よね。
なので、今クローゼット状態の方に、「いつかは絶対に言うべき」なんて言うつもりもありません。それだと、20年前のオジ様の真逆になるだけだもん。

ただ、そもそも、なんでアタシは
「ゲイだ」って言えなかったんでしょう。

親に孫の顔が見られないって泣かれるから?
上司にそんなヤツは昇進させられないって思われるから?
親友が理解できないって離れていきそうだから?
街いく人に変態だって指さされるから?

少なくとも、今ほぼ全開垂れ流し状態になったアタシ自身が思うのは、
最大の原因は、勝手に予想した親や上司や親友や街の人々の良くない反応じゃなく、

「自分がゲイであることを恥じていたから」

だということです。

正直、今もまだまだ恥ずかしいわ。
とくに朝帰りの女装ママ姿を、中野区の住宅街でゴミ捨て中のおじいちゃんに見られたりすると恥ずかしい……。←また別の問題

高校3年生、ゲイ雑誌『アドン』の通信欄で知り合ったお兄さんと、岐阜の繁華街・柳ヶ瀬(美川先生!)の喫茶店で会った時の恥ずかしさもよく覚えています。

生まれて初めて、自分以外のゲイと会った瞬間。
(本当は、クラスじゅうからオカマ呼ばわりされてた聖子大好きな小学校の同級生とかもゲイだったとは思うけど。)

あんなにほかの仲間と会いたかったはずなのに、同時にアタシは
「この人と会っていたら、ボクがそうだということがバレてしまう!」
なんて心底ドキドキしていたのを覚えています。
まるで気分は逃亡中の福田和子。店内にマッポが張ってんじゃねーかくらいの罪悪感。マラカス持って、危ない危ない。

今思えば、喫茶店で話してる男同士なんていちいち注目されないだろうし、たとえ見られても、親戚のお兄さんとしゃべってるくらいにしか思われないだろうに。
こっちが勝手に罪深い気持ちになってしまってるせいで、喫茶店で会話しただけの紳士的対応をしてくれたお兄さんから、逃げるような早足で離れて帰ったアタシ。ほとんど「やめてくださいッ!」なセクハラ被害者ばり。自意識過剰のブスっ娘にもほどがあったわね。読んでないと思うし顔も覚えてないけど、あの時のお兄さん、ごめんなさいね。

まさしく、アタシ自身が誰よりも、
自分がゲイであることを認めてあげていなかった。
プライドを持てていなかったんですよね。

そっか。だから世界じゅうのLGBTパレードの多くが
「プライドパレード」
って名づけられていたんだわ!

(めんどくさいオカマの独白、続く)

Top