【レインボー☆ツアー参加者募集中!】ドイツ・ベルリンのLGBT近代史

 

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今年6月19日(木)〜24日(火)、ベルリン・プライドフェスティバルを主催している非営利団体ベルリンCSDと提携したレインボーツアーの参加者を現在募集しています。記念すべき第1回レインボーツアーの行先は、ヨーロッパのクィア首都で知られるドイツ・ベルリン。1979年から開催されている参加者80万人越えのベルリン・プライドフェスティバルにも参加できる、セクシュアル・マイノリティ向けのツアーになっています。

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ツアー2日目には、同性愛者の欧州首都としてのベルリンの軌跡を、日本人LGBTガイドと一緒に巡ります。今回、ベルリン市観光局よりベルリンLGBT近代史史料を提供頂きましたのでぜひご覧下さい。

 

 

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ドイツ・ベルリンは、世界で最もLGBTにフレンドリーな都市の一つです。しかし同性愛者の欧州首都と呼ばれる現在の姿に至るまで様々な経緯がありました。

ベルリンのLGBTカルチャーが花開いたのは1920年代。第一次世界大戦で敗北したドイツは不況であったのにも関わらず、シェーネベルクとクロイツベルクという地区でLGBTカルチャーが発展。LGBT関係のショップは当時100店舗以上で、世界で一番LGBTのバー、クラブ、キャバレーなどがある都市として知られていました。LGBTを取り上げた雑誌も既に存在していたそうです。

またベルリンは、ヨーロッパで最初にセクシュアルマイノリティの人権運動が展開された都市として知られています。第二次世界大戦後も続いた男性同性愛者の市民権剥奪や投獄という罰した事で悪名高い「Section 175」に反発して立ち上がったのが始まりでした。1897年にはマグヌス・ヒルシュフェルトが史上初のセクシュアルマイノリティ人権機関を設立。1919年には世界的に有名となった性科学研究所を開設しました。しかしヒトラー政権が始まった’33年に強制閉鎖され、研究資料は「ナチス・ドイツの焚書」で処分されてしまいました。ユダヤ人と同じ様に同性愛者であることが発覚した者は捉えられ、収容所送りになりました。ナチスの突撃隊リーダーで同性愛者であることを公表していたエルンスト・レームは優秀な人材であったために黙認されていたのですが、結局は彼も’34年に処刑されました。

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第二次世界大戦終了後、ベルリンのセクシュアルマイノリティはしばらく影をひそめていました。ニューヨークでストーンウォール事件が起き、1971年に西ベルリンのホモセクシュアル・アクションが設立され、ベルリンのLGBTカルチャーが再び活気を取り戻します。’79年には最初のクリストファー・ストリート・デイ(セクシュアルマイノリティーであることを祝う日で、ニューヨークのクリストファーストリートにちなんで命名)が開催。’84年にベルリンで現在最も有名なLGBT雑誌「ジーゲスゾイレ(siegessäule)」が創刊され、’85年にはベルリン・レズビアン・ウィークが開催。’93年にはヨーロッパ最大のLGBTシティフェスティバルが始まりました。

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2001年には同性愛者であることをカミングアウトしている、クラウス・ヴォーヴェライト氏がベルリン市長に選ばれます。毎年6月に開催されているベルリン・プライドフェスティバルも2013年には参加者だけで80万人を超える大規模なイベントへと成長を遂げました。

▶関連記事:レインボー☆ツアー「ベルリン・プライド」6日間
http://www.2chopo.com/topics/4356/

 

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レインボー☆ツアー「ベルリン・プライド」6日間
※内容は変更になる可能性があります。

旅行代金:289,000円(燃油サーチャージ別)
アップグレード追加料金
5ツ星ホテルアップグレード:+51,000円
1人部屋追加料金(スタンダード)+35,000円
1人部屋追加料金(5ツ星ホテル)+80,000円

ツアーお申し込み期限:2014年4月11日(金)

レインボーツアー予約センター:03-3586-7392
http://www.german-ex.com
観光庁長官登録旅行業1616号
社団法人日本旅行業協会正会員

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