第2回 子供を取るか、女装を取るか!? 映画『チョコレートドーナツ』と『トーチソング・トリロジー』

あっという間に一週間。はやくも2回目にして週刊連載の怖ろしさを知り、腰が引けてきているマーガレットです(笑)。

先週末は、木曜日は某ハプニングバーにお呼ばれ、金曜日は新宿2丁目・ALAMAS cafeで胡蝶蘭と一緒に「DEPARTMENT-H 2099」の恒例春のオカマ祭と、相変わらずの女装漬けの週末を過ごし……気がつけば「2CHOPO」の〆切り! 嗚呼!

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「DEPARTMENT-H 2099」は、20年以上も続く老舗のヘンタイイベント。毎年4月は、すべてのショウがホモものになる“春のオカマ祭”を開催。

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12人のドラァグクイーンが、12星座の衣装を身につけて登場した「デパートメント・ゾディアック・ショウ」のワンシーン。PHOTO:kazuho

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天空の乙女達。左から、牡羊座メデューサ、牡牛座L子、双子座エンジェル・ジャスコ、蟹座円奴、獅子座マーガレット、乙女座ららみぃ、天秤座レイチェル、蠍座おりぃぶぅ、射手座ダイアナ、山羊座エルナ、天秤座オナン、魚座ゴッホ今泉。PHOTO:Shimotori takahiro&Tuboi maiko


さて、今週の『今週のホモ本』は、映画『チョコレートドーナツ』です! って、映画じゃん。本じゃないじゃん、というツッコミはおいておいて……。

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主役の女装芸人ルディ役のアラン・カミング。© 2012 FAMLEEFILM, LLC

この映画、女装芸人と隠れホモのカップルが子育てをするって話。1970年代、アメリカで実際にあった出来事をもとに映画化。主役の女装芸人ルディ役アラン・カミングはじめ、隠れホモ役のギャレット・ディラハントもさすがの演技で作品にリアリティを与えている。

……と、ここまで書いてきて、映画好きの読者ならもうピンときているはず。『トーチソング・トリロジー』にそっくりじゃん!

映画『トーチソング・トリロジー』は、もともとは作者ハーヴェイ・ファイアステインがブロードウェイ(オフブロードウェイ)で発表した3本の小品の芝居をまとめ上げたもので、1981年に初演。トニー賞を受賞。1988年に映画化されている。

この作品の中に、女装芸人アーノルドが恋人と養子を育てようとするエピソードが出てくる。しかし、恋人はホモフォビックな犯人により殺されてしまうのだった。後年、元カレの隠れホモと一緒に暮らすようになったアーノルドのもとに、養子となる少年がやってくる。そこに、息子に“普通”に生きて欲しいと考えているアーノルドの母親が訪ねてきて、すったもんだの大騒ぎ……。

その原作である戯曲が、これ。

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ハーヴィ・ファイアスティーン作/青井陽治訳『トーチソング・トリロジー』(劇書房/1987年発行)

この本は、1986年に『トーチソング・トリロジー』日本初演にあわせて発行されたのだが、そもそも『トーチソング〜』の初演ってのが画期的で、会場は東京渋谷・PARCO劇場。なんと「ホモセクシュアル・プレイ3部作」と銘打ち、『真夜中のパーティ』、『ベント』とともに立て続けに上演されたのである! ホモ芝居が3本よ、3本!! しかも、どれも大入り満員で、すぐに再演決定という盛り上がり。もちろん、他の2作の原作戯曲も同時期に重版されている。

時代は、まさに1990年代にはじまる“ゲイ・ブーム”前夜のことでありました。バブル期の花形企業であった西武グループが手がけたことで、ゲイは金になる!というイメージが後の“ゲイ・ブーム”を牽引したのは想像に難くないのだけれど……。

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画像左:マーティン・シャーマン作/青井陽治訳『ベント』(劇書房/1981年発行)
画像右:マート・クローリィ作/青井陽治訳『真夜中のパーティ』(劇書房/1983年発行)
『真夜中〜』より『ベント』の方が翻訳出版されたのが早かったというのが、意外といえば意外。ここら辺の事情も面白そうで、調べてみる価値はあるな。うん。

話を『チョコレートドーナツ』に戻すと、なんといってもこの映画の見所は、ゲイが養子を取り子育てすることの是非を問う裁判のシーンだ。はじめは同性愛(者)であることを論点に攻めてくる検察側が、次第に主人公が女装芸人であることを標的にし始める。つまり、「ホモはまぁしょうがないとして、女装はマズイだろ!?」というわけだ。子育てと女装を並べりゃ、そりゃ、普通、子育ての方が重要で、大切で、優先すべきことであるように思うだろう。しかし、そここそが落とし穴なのだ!

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隠れホモの弁護士役ギャレット・ディラハント(左)と。©2012 FAMLEEFILM, LLC

同性愛はこれまで、“普通”ではないことを理由に断罪されてきた。おかげで、同性愛者自身も“普通”であることへの複雑な思いを抱くようになった。たとえば、テレビなどのメディアに登場する同性愛者、特に女装をしていたり極端なアティテュードの同性愛者に対して、「あんな奴らがいるから“普通”の同性愛者が誤解されるのだ」という言いぐさだ。

もし同性愛(者)が闘わなくてはいけないとするなら、相手は異性愛(者)なのではない。敵は、“普通”であることが正しいと盲信し、“普通”を拠り所にして生きようとする、その生き方なのよ。皮肉なもので、同性愛(者)のコミュニティにも、この“普通”の落とし穴がボコボコ空いていたりする。女装はもちろん、SMなどの極端なセックスのスタイルやフェティッシュ、ポリアモリーなんかが、“普通”じゃない同性愛(者)として排除されてしまいやすい。たとえば、同性婚が実現し、誰もが同性相手に結婚できるようになったら、その内、きっとこう言われるようになるんだわ。「普通は結婚するっしょ。あの歳で結婚してないなんて、マーガレットっておかしいんじゃないの……」とかね。あ〜、やだやだ(笑)。

さて、子供を取るか、女装を取るかの選択を迫られたルディははたして……。この映画は、こうした“普通”への問題提起も仰々しく大袈裟ではなく描かれていて、細やかな演出で見せているところが好印象(ヒントは、ルディの化粧!)。アラン・カミングを筆頭に芸達者な俳優陣の丁々発止のやりとりの法廷劇としても見応えがある。ぜひとも、GWに劇場に足を運んでみて!!

でもって、この映画のもととなった裁判が行われたのが1970年代。ハーヴェイ・ファイアステインがこの事件にヒントを得て、『トーチソング〜』でゲイの養子問題を取り上げたと考えても不思議ではない。映画『チョコレートドーナツ』を観たら、戯曲『トーチソング・トリロジー』を読んでみることもおすすめします。

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4/19(土)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー!

……あら、意外と“普通”に真面目に書いちゃった。ダメね。次回は、普通じゃない、ヘンテコなホモ本をご紹介するので、乞うご期待!

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