第3回 殺人犯で死刑囚ホモの凄絶な人生『泥棒日記』

東京は桜も過ぎ、いよいよ春本番!といった陽気。春は、いろいろなものが動き始める季節である。十年一日の女装商売にもわずかばかりの変化があった。新しいイベントがはじまったのだ。その名は「CHAOS(カオス)Tokyo」。場所は銀座「砂漠の薔薇」で、毎週土曜日の帯。アタシは、毎回、フロアの華として5名のドラァグクイーンをキャスティングする役目だ。オカマのホステス、フェティッシュ・ピープル、突然始まるSMショウ……その名の通りカオスな夜遊びを楽しんでもらえるイベントである。

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CHAOS Tokyo の詳細は、デニス・クーパー『ジャーク』が思い出される。これは、実際にあった33人もを殺害したホモ・シリアルキラーのディーン・コルルを題材にした作品だ。コルルの助手であった少年ディヴィッドが、事件の顛末を人形劇にして披露するといった内容だ。その人形劇の幕間にふたつのノンフィクションが挿入され、物語は入れ子式に複雑な3重構造となっている。これは、1993年に初版発行。日本でも1995年に翻訳出版されている。

メタフィクション文学が注目を集めるようになったのは1980年代に入ってからだと言われているが、『泥棒日記』はその遙か以前に書かれているのだ。それこそ希書と呼ぶにふさわしいことではないだろうか。

 

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第一章 糞(ウンコ)の倫理
これが、僕達の愛唱歌である。題して、バタンコ(注/首吊り処刑台)の歌。
いまさらに おいらは
しゃばでは 生きられない
死刑台まで
ポプラ並木は七百米
瞼の父や母の顔よ
ああ五臓六腑の すすり泣きも
すぐ掻き消えて バタン・キュー
ぐいとしめ上げられた ロープの間に
青鼻たらして ぶら下がるのも
もう僅か

『泥棒日記』の主人公の路村三郎って、やたら糞(ウンコ)にも執着するのよ。なにしろ、書き出しが「第一章 糞(ウンコ)の倫理」だもんね。ホモで、殺人犯で死刑囚、おまけにスカトロで、死姦までする。ひどいホモだねぇ。ダメなホモだねぇ(笑)

アタシは、でも、こういう本が大好きなのだ。アタシの蔵書の多くは、こんなどうしようもないホモについての本だ。これまでにゲイ関連のアーカイブや蔵書リストなどを目にする機会が何度かあったが、そこに並べられていたのは、所謂、“真面目”で、“正しい”、“立派な”、“(学術的に)価値のある”本ばかりであることが多かった。それがアタシにはどうにもつまらなく、片寄っているという印象を受けたのである。

長きにわたったゲイの社会運動もようやく結実の時期を迎えつつある(もちろん、解決されていない問題はまだまだあるが)。時代はゲイにとって追い風が吹いている。ゲイを理解しようという風潮さえあるようだ。時分の花が咲きかけているのかもしれない。

そうした中で、当事者としては、当然、「ええかっこしい」もしたくなるのが人情というもの。「ゲイはこんなにも“普通”なんです」とか「ゲイは当たり前の人間なんです」といった具合だ。でも、それがあまりに強くなりすぎると、あらたな抑圧や排除を生んでしまう。当たり前だが、ヘンテコなホモや、異常なホモ、悪いホモだっている。そうした負の部分をも含めてホモなのだ。1万冊超の蔵書を眺めながら、つくづく、そう思うのである。正しい(と思われている)ことも、間違っている(と思われている)ことも、それが事実かどうかはさておき、書かれたということにおいては真実だ。そんなわけで、アタシは、そんなヘンテコで、異常なホモ本を集め続けているのである。

 

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詳細は、もうすんもPARTY OJISANとして参加してるよ。来てね。

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