第7回 仏のマーガレット怒る!『日本における 男色の研究』から巡る、同性愛の呼称問題。

アタシはとてもとても温厚な性格で、慈愛に満ち、まわりからは「仏のマーガレット」と呼ばれ皆から敬愛されている……というのは、真っ赤なウソ。本当は、偏屈で、怒りっぽくて、ひとたび激情に火がつくともう誰も手がつけられないと、女装界では“面倒キャラ”として有名である(笑)。とはいえ、歳を取ると、人間、まるくなるものだ。ある時、ミッツから「最近、マーさん、まるくなって気持ち悪っ!」と言われたことがある。それはね、まるくなったんじゃなくって、怒れなくなっただけなのよ。

「怒り」は、ものすごくエネルギーがいる。体力がいる。悲しいかな、歳とともに体力がなくなり、怒るだけのエネルギーが出なくなってくるのだ。腹が立つことがあっても、「ま、いっか」と考えてしまうようになる。はた目にはそれが、まるくなった様に見えるのかもしれないが、実は、どうでも良くなっただけなのだ。だから、正しくは「仏の」ではなく「ホトケ(死体)に近づいた」マーガレットというわけだ(笑)。

オカマ問題についても、そうだ。昔は、「オカマ!」とでも言われようものなら、そいつの首根っこ押さえて蕩々と説教してやったものだが、今じゃ、もう、なんと呼ばれたって痛くも痒くもない。自分でもこうして書いていて、ホモ、ゲイ、オカマ、同性愛(者)……と統一さえしていない。曲がりなりにも文章でお金を頂戴している以上、それじゃあ、失格である。しかし、この連載に関しては、筆の向くまま気の向くまま、たとえば前後の言葉の字面だったり、語呂の良さだったり……で使い分けている。ま、いわば「お筆先」とか「自動書記」みたいなもんだ(笑)。その表現を使った気持ちが、薄ぼんやりとでも伝わればいいかな……と思っているのだ。

そもそもアタシは「言葉狩り」など無意味だと考えているので、誰が何を言おうが構わない。ただし、言葉を使う以上、それは「会話」「対話」のために使われて欲しいと思う。相手の言葉や、ときには相手の存在さえも封じ込めてしまうような言葉の使い方は勘弁して欲しい。その極地は「死ね!」というヤツだ。この一言を発したら最後、会話も対話も終わってしまうではないか。だから、僕は(最近流行の)ヘイトスピーチというやつが嫌いで嫌いでしょうがない。

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友人の写真家どっきん実験室」を経由して、このイベントのオープニングパーティの司会を依頼されていた。もともと映画祭には20年近く毎年協力してきていたし、友人からの頼みとあって、一も二もなく引き受けた。ところが、式次第やMC用の台本などが知らされることはなく、ようやくこのイベントの制作を受け持った広告代理店と映画祭スタッフが同席する打ち合わせが行われたのは、開催のわずか4日前であった。そして、その時にこの「LGBTS」のことをはじめて知らされたのである。担当者曰く、「ストレート(異性愛者)もLGBTもみんな仲良し!」というメッセージだそうだ。それを聞いて、僕は絶句した。

「LGBT」という言葉は、「S(異性愛者)」がその存在を無視し続けてきたために、セクシャルマイノリティが自らを名乗るための言葉として生み出した呼称だ。そして、「LGBT」が名乗りを挙げたことにより、異性愛者は自分たちが「S(異性愛者)」であることに気づいたのではなかったのか。「LGBT」と「S」とは、もともと取り合わせが悪いのだ(笑)。なぜなら、仲が良ければ、そもそもこんな呼称など生まれるはずも、存在する必要もないのだから。といっても、いつまでも過去の因縁にとらわれていては、先に進めないのは良く分かる。しかし、いくらなんでも厚かまし過ぎはしないか。LGBTマーケットが金になりそうだからと近づいてきて、いきなり「LGBTS」でみんな仲良し!って、言われてもねぇ……(苦笑)。

それに、「LGBTS」という言葉は次の様な問題もはらむ。このイベントが開催された2年前では、セクシャル・マイノリティ当事者の間でも、この呼称についてさまざまな論議が続いていた。さらにTransexualを加えてLGBTTにしよう、とか。いや、Intersexを加えてLGBTIにすべき、とか。Asexualを加えてLGBTAだ、とか。いやいや、この際、Queerを足してLGBTQでいいじゃん、とか……。いまだ決着はついていない。そんな状況において、他の「T」や「I」「A」「Q」を差し置いて、「S(異性愛)」は無いだろ。厚かましすぎるだろ(笑)。映画祭に来た「T」や「I」「A」「Q」の人達は、「LGBTS」のパネルを見て、またも自分たちの存在が無視されたと思うのではないか? 「LGBTS」を打ち出したいのなら、そこら辺のことにも配慮をすべきじゃないのか? 「S(異性愛)」のおかげで存在が無視され、なかなか声を上げられなかったセクシュアル・マイノリティの“表現”を積極的に紹介していこうという映画祭においては、特にだ。

打ち合わせの席で僕が斯様な発言をすると、途端に会議が沈黙した。あれれ……。僕だって仕事だと割り切れば、何だって言う。嘘八百だってつく。でも、魂を売るほどのギャラが出るはずもなく、だったら、自分が納得できないことを人前で口にしたくない。それでも僕に「LGBTSでみんな仲良し!」のアピールをさせるつもりなら、僕は司会を降りるとまで告げたのだ。我ながら大人げないとは思うが、ま、“面倒キャラ”なもんで、仕方ない(笑)。

たとえ金に目がくらんだとしても、映画祭は「LGBTS」という言葉の問題に気がつかなかったのか? それで良しと判断したのか? 十分に論議したのか? 映画祭スタッフにそう問いかけたが、返事がない。それが一番、情けなく悲しかった。「いやぁ、金のためッスよ」でもいい。「なに今さらなこと言ってんですか」でもいい。僕は、この言葉をきっかけに、映画祭と「会話」「対話」がしたかったのだ。それなのに、彼らは黙り込んだままであった。いくら一流企業がたくさんのお金を出してくれて、大きくて立派な映画祭が出来たところで、それじゃあ、「仏作って魂入れず」なのではないだろうか。

結局、間に入っていた友人の顔を潰すわけにもいかず、司会は引き受けることにした。で、当日、僕は次の様に補足してアナウンスした。「パネルに書かれたLGBTとSの間には、もっとさまざまなセクシュアル・マイノリティが存在しています。なので、本当なら、SはStraightのSではなく、ひとりひとりが特別な存在であるという意味でSpecialのSであるべきです」と。僕の心配は杞憂に終わったのか、オープニングパーティは大盛況であった。ところが、翌年、それまで毎年のようにお声がかかっていた映画祭から、まったくお呼びがかからなかった。この件が問題になったのか? きっとそうに違いない。じゃなければ、僕の賞味期限が過ぎたってことなのか? いずれにしても、干されたという事実を受け入れることは辛いことであった。アタシは、ホトケに近づいてはいても、まだ死んではいない。……だから、仕事くれぇ〜! 魂売るぐらいの高いギャラの仕事くれぇ〜!!(笑)

 

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the RING 2014年5月31日(土)、西麻布「FREQ.」にて開催。詳細は、
https://www.facebook.com/TheRingTokyoで。

さて、いつも魂売るぐらい高いギャラをくれるありがたいイベント「the RING」の宣伝です。←ウソ。いつも安い賃金でこき使われてます。次回開催は、5月31日(土)。GOGO BOYのZENちゃんもあまりの安いギャラに怒って、ヒンドゥーの破壊神に変身です(笑)。みんな、お布施を持って遊びに来てね!!

※一部、編集部によりリライトしてあります。

ーAmazonで購入ー

日本における男色の研究 平塚 良宣

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