第49回 「性同一性障害→性別違和」、なんでなの? どう思う?

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まきむらよ。

毎週月曜、こちらの連載「まきむぅの虹色ニュースサテライト」をお送りしております。

今回のテーマは、

「性同一性障害→性別違和」、なんでなの? どう思う?

です。

★ 「性同一性障害→性別違和」、なにがあったの?
ツイッターやニュースなどで、「『性同一性障害』が『性別違和』に変更になるんだって!」という話をお聞きになった方も多いことと思います。

これは、「今度から『性同一性障害』って言っちゃいけませんよ! みなさん『性別違和』と呼ぶことにしましょうね!!」みたいなお話ではありません。

「なんかアメリカ精神医学会が『性同一性障害(GID)』を『ジェンダー・ディスフォリア(GD)』っていう名前にしましょうって言ってるから、日本精神神経学会としてはそのジェンダー・ディスフォリアってやつを日本語で『性別違和』と翻訳することにします」ということなのね。

要は「『性同一性障害』という日本語が廃止され、『性別違和』に変更された」ということではなくて、「『ジェンダー・ディスフォリア』という英語を日本語に訳する際には『性別違和』と統一するようにした」という話です。いまのところは。

しかしそれでも、この訳語が、
・「性同一性障害特例法」というような法律の名前
・「性同一性障害者/性同一性障害患者」というような個人を指す時のイメージ
・「性同一性障害」の診断書を持つ当事者の意識
などといったことに影響を及ぼしていくことは十分考えられます。

ということで、続いては、

★ どういう狙いがあって「性別違和」と言うことにしたの?
★ 「性別違和」って言い方、みんなはどう思ってる?

以上の流れでお届けします。

★ どういう狙いがあって「性別違和」と言うことにしたの?

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DSM-5の公式サイトを参照し、「どういう狙いがあって『ジェンダー・ディスフォリア(性別違和)』という名前ができたのか」ということをみてみましょう。

DSM-5(第5版 精神疾患の分類と診断の手引き)においては、「生まれた時の性が本人の自認する性に反している人々」のことを「ジェンダー・ディスフォリア(性別違和)」と診断することとします。
In the upcoming fifth edition of the Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM-5), people whose gender at birth is contrary to the one they identify with will be diagnosed with gender dysphoria.

DSMは、精神疾患がどのように定義・診断されるかを決定づけるだけでなく、人々が自分自身やお互いのことをどう見るかということにも影響します。
DSM not only determines how mental disorders are defined and diagnosed, it also impacts how people see themselves and how we see each other.

医療現場での診断名は、適切なケアや保険へのアクセスに繋がりますが、同時に人々へ病名の烙印を押してしまうことにもなりえます。
While diagnostic terms facilitate clinical care and access to insurance coverage that supports mental health, these terms can also have a stigmatizing effect.

DSM-5の狙いは、そのような烙印を避けながらも、自身に割り当てられた性とは異なる性を自認する人々に適切な医療ケアを提供することです。
DSM-5 aims to avoid stigma and ensure clinical care for individuals who see and feel themselves to be a different gender than their assigned gender.

<中略>

「自身の割り当てられた性に違和感があることそれ自体は精神疾患ではない」ということを、はっきりと申し上げておかなければなりません。
It is important to note that gender nonconformity is not in itself a mental disorder.

ということで、「精神疾患ではないから『障害(disorder)』とはもう言わない、だけれどもカウンセリング・ホルモン療法・性別適合手術といった適切な医療的ケアが受けられるように診断名をつける」という考え方のようです。

★ 「性別違和」って言い方、みんなはどう思ってる?
最後に、「性別違和」という表現について、ツイッターで募集したご意見をご紹介してまいります。

ご意見募集は5月31日に写真:PAKUTASO

▼「違和」程度なら我慢しろ、と言われるのでは
・ 「違和」になったことで、違和感なら我慢すればいいじゃん? ってなりそうで怖い。

・違和となると、違和感があるだけで治療は必要ではないのでは? と思われそう。

・(略)「違和」では違和感といった感情としてのイメージが強いと思います。
軽く扱われたり、我慢を強いられたり、認知療法で治療しようとする動きが出てくることを危惧します。

▼「障害」でなくなったのは良い
・「性別違和」という表現についてですが、正直なところ分かりにくいと思います。(略)
しかし、「障害」という言葉がなくなった点に関してはほんの少しでも良くなったのでは、と思います。

・障害よりも違和のほうが言葉が柔らかくなった感じがして、良いと思います。

・性別違和の表現は性同一性障害よりしっくりきます。
私も性別移行を行っている本人ですが、「障害」という言葉は重すぎるように感じますし、自分自身に関しても精神的に健康であり、「障害」や「病気」という印象程、重く捉えてはいません。性同一性障害という言葉は余程必要な時にしか使わず、説明しなければならない場合「トランスジェンダー」を用います。

だからこそ逆に「鬱になったり悩むほどではないのだから、”障害”ではないのだろう」と性別移行に対する決断が遅くなり、不快な生活が長引いてしまいました。(また、他者からも「お前は障害というほどではない」と言われました)

肉体の変化に関わることなので、気軽な判断を推奨したいわけではありませんが、「性別違和」という名称を公式なものとすることで、ジェンダーに関する検討の余地が広がるのではないでしょうか。

重要なのは「障害」という単語が重すぎるあまり、思考を奪ってしまうことだと思います。誰だって「病人」に望んでなりたいわけではありませんので。

※性同一性障害が、現在の見地では精神病とされていないことは分かっていますが、単純に言葉の響きだけで聞いた時、重度の病気に思えるため「病人」などの表現を使いました。

▼「違和」でもまだネガティブなイメージ
・性別違和という表現に違和感あります。そもそもの違和感の無い状態ありきでの表現だと思いますし。違和っておかしいということの遠回しな言い方だと思いますし、当事者がおかしいと思われるような表現はよくないと思います。

 

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言いにくいから浸透しにくそう

……ということで、ばっちりオチまでつけていただいて、皆さんのご意見をご紹介してまいりました。

アメリカの医療の現場から出てきた「性別違和(ジェンダー・ディスフォリア)」というこの言葉が、日本での教育や法律といった分野にどう影響していくのか、今後の動向が注目されますね。

今回も読んでくださってありがとうございました! また来週月曜日にね。まきむぅでした◎

 2014/06/02 06:00    Comment  連載              
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