第12回 90年代ゲイリブの終焉と、宙づりとなった時代。斉藤芳樹写真集『fabulous 1999-2006』

前回、ブリジッド・バルドーの祟りでアタシのほうれい線は深く深く刻まれることになった。しかし、その苦境にあって、緊縛師 明智伝鬼を撮った写真集『akechi』である。縛る男/縛られる女という構図の中に、互いを信頼しあう男女の姿が重ねられる。斉藤の写真は、女体に食い込む縄目の幾何学的な美しさを精緻に写し取り、凛とした印象を受ける。生前の明智氏に話を聞いたことがある。彼のトレードマークといえる胸に赤い薔薇をあしらった黒いシャツに黒いサングラスというスタイルで、言葉少なにこう語った。「僕はね、縛れれば、椅子でもいいんですよ」 とてもスタイリッシュな人だと思った記憶がある。そんなスタイルにこだわる明智氏が、病に倒れ、死の床につくまでの姿を撮影することを許したのが、斉藤である。おそらく斉藤は、われわれを撮るときと同じように、明智伝鬼という希有の縄師の人生の幕引きの傍らにカメラを持って忍び入ったのであろう。

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斉藤芳樹写真集『akechi』(新風舎/2007年 発行/絶版)

写真家 斉藤芳樹氏との付き合いは、この本の表題となった1999年あたりからである。その前年、僕がホステスを務めるフェティッシュイベント「バディ』のスーパーバイザーという役名で編集長代行業務をしていた。創刊時、縁あって声をかけてもらい、僕は二つの目標をもってその仕事を引き受けた(ここら辺の話は、また機会があれば書かせてもらおう)。しかし、順調な出発とは言い難かった。早々に、僕は社主から呼び出しをくらった。「ゲイリブとエイズの記事は止めてね。売れなくなるから」、そう釘を刺されたのである。信じられないかもしれないが、そういう時代だったのだ。僕は負けん気が強い。ナニクソ!と思った。「じゃ、売ればいいんですよね」と言い放って、席を立ったのだ。こんなことを言うと大袈裟に聞こえるかもしれないが、僕は、そのために自分の生活や人生を賭した。がむしゃらであった。そのせいで多くの友を失いもしたし、敵も作った。嘲笑もされた。かいがあってか創刊より5年にして、はやくもその目標は達成した。しかし、反動だろう、目的を失った僕は抜け殻のようであった。ついに『バディ』を辞めることを決意したが、さりとて次にやることも見つからない。宙ぶらりんな状態であった。

もともと勝ち気な性格である。抜け殻とはいえ、勝てば官軍であった。『バディ』も順風満帆。出版不況と囁かれる中でも、売り上げも上々だったはずだ。辞める前に一冊、好きなように作らせてもらいたいと直談判し、創刊したのが『ファビュラス(Fabulous)』というゲイ雑誌であった。しかし、いろいろな“いわく”があり、創刊時から暗礁に乗り上げていた。ままよ! こうなりゃ、退職金代わりに好き放題やらせてもらうぜ!!と、本当に好き放題やってしまったのである。そんな本が上手くいくはずもなく、営業成績は散々。ちょうど1年、計4冊で廃刊の憂き目。

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斉藤芳樹写真集『fabulous 1999-2006』より。看護婦に扮したドラァグクイーン(左)と、宝塚の男役のようなレイチェル・ダムール(右)。

『ファビュラス』には、僕がこれは!と思える人材をスカウトした。『バディ』で調子に乗っていた僕の性格の強さというか、キツさ、あつかましさ。斉藤氏にももちろん声をかけた。彼は、あの飄々とした態度で快諾をしてくれた。失敗した『ファビュラス』であったが、斉藤氏はじめ、下村一喜氏ら、才能ある人々と仕事できたことは僕の誇りであり、彼らにはいまだに申し訳なく思っている。

『ファビュラス』失敗後、僕は、体調も心の状態も崩してしまう。部屋に引きこもり、ほとんど仕事もせず、人にも会わず、気がつけばハッテンバで16時間も眠り続けるといった乱れた生活を続けていた(笑)。考えていたより自分が弱い人間であることも、この時になってはじめて思い知らされた。かたや『バディ』は、マツコ&ブルボンヌを中心とした黄金時代を迎え、パレード再開などゲイシーンの盛り上がりもかまびすしく聞こえてきた。「いったい自分は何をしてきたのだろう?」自問する日々が続いていたのが、僕の1999年〜2006年。黒歴史である(笑)。

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斉藤芳樹写真集『fabulous 1999-2006』より。目隠しをされたマーガレット(左)と、まだ胸の無かった時代のおりぃぶぅ(右)。

この度、斉藤氏が撮り溜めた写真をまとめ、写真集にすると聞いた。そのタイトルを聞いて驚いた。なんと『fabulous 1999-2006』というではないか。90年代リブと呼ばれる流れと、それまでの70年代から続く“古い”世代のゲイリブとの終焉。そして、新世紀を迎えた新しいゲイムーブメント勃興の端境の時期である。思わず僕自身の個人史を重ね合わせてしまったのも無理はないのかもしれない。

収められた写真は、そのほとんどがクラブシーンで撮られたものだ。夜遊びの場の、うたかたの時空である。ひとは、そこには生活が、日常が無いという。それはかつて同性愛者が非日常的な存在だと考えられていた時代、唯一、存在を許された場所でもあった。時代は変わり、新世紀。納税し、市民権を持つ、日常の、いわゆる生活者としての同性愛者という意識が広がりつつある。いまや、抑圧を知らない若い世代のゲイたちも台頭してきている。彼らの目には、この端境の時代がどう映るのであろう。歴史としてしまうには生々し過ぎ、思い出からは忘れられつつある、宙吊りとなった時代を見事に切り取った斉藤氏の写真集を眺めながら、「いったい自分は何をしてきたのだろう?」という声が頭の中でくり返しくり返し聞こえてくる。その答が出ない限り、この奇妙な違和感はなくなることはないのかもしれない。

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斉藤芳樹写真集『fabulous 1999-2006』(ハモニカブックス/2014年 発行/3300円)

佐々木孫悟空は、虫食い芸人である。子供の頃にイジメられてセミを食べさせられたというのが、原体験だそうだ(どこまで本当かは分からないが)。それ以来、彼の虫食い人生が始まった。いまや、アンダーグラウンドのパフォーマーとして大活躍である。顔はまずまず好みのタイプなのだが、虫を食った口でキスはして欲しくないなぁ……というのが、正直なところだ(笑)。虫食いはともあれ、かつては深夜枠にしか出演を許されなかった女装達が、いまやゴールデンタイムで、CMで、国民的放送局でと引っ張りだこである。かたや、アタシはアンダーグラウンドから抜け出せない。アタシ、いったい何してきたんだろ? 老醜をファンデーションで塗り込めながら、そう自問する。

……ま、それでいいんだけどね。

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佐々木孫悟空 DVD『佐々木孫悟空 死亡説』(Modern Freaks Inc./2014年 発売/4000円)

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