第59回 ハリウッドも動いた!注目の「EXゲイムーブメント」とは?

 

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来るもの拒まず、去るものディスる。
“業界”って、異性と付き合い始めた元ゲイとかバイとかに無駄に厳しいわよね。

まきむらよ。

毎週月曜、こちらの連載「まきむぅの虹色ニュースサテライト」をお送りしております。

今回のテーマは、

ハリウッドも動いた!注目の「EXゲイムーブメントとは?」

です。

★ EXゲイムーブメントとは?
★ EXゲイな人々の言葉
★ EXゲイと“業界”が戦争状態に陥らないためには

以上の流れでお送りします!

★ EXゲイムーブメントとは?
EXゲイムーブメントとは、元カレならぬ元ゲイを自称する人々が、

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「私はコレでゲイを辞めました!」

……と体験談を語り、同性愛から異性愛への転向を奨励する活動のことです(元ネタがわからない平成のヤングたちはAdvocate)。

このEXゲイは、主にアメリカで、特にキリスト教的価値観に基づいていることが多いムーブメントです。現在、EXゲイの代表格のように言われるマイケル・グラッツェ氏をモデルにしたハリウッド映画「Michael」が、なんとジェームズ・フランコ主演/ガス・ヴァン・サント監督というアメリカ映画界屈指のメンバーで制作中です(出典:写真:PAKUTASO/別人によるイメージ写真です

“「私の身体は、1インチ1インチあらゆる部位におよぶまで、男性とのセックスを切望していました。」

58歳のスミス氏は、宗教上の理由で同性愛が間違っていると信じ、克服しようと試みてきた。毎日衝動と戦い、毎晩男性との関係を夢見ながらも、彼は17年間に及ぶ(女性との)絶望的な結婚生活を過ごしてきた。

しかし近年になり、カウンセリングで子ども時代を振り返ったり、「人間は変われる」「男性性への旅」などという名前のリトリートキャンプに参加するなどして、「私の同性愛的欲望はほとんど消え去った」とスミス氏は語る。

8年前に二番目の妻と結婚し、現在はカリフォルニア州ベイカーズフィールドで結婚生活を送るスミス氏。共に暮らす現在の妻は、彼がゲイであったこと、そしてそれを克服しようと努力していたことを全て知っているという。

「50代になり、初めて私は、女性を見てこう言うことができるようになったのです……『これは熱い!!』と」”

CHARISMA MAGAZINEより、本人による文章の一部を引用翻訳)

3.マイケル・グラッツェ氏(EXゲイ・アクティビスト、映画「Michael」のモデル)の場合

6年前に神の力によって同性愛を克服したという、かつての同性愛権利活動家マイケル・グラッツェが、女性との結婚式を挙げた。ネット上では悔しがる同性愛のアクティビスト達が、彼と彼の花嫁を中傷している。(中略)彼はWND(注:アメリカの保守系WEBメディア)にて、批判者らに宛てた手紙を公開した。(中略)

「私自身は、一度も自分のことを『EXゲイ』だと言ったことはありません。人々は私をそう呼びますが。数年前に同性愛を捨て去り、異性愛的に生きることがより快適だと感じるようになったことで、人々は私にたくさんのことを要求してくるようになりました。

この国(注:アメリカ)の怒れる同性愛者たちを前に、私は叫びだしたくなることもありました。彼らは同性愛賛成派のブログにおいて、あらゆる種類の憎悪と攻撃をまき散らしています。

見てください。私は自分を守ることに興味がありません。そんなことをする必要がないのです。私はあなたがた(注:EXゲイを攻撃する同性愛者たち)のピンチを、あなたがたの視点を理解します。あなたがたが私のことをクレイジーだとか、頭がおかしくなったとか、混乱しているとかいうことにしたがっている欲望を理解します。

私が存在しなかったり、もしくはどこかでのたれ死んでくれればもっと簡単だったのに、とお思いのことでしょう。だけれど、死ぬつもりはありません。

私は、誰かに自分の考えやライフスタイルを押し付けるために生きているのではありません。私は神を敬い、善き人生を送るためにここで生きています」”

さて、3名の方々の例をご紹介してまいりました。
これらを含めて王道的な“EXゲイ物語”をまとめるならば、――まぁまとめるのも失礼な話なんですけれども、こういうことのようです。

(1)私は苦しんでいた。性的虐待や両親との不和といった、過去のトラウマに起因する自分の同性愛について。

(2)だけれどもキリスト教信仰と出会い、同性愛という過ちを脱却して、私は救われた。

(3)今は異性のパートナーと幸せに暮らしている。今苦しんでいる人もきっと救われる、そのことは私の人生が証明している。

この「自分は苦しかった→でも○○のおかげで救われた→だからあなたも大丈夫」パターン、どこか思い当るところがないでしょうか。

そう、実はまさにLGBT運動が行っていることと同じ論法なわけですね。苦しかった、でもレインボーの旗の下で救われた、だからあなたも大丈夫……と。

そして、特にアメリカにおけるLGBT運動の文脈の中では、こんなふうに語られているわけです。
「性のことは揺れて当たり前だよ! ありのままでいいんだよ! でも同性愛は性的嗜好じゃなくて性的指向だから! 性的指向は変えられないよ! だから自分を受け入れよう!」

レリゴー。

ということで、「同性愛者でしたが今は異性と幸せです」という人の存在は、「同性愛は性的指向だから変えられません」説の支持者にとって反例となってしまい、邪魔なわけです。

でも、わたし思うんだけど、そんなのっておかしいわよね? 異性と幸せな元ゲイを叩きながら、いったいどの口が言うのかしら、「ありのままの自分でいいのよ」なんて。

★ EXゲイと“業界”が戦争状態に陥らないためには

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写真:PAKUTASO

日本の“業界”でも、時折見かけますね。男性と結婚してレズビアンシーンを去って行った女性に対する陰口を。

わたしはゲイシーンのことは詳しくありませんが、人づてに話を聞くに、たぶん女性と一緒になった元ゲイへの風当たりも強いのではと想像しています。

そらまぁ、狙ってた子が異性のもとへ走っちゃったら不満よね。それはわかるわ。でも、理由がどうあろうと、自分の幸せを見つけた人に外野が文句つけるいわれはないんじゃないかしら。それはEXゲイからゲイに対しても、ゲイからEXゲイに対しても、まったくもってお互い様のことよね。

「あなたのあり方とわたしのあり方は違う。だけれども、だからこそ、お互いに敬意を払おう。どちらが正しいかという話ではなく、ただ、それぞれに違うのだという話だ」

ただシンプルに、これだけの話なんじゃないでしょうか。「同性愛は変えられない性的指向」だという考えを、そろそろアップデートする必要があるとわたしは感じています。

性的嗜好として「同性と付き合う気はないけど同性とヤりたい」人がいてもいい。嗜好か指向かわかんないけど「かつて同性と、今は異性と」付き合っている人がいてもいい。

かつて同性愛者への虐待的治療行為に反対するためになされた「性的指向は変えられないんです」という主張を、いま「性的指向は変わらないんです」という意味に拡大解釈してしまっては、他者のみならず自分の自由さえも縛り付けてしまうと思うのです。

人の性のあり方は、変えられるものでも変えられないものでも変えようとするべきものでもない。ただ、人が生きて変わり続けるのに伴い、その人だけの形へと自然に“変わっていくもの”なのではないでしょうか。

……ということで、読んでくださってありがとうございました! また来週月曜日にね。まきむぅでした◎

 

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