第22回 赤狩り、ビニ本、終戦記念日。ホモ向けビニ本『若男』と『恋人』、『浪漫倶楽部』

もぅ、ビックリしちゃったわよ。若いコ……と言ったって、僕に比べればということで、もう30才を過ぎたいい年のオッサンなのだが、「ビニ本」を知らないのだ! 先日も、真顔で「ビニ本って何ですか?」と聞き返されたことがある。ま、これは仕方ないのかな。ビニ本が大流行したのは1980年代であるから、彼らには馴染みがないのだ。そもそも「ビニ本」とは、ビニール袋に入れて(中が見えないようにして)売られていたエロ本のことだ。だから、ビニ本。1970年代中盤から名も知れない弱小出版社が一般雑誌よりも過激なグラビアを売りに発行し、人気を博した雑誌だ。雑誌とはいえ、文字なんてほとんど無し。扇情的なページタイトルが付けられているだけで、ほぼ全ページグラビアというのが基本形。大股開きのお姉さんがパンティまる出しで映っていた。これが爆発的に売れた。続々と類似誌が生まれ、過当競争が始まり、各誌、エロさを競い合った。パンティはどんどんと薄くスケスケになり、しまいにはストッキングの直履きでご開帳という猥褻さ(笑)。もちろん社会問題にも発展し、その猥褻性が論議されることになったのである。

そんな時代を反映し、ビニ本ブームにあやかって、ホモ界でも「ビニ本」が発行されていた! 今回は、めくるめくホモビニ本の世界と、その歴史的価値について。

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1970年代に発行されていたホモビニ本『恋男(こいびと)』

ビニ本が世の中を席巻していた1970年代中盤から1980年代。ホモ雑誌界では、すでに『アドン』「アップル・イン」は同誌に広告を出稿していたり、「2周年記念謝恩大サービス」に協賛していたりと、「アロー・インターナショナル」と関係が密である。もしかすると「アップル・イン」の子会社か別会社であった可能性が高い。とすれば、ゲイ・マーケットをしっかりと掌握した上で雑誌を発刊するというビジネスモデル、これは後に「テラ出版」を作り『バディ』を発刊したやり方と同じである。自社流通で自社商品を売るので、利幅が大きい。その分を制作費として還元し、より充実した誌面作りが可能であった。良いサイクルが出来ていたのだ。そのせいで、『バディ』は、売り上げ一位を続けていた『薔薇族』をわずか5年で追撃することが出来たのだ。この推測が正しければ、「アップル・イン=アロー・インターナショナル」のゲイ・ビジネスの先見性は高く評価されなければいけないだろう。「アップル・イン」は現在も営業を続けているので、このあたりの事情に詳しい方や当事者がいらっしゃる可能性が高い。いまの内に話をうかがっておきたいものだ。

ところが、『恋男』の健闘むなしく、3誌体制に食い込むことはかなわず。いつの間にか無くなってしまった。原因はいろいろ考えられる。同時期にホモビニ本タイプの競合誌『浪漫倶楽部』というのもあった。そのせいかもしれない。それよりもなによりも、値段のわりに内容が乏しかったせいかもしれない。『恋男』(Vol.3/No.13)が定価1500円だったのに対し、同じ時期の『薔薇族』(1975年3月号)は146ページで定価500円だったのだ。『恋男』はページ数も少なく、当時はホモ雑誌のメインコンテンツであった通信欄も、毎号、わずか数件であった。さらに、お世辞にも良いとは言いがたいレイアウト。素人並みだ。残念である。しかし、時折、ハッとするような良い写真も掲載されていた。チーフカメラマン 斎藤京治のものであろう。彼の写真集『堅肉』は、日本のメール・ヌード・フォトグラフィーの歴史の中できちんと評価すべき作品である。機会があれば、この連載でも取り上げたいと思う。

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『RomanClub 浪漫倶楽部』創刊3号(浪漫社)

ビニ本は確かに、低俗でつまらないものである。ホモビニ本も然り。いま見直すと、同じホモ出版人として穴があったら入りたくなるぐらいヒドイ(笑)。歴史から無かったことにしたいぐらいヒドイ(笑)。が、しかし、僕達ゲイの歴史というのは実はこうした低俗でつまらないもので作られてきたのではないか。最近になって、オシャレでハイソな一部上場外資系企業っぽいイメージ(笑)のカタカナ言葉で語られることの増えたゲイ・ビジネスやゲイ・マーケットだが、実は、その原型はすでにこの時代にあったのだよ。低俗でつまらないものとして。それは、大人になって幼少の頃の恥ずかしい記憶を思い出したときのように、顔から火の出るような思いかも知れない。出来れば無かったことにしたいと思うかも知れない。でも、歴史を学ぶということは、それに向かい合う作業なのである。

僕は、ホモビニ本を知らない若い世代にホモビニ本のことを語り伝えていこうと思っている。無かったことにされてしまうような歴史も、出来る限り語り伝えていきたいからだ。それがホモ本収集とこの連載の本当の目的だ。もちろん僕は経験をしてはいないが、「赤狩り」や戦争のことも、先人から受け継いで次の世代に語り継いでいかなければとも思っているのである。

終戦記念日は、今年も過ぎてしまった。

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