第24回 「全日本アナル選手権」レポートと、肛門期への固着。

秋である。秋は、菊の季節である。菊とはすなわち、アナルである。去る9月7日、新宿で、まさに菊満開のイベントが開催された。『SMスナイパー』が記事にするための企画として開催されたもので、三代目葵マリー氏である。今回より一般客の観覧もできるとあって、狭い会場は押すな押すなの超満員。氏の尽力のたまものである。とはいえ、日曜の真っ昼間っからアナルを見に来る物好きな客がこんなにもいたなんて、やっぱりこの国はどうかしている(笑)。

さて、参加選手は、女1名、男3名、女装2名の計6名。それぞれが自慢のアナル技を競った。中でも、女王様に腕を突っ込まれながらもその快感をカンツォーネの曲に託して朗々と歌い上げたジジイが、芸術点の高さでは好評価であった。が、しかし、老い先短いこのジジイの余生に一抹の不安を感じたのはわたしだけではなかったはずだ(笑)。いきなりのハイレベルな戦いに恐れをなした参加者が棄権するというハプニングや、前評判の高かったAV女優 玉こんにゃくを27個も肛門に格納した、女装のまちゑ嬢であった。巨大な注射器のごとき“玉こんにゃく挿入機”により、次々と送り込まれる玉こんにゃくを楽々と飲み込んでいくアナルに観客は惜しみない拍手を送った。さらに、その玉こんにゃくを次々と産み落とすまちゑ嬢の姿に、観客はウミガメの産卵シーンを重ね合わせ目頭を熱くしたのであった。

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写真左/手作り感満載のステージに並んだ三角コーン。
写真右上/出演者と選手(顔の出せる人のみ)。手前の右から、小司あん選手、審査員の大島薫くん(巨根の男の娘)、主催者の三代目葵マリー氏。中段は、司会の松本格子戸氏。上段左から、柊一華女王様、マーガレット、黒咲蘭女王様、スポンサー氏。
写真右下/主催者の三代目葵マリー氏より優勝トロフィーを受け取るトロマンのまちゑ嬢(縞のワンピース)と、フライヤー。

考えてもみたまえ。人間とは、そもそも不平等なのである。挿入したくったって、女にはチンコがない。女は常に受け身でしかありえない。「あらゆるインターコース(性交)は本質的にはレイプである」などと馬鹿なことを言い出したフェミニストもいたが、そんなことが言いたいわけではない。男にしたって、黒人はチンコがデカいとか、フロイトの時代であった。フロイト翁の“物語”はまたたくまに世界を席巻し、人類は彼の“物語”のオブセッションに陥っていった。翁は、人間は口唇期〜肛門期〜男根期〜と段階を追って完成していくと説いた。幼少期のそれぞれの時期に固着してしまうと、その後の人格形成に影響を及ぼすとも考えた。『GREEN LETTER』を見せて欲しいとわざわざ訪ねてきた。彼は、大阪のゲイバーやハッテンバの歴史と変遷を研究しているのだという。資料が無くて困っていると言っていた。集めた蔵書が、若いゲイの研究者の、もしくはゲイのための研究の役に立つのなら、これに勝る喜びはない。わたしが死んでしまえば、これらも捨てられてしまうだけだからだ。だったら、恩着せがましく後世まで感謝され続けるのも悪くないかな、というのが正直な気持ちだ(笑)。きっと彼も、彼の研究が世の中に認められた暁には、わたしの墓前に線香の一本でも立ててくれるに違いない。陰ながら応援している。

 

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わたしの蔵書(一部)

この連載も今回で、なんとちょうど半年である。これまでおつき合いいただいた物好きな皆さんは、とうにお察しのことと思うが、わたしの紹介している本は(著者・作者には申し訳ないが)駄本・雑本の類ばかりである。古書的価値も無いに等しい本ばかりである。ただただホモ本ばかりを集めてきた。ちょうど良い機会なので、わたしのホモ本収集について説明させていただこう。

まず、わたしが云うところのホモ本とは、同性愛(ゲイ、レズビアン)、バイセクシュアル、少年愛、女装、TG・TSあたりまでの範囲をゆる〜〜く射程にいれている。選択は、非常に恣意的で片寄っている。明らかにレズものが少ないのだ。限られたわずかばかりの私財をやりくりして買っているため、自分の関心度の低いレズものはどうしても後回しになってしまうからだ。ま、しかたない。マンガも、ほとんど無い。わたしがマンガを読むのが苦手なせいだ。ライトノベルやBLの類は、関心はあるがその方面に明るくないため、ついに手つかずだ。個人蔵書であるならいいが、アーカイヴとなるとこれではまずい。アーカイヴ設立は、見果てぬ夢で終わるのか……。

ホモ本の定義は、次の3点を考えている。

①ホモについて書いてある本 つまり、ホモがテーマの本だ。例えば、伏見憲明氏の名著『プライベート・ゲイ・ライフ』などは、まさしくこれだ。だが、著者がホモでなくともかまわない。こんな本まで収集しているのだから。和田アキ子がホモについてどう思っているかの一文が掲載されている『和田アキ子だ 文句あっか! ─ アッコの芸能界色メガネ毒舌言いたい放題!!』である。こんなモン、誰が必要としているんだか……(笑)。ま、この本に価値があるかどうかは頭の悪いわたしには判断がつかぬことなので、後人の研究者にお任せして、わたしはひたすら集めまくることにする。

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伏見憲明『プライベート・ゲイ・ライフ』(学陽書房/1991年 発行/ISBN978-4313840508)

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和田アキ子『和田アキ子だ 文句あっか! ─ アッコの芸能界色メガネ毒舌言いたい放題!!』(日本文芸社/1983年/ISBN4537009764)

②ホモが書いた本 これは著者や作家がホモである本だ。ホモが直接のテーマになっていなくともかまわない。例えば、三島由紀夫の『潮騒』なんてのはこれにあたる。また、その作家について書かれた評伝、評論、作品論なども含まれる。その中には、こんな本まである。三島が霊界から日本を憂いて、この本の著者に乗り移って自動書記によって書かれたとされる本だ(笑)。太田千寿著『三島由紀夫の霊界からの大予言 ─ 地球は死の星と化し、生命は他の惑星へ移住する!』。ま、死んでからもお忙しいことだ。三島には安らかにおやすみいただきたいのだが……。ここで問題になるのが、作家のホモ判定である。本人がカミングアウトしていればいいのだが、そうとばかりもない。それを見分けるスキルが、今後のわたしの課題でもある。

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太田千寿 著『三島由紀夫の霊界からの大予言 ─ 地球は死の星と化し、生命は他の惑星へ移住する!』(日本文芸社/1984年/ISBN4537008830)

③ホモの登場人物が出てくる本 これは馬鹿にならないほど、ある。通りすがりに「オカマ!」と罵倒されるだけとか、テーマとは全く関係ないことも多いが、中には伏線として欠くべからざるキャラクターとして登場しているものもある。登場人物だけに限らず二丁目やゲイバーなどが背景になっているものも、これに含む。例えば、大沢在昌著『新宿鮫』なんてのは、冒頭がホモサウナのシーンから書き始められていたりする。

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大沢在昌 著『新宿鮫』(光文社/1990年 発行/ISBN 433402887X)

以上の基準で集めたホモ本が、一万冊超。ほとんどが駄本・雑本の山(笑)。クズのようなモノかもしれないが、そのどれにもかつてのホモの姿が描かれている。これまでのホモが歩んできた道を知ることは、これからのホモがどう生きていくかの道しるべとなる。しかし、たとえ名著であったとしても伏見憲明氏の本ばかりが並んだ本棚には、なんの魅力もおぼえない。正しい(とされる)価値のある(とされる)良い(とされる)王道の本ばかりを集めても、意味がない。むしろ、片寄っている印象さえ受けてしまう。道でいうなら、わき道、横道、けもの道。たくさんの道が迷路のように絡み合って、街が出来、世界が出来るのだから。駄本・雑本の山のイバラの道に分け入り、誰にも見向きもされずに取りこぼされていってしまう人やモノを寄せ集めるようにして、ホモという世界の輪郭を描き出したいと思っている。それが、わたしという生まれながらの肛門野郎の見果てぬ夢だったりするのである。

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