第30回 いまはなき淫乱旅館「大久保ビジネスイン」の思い出と、ジェームズ・パーディ『いつかそのうち』。

「新宿ビジネスイン」は、大久保駅を出て、たばこ屋の角を曲がり、1、2分ほど歩いたところにあった。今風にハッテンバとかヤリ部屋と呼ぶよりは、“インラン旅館” という呼び方がふさわしいところであった。2003年8月いっぱいで閉店したが、その後は、建物はそのままで内装外装を手入れしてどこかの社員寮かなにかになっていたはずだった。ひさしぶりにその前を通りかかって、驚いた。建物は取り壊され、すっかり更地になっているではないか。きっと新築のマンションでも立つに違いない。張り巡らされた工事現場の柵ごしに、私は、幾多のホモ達の精液と怨念の染み込んだ地面をながめる。ああ、また昔のホモの痕跡が消し去られていくのだなぁ。そんな感慨にふけるのであった。

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今はなき「新宿ビジネスイン」の跡地。向かって左隣の建物も一緒に取り壊されて、広い敷地。いったい何の建物が建つのだろうか。ホモの呪いで事故物件になりそうだ(笑)。

いまでこそマンションや雑居ビルの一室で営業するのが一般的なハッテンバ(有料ハッテンバ)だが、それ以前は一戸建ての旅館型が主流だった。「新宿ビジネスイン」も、典型的な“インラン旅館” であった。創業は、1970年代末。1978年1月号の『薔薇族』に、「新開店」を謳う広告が掲載されていることから、開店したのはおそらく1977年ではなかったか。私がハッテンバ遊びをおぼえたのも、悪友に連れて行かれた「新宿ビジネスイン」が最初であった。80年代初頭のことである。開店から間もない頃で、ずいぶんとにぎわっていた記憶がある。「新宿ビジネスイン」のすぐ向かいにも「立ち花」が、路地の手前にも「新宿ビジネスクラブ」があり、狭い範囲に3軒もの“インラン旅館” がしのぎを削っていた。まだ18か19歳だった私が知った、ハッテンバでのお手軽なホモセックスの世界。のめり込むほどに、そこで繰り広げられる肉体だけの交わりに嫌悪を感じるようになっていったのも事実である。今では、後腐れのないセックスほどラクで楽しいものはないとつくづく思うのだが、あの頃は私もまだ純情だったのである(笑)。

 

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『薔薇族』1978年1月号に掲載された「新宿ビジネスイン」の広告。宿泊料金1200円とは、今とほとんど変わっていないことに驚く。

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『薔薇族』1978年1月号(第二書房/1978年 発行)

2丁目にも出入りし、行きつけの店もできた。友人も増えた。その内に思い上がるようにもなった。好きな相手とセックスがしたい、とか。愛し愛される相手とのセックスが最高だ、とか。そんな愚にもつかないことを考えるようになったのだ。頑張って、所謂、つき合うという経験もしてみた。しかし、うまくいかないのである。原因は、セックスである。私のような自意識が極端に肥大化している人間は、相手にありのままの自分をさらけ出すことなど恥ずかしくてできないのだ。相手の人格を認め、深く愛する相手であればあるほど、セックスがうまくいかない。むしろ、ハッテンバでの、名前も(時には顔さえ)分からないような相手とのセックスの方が、どれほど興奮することか! つき合ってみてはダメになり、ハッテンバで遊ぶ。そのくり返しが私の二十代であった。

そんな分裂した状態に、ずいぶん悩んだこともある。ひと頃は、まったくセックスが受けつけられなくなったこともあった。チンコも、精神も、人格も、すべてがインポテンツ状態に陥ったのだ。焦れば焦るほど、失敗が続く。思い詰めれば思い詰めるほど、状況は悪くなる。鬱症状。精神錯乱。そんなメンドクサイ相手とつき合いたいなんて思わないよねぇ(笑)。当時、私につき合ってくれた恋人たち(?)には、本当に申し訳なく思っている。

三十路を過ぎて、そんな悪循環をなんとか打破しようと、私は思いきった修業に乗り出した。とにかく、やる。誰とでも、やる。それが、自分に課した“行”であった。行場に選んだのは、はじめて行ったハッテンバである「新宿ビジネスイン」。思い入れの深い場所である。ルールは簡単。一週間、毎日、通う。ひたすら寝待ち。手を出されたら、どんな相手でも、やる。それだけだった。

時代は変わって、マンション型のヤリ部屋が主流となった90年代のことだ。「新宿ビジネスイン」は時流に取り残され、口の悪いホモ達の間ではバケモノ屋敷と呼ばれていたほどの凋落ぶり。人気のハッテンバには行けないようなジジイや、ブサイクが吹き溜まっていると噂されていた。それもひどい話だが、実際、ひどかったのだから仕方ない(笑)。そこであらゆる年齢、体型のホモとやった。うまくいったことも、うまくいかなかったこともある。それでも、最初に心に決めたとおり、1週間、通い続けたのである。このときの自分の真面目さは、褒めてやりたいと思う(笑)。

この“行”を経験して、私のセックスに対するオブセッションは薄らいでいったようだ。悟りと言うと大袈裟だが、「なんだ、こんなもんか」と思えるようになったのである。私はふたたび、心の平静を取り戻しつつあった。悟りへの道が信仰であるならば、私のこのバカげたヤリまくりもまた、まぎれもない宗教的行為であったのだ。いまでも、私はそう信じている。

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最近読んだ本の中に、まさにあの頃の自分のような話を見つけた。ジェームス・パーディの『いつかそのうち(Some of These Days)』である。パーディは、1923年生まれのベテラン作家(注/Wikipediaによれば、1914年生まれとなっている)。この短編小説が書かれたのは、1987年。ちなみに、私が愛とハッテンバでのセックスとに引き裂かれていた頃の作品だ。

 家主の友人たちが俺について言ったことは、ある意味でまったくの真実だ。彼らの言う通り、家主は俺によくしてくれたのに、俺は家主に対して卑劣で恩知らずだった。けれども、二年間刑務所に入っているあいだ、俺はずっと家主のことばかり考えていし、自分のしたいろんなひどい仕打ちを思って、後悔の念で胸がいっぱいだった。また一緒に暮らしたい、というのとはちょっと違う。あそこまで卑劣な真似をしてしまっては、さすがにそれは無理というものだ。でも俺は家主に、もう一度友だちになってほしかった。(略)家主ともう一度肉体的にどうこうしたいという話じゃない。刑務所にいるあいだに、そっちの方はますますそそられなくなってしまっていたし、またちょっと女とやってみたい気もあった。でも俺には、家主の愛情と好意が必要だった。誰もがしじゅう言っていた通りに、愛こそは彼が持って生まれた才能なのだ。

家主が、彼の狭い部屋に一緒に住まわせたのは、浮浪者同然の“俺”。親の愛情を知らずに育った“俺”は、DV男だった。“俺”は出所後、連絡の途絶えた家主を探しまわり、彼が時折通っていたというハッテン映画館にたどり着く。“俺”は毎日通い続けたが、家主はついに現れなかった。

 けれども、かりにいつか誰かがこの原稿を読んだらきっと奇妙に思うだろうが、結局これが俺にとって、世界との唯一の絆になったのだ。ポルノ映画館に座っていることが、俺にとって唯一の生活になった。俺のただひとつの目的は俺の家主を見つけることであり、彼を通して、かつて自分がいた世界に帰ることだ。そして俺が彼のもとにたどり着くには、これよりほかにルートはない。でもやっぱり、楽しいとはいえない。とはいえ、嫌でたまらない戸同時に、知らない男たちがその見えない顔を俺にすりつけ、俺が彼らに与えることのできるささやかなものを奪っていくなか、ある種の暖かさというか優しさというか、そんなようなものの手ざわりを俺は感じとりもした。やがて男たちがことを済ませると、俺は彼らに、俺の家主(自分にはひそかに、わが主、とささやいた)を知らないかと訊ねた。けれど誰も知らなかった。

翻訳を手がけた柴田元幸によれば、「かつて一緒に住んでいた家主(landlord)を探す行為が、いつしか神(Lord)を探すに等しい宗教的意味合いを帯びてくる。というと、いかにもあざとい設定に聞こえる」というのだが、短編であればあるほど、そうした設定のあざとさは仕方がないだろう。だが、“俺”のような(また、かつての私のような)愛とセックスとが分断されてしまったホモにとって、ハッテンバでの意味のないセックスを重ねることでしか、“神”にたどり着けないというのも、また真実なのである。

この『いつかそのうち』は、柴田元幸が翻訳を手がけた現代英米文学のアンソロジー『夜の姉妹団』に収録されている。表題ともなっているスティーヴン・ミルハウザー著『夜の姉妹団』は、夜な夜な家を出て秘密集会を行う少女達と、彼女たちを魔女狩りさながらに追い詰めていく大人達を描いている。この物語は、勿論、レズビアン疑惑が重要な要素となっている。他にも、「『幻想レズビアン小説』とも言うべき作風の小説を多く書いているアメリカ人作家で、最近ではエイズで死んでゆく人々を看取るソーシャル・ワーカーを主人公とする連作短編も書いている(The Gift of the Body, 1994)」レベッカ・ブラウンの、風刺に満ちた、奇妙な読み口の『結婚の悦び』も収録。全13篇の、読みでのある短編集である。


柴田元幸 編訳『夜の姉妹団 とびきりの現代英米小説14篇』(朝日新聞社/1998年 発行/ISBN4-02-257229-9)

というわけで、先週、モテ期が来たとぬか喜びしていた私は、それが勘違いだと早くも悟った。この持てあました気持ちは、ひさしぶりにハッテンバで解消するしかないな、と思う次第だ。はてさて、私の家主は見つかるのだろうか……。

さて、『夜の姉妹団』ならぬ『夜の女装団』が集結する老舗ヘンタイパーティ『DEPARTMENT-H 2099』は、11月1日(土)に開催である。新メンバーのLady-Jとアマゾネス・ダイアンを風紀委員に迎え、ますます絶好調。……風紀委員がいるってことは、つまり、それだけ風紀が乱れてるってことなのよね(笑)。デパでも、ハッテンバでも、皆さん、大人のルールとマナーを守って楽しんで下さいな。

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『DEPARTMENT-H 2099』 日程/11月1日(土)24時〜、会場/鶯谷「東京キネマ俱楽部」、料金/5000円(飲食持ち込み自由)。詳細は、http://ameblo.jp/department-h/で。

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