#7 野鴨と家族とLGBT

 Comment  連載   みっつんのLondon Days              

こんばんは、みっつんです。こちらロンドンはサマータイムが終わり、日の入りが一時間早まり、四時半ごろから暗くなります。街は秋の空気になり、冷たい風が落ち葉の匂いを運んでいます。さて、秋と言えば、芸術の秋。最近、お芝居方面のアンテナが弱くなっていたので、久しぶりに劇場へと足を運びました。

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場所はバービカンセンター、芸術複合施設とでもいいますか、ギャラリーやコンサートホールなんかも備えた、70年代の雰囲気がとても色濃く残る建物。作品はノルウェーの劇作家イプセンの「野鴨 (The Wild Duck)」。オーストラリアの劇団ベルヴォア・シアターは、重たくなりがちなイプセンの芝居を、脚本や設定を変えながらも、芯ははずさないまま軽妙に作り上げていました。

劇場に入ると、いきなり目に飛び込んでくるのが印象的な舞台セット。真っ黒な舞台の上には大きなガラス張りの部屋が置かれています。開演前は客席の方が明るいので、まるで鏡のように観客たちを映し出します。舞台芸術はエンターテイメントだけではなく、社会を映し出す鏡じゃなきゃ、と思ってる僕としては、開演前からうれしい演出です。さてここでこのお話のあらすじを紹介します。この作品は19世紀末がオリジナルの設定なのですが、現代に設定を変えています。

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ヤルマールは彼の妻ジーナと、認知症の父親、視覚に障害のある14歳の娘ヘドヴィクと彼女が飼う“鴨“とアパートの一室で暮らしている。その平穏な暮らしが続いたのは、彼の古い友達グレッグが街に戻ってくるまでだった。うそ偽りの上に幸せは築けないと考えるグレッグは,パブでヤルマールにひとつの「真実」をつきつける。それは、彼の父ヴェルレとジーナの過去の不倫の事実であった。それは彼の母親が自殺をする直前に、彼にかけてきた電話によって知らされたものだった。ヤルマールは家に戻りジーナを問いつめるが曖昧な答えしか返ってこず、自分がヘドヴィクの父親ではないかもしれないという疑念に苛まれる。それを知ったヘドヴィクはそれでもヤルマールを父親として慕いしがみつこうとするが、彼のやり場のない戸惑いは、彼女に対しての拒絶というかたちでしか表すことができなかった。愛、セックス、家族に対しての問いが若いヘドヴィグを迷わせる。そんな中、グレッグは彼女に「飼っている鴨を殺す事だ。君が一番かわいがっている鴨を犠牲にするところを見せれば、父親はまたきっと君を愛してくれるはずだ」とアドバイスをする。そして迎えたヘドヴィクの15歳の誕生日。ヤルマールは荷物をまとめて出ていこうとしている。そんな彼をジーナはひきとめるもそれが無駄なことだとわかっている。その時、鳴り響く一発の銃声、それは鴨に向けられたものではなかった。

あらすじだけ読めば、こってこての家庭崩壊劇ではあるんだけど、実際には登場人物全てがそれぞれの正義や理念を信じて生きていて実に生々しい。悪者が誰かひとりいるのではなく、ただいろんなタイミングが重なって物語が悲しい結末へと進んでいくっていう感じでした。この舞台の上の大きなガラスの密室の中の人たちは、泣いたり、叫んだり、ボールをガラスに何度も投げつけたり、生きる為に必死にもがいているようでした。真実を知らなければよかったのか、それとも自分に正直であることでしか本当の幸せが得られないのか、何が本来の自分の姿なのか。

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物語の全てはこの見えない壁に囲まれたハコの中で進みますが、ヘドヴィクが自殺してから一年が経ち、ジーナとヤルマールは久しぶりに再会することになります。そこはあんなにもがき苦しんでいたガラスのハコの外側でした。ふたりはお互いの近況を話し、また近いうちに会う約束をするところで、幕が降ります。真実が明かされたことによって、ふたりはあのハコから出られたのですが、それに伴う大きな代償は返ってはきません。

この最後のシーンを見るまでは、そのハコは特に意味を持ってはいなかったのですが、ここへきて急に様々なものに見えてきました。それは社会の道徳だったり、倫理、価値観、常識、生きていると知らない間に身に付く暗黙のルールのようなもの。そこにあるんだけど、見えない壁。そしてそのハコは時代や場所とともに変わるもの。この物語が19世紀のノルウェーからから21世紀のロンドンにやって来たように。

終演後そんなことを考えていると、LGBTの置かれている環境がなんだか思いだされました。本来の自分や自由を追い求め、強化ガラスのようなその壁を少しずつひびを入れるところからはじまり、ずいぶんと壊されて来たと思います。もしくはひとつ壊したとしても、そこでまた新たなハコに入っているのに気づいて、また次のひびを入れるところを始めているのかもしれない。そしてその作業の途中で傷つく人もたくさんいるでしょう。また一方で、実はそのガラスの壁が自分の身を守る為に必要な人もいるかもしれない。本来の自分を取り戻し、野生に戻り広い空へと羽ばたくことはかなりのリスクが伴うことも事実。その人たちはその壁を壊そうともしないでしょう。どちらの選択が正しいかなんてないんだけれど、社会の中で生きていくというのは、無意識なものも含めその選択をしているのではないでしょうか。

安全な場所に囲われた鴨と、野生の鴨、今なるんだったらどちらを選びますか?

 

 

ー黄赤系アプリで使える英会話ー

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Points!
*イギリスは “have a shower” アメリカだと “take a shower” になります。
*Tescoはどこにでもあるスーパーマーケット
*イギリスは0階から始まるので、イギリスの1階(First Floor)は日本の2階です。
*see you in a bit! は、実生活でもよくつかいます。a bit = ほんのちょっと。

 

 2014/10/30 06:00    Comment  連載   みっつんのLondon Days              
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