最終回 ハリウッド作品をクィア・リーディングする『セルロイド・クローゼット』

いきなりですが最終回です。諸事情ありまして〜。ごめんなさいね。そんなわけで、この連載を始めるときから、最終回はコレ、と決めていた作品を紹介します。

この連載は、ありとあらゆるある映画の中にあるLGBTQ要素を引っこ抜くというテーマだったんですが、その教科書ともいえるのが、今回紹介する『セルロイド・クローゼット』です。LGBTQ映画をひもとくドキュメンタリー名作中の名作なので、敢えて紹介するのもどうよ、って話なんですが、なんせもう20年近く前の作品になってしまったので、観たことがないという若い方もいらっしゃろうかと。ただ、あいにくDVD化された2001年以降、再プレスかかっていないようですので、店舗在庫&中古市場&レンタルで見つけて下さいませ。ただ、あまりにも情報量が多いので、あたしが紹介できるのはほんの1ミリ程度。だからコレはホントに観ないとダメ。ダメよ、ダメダメ〜(流行りに便乗)。

映画業界のビッグマウンテン、ハリウッド。当然のことながら、ハリウッドのスタジオでもLGBTQはわんさとお仕事しております。今となってはカミングアウトして仕事する人も多くなりましたたが、80年代まではそれを口にすること自体タブー。むしろ同族嫌悪の方が強かったため、少しでも目立った組合員がいると、同じ業界で立ち位置が上でクローゼットのLGBTQ(特にゲイ)は排除しまくっていたんです。ただ、ゲイのゲイフォビアばかりではなかったのも事実。映画界でパワーのあるセクシュアル・マイノリティは、どうにかして作品の中で「あたしらはここにいるんだよ〜」とアピールをすべく、さまざまな方法でLGBTQ的要素を入れ込んで、メッセージを発してきました。それを読み解くのが「クィア・リーディング」と呼ばれるものの見方ね。

このドキュメンタリーでは、クィア・リーディングすることによって、作品が作られた当時の時代背景とセクシュアル・マイノリティが置かれた状況や、そこに込めたメッセージ、さらには制作に関わった本人からの証言をとって、映画の中のクローゼットを開いちゃおうという試みをしています。

なによりすごいのは、この作品内で取り上げた作品の数。古くは無声映画時代の映像からこの作品が作られた90年代最新の作品まで、ズラリ112本。よくもまぁ、こんなに調べ上げたもんだ! と感心する一方、ここまでまとまったクィア・リーディングのドキュメンタリーは後にも先にもこれきりというレベルで掘り下げています。これ、実は原作がありまして。ヴィド・ルッソの『The Celluloid Closet: Homosexuality in the Movies』という書籍。それを基に徹底リサーチをしたんですね。

特に注目すべきは、セクシュアル・マイノリティ、特にゲイが弾圧されゲイ・リベレーション運動が起きた60〜70年代と、エイズ・パニック後の90年代に制作された映画のお話。この対比が本当にお見事。60年代以前というのは、LGBTQに対するあからさまな弾圧というのは少なく(あるにはあったんですよ、当然)、映画の中にもしばしば登場してきました。ただ、それは主に狂言回しだったりコミック・リリーフだったり、いつも笑いの種。それでも「いやいや、やっぱ入れておかねば」と、検閲をパスする嘲笑の対象として描かれてきました。今となっては超ナンセンスだけど、まだまだLGBTQとストレートの間には、深くて長い川が流れている程度だったんですね(それもマイノリティ側がけっこう気を使っていることで守られてきた平穏さ)。それが、あからさまな弾圧とゲイ・リベレーション運動が起きてからの70年代に一変します。ボーダレスを求めるゲイ社会と、徹底して抵抗するストレート社会の間で大戦争が起きます。戦争が起きるとどうなるか、というのは、昨今大騒ぎの中東情勢や欧州特定地区の独立問題を考えれば簡単ですね。それまで知らなかったものが顕在化するということです。わけがわからないものが顕在化するとどうなるか。いろいろ調べてその実体を理解しようとする前に、それを脅威とみなして排除しようとするのが人の常なんですね。

そこで映画界はどうなったかというと、それまで映画の中で生かされてきたLGBTQの役柄は、映画の中で殺されるようになります。自殺でも他殺でもいいから、とにかく殺せ、と。スクリーンの中でも抹殺することが求められたとは、げに恐ろしきこと。

そこでクローゼットだったゲイの映画人たちは、普通に観ただけではストレートの役の中に、ゲイ的な要素を封じ込める作戦に出ました。有名なところで『ベン・ハー』。今あたしらが観れば、ベン・ハーと彼の敵メッサーラの間にラブが見え隠れする、という深読みは簡単なことではありますが、当時はそんな風にはとらえられなかったんですね。むしろ超ド級のマッチョ映画として大ヒット。しかもこのドキュメンタリーでは、脚本を担当したゴア・ヴィダル本人に解説してもらってます。すると、「そもそもメッサーラはベン・ハーに片思いしてる設定だったんだけど、監督が大反対したもんだから、メッサーラを演じたスティーブン・ボイドだけにゲイ設定を説明して本番やらせた」とな! ひょへ〜。これまた当然のことながら、超絶マッチョなチャールトン・ヘストン(ベン・ハー)はドギマギのドンビキ顔なんですけど。

その時代を経て、80年代エイズ・パニックで、2度目のゲイ差別をしてしまった一般社会を戒めるべく、90年代以降は一気に顕在化の方向に向かっていくという対比。『モーリス』『アナザー・カントリー』の英国勢をはじめ、エイズ問題に切り込んだ『フィラデルフィア』やドラァグ・クィーンを広めた『プリシラ』など、一気に間欠泉のように映画の中のゲイがわき出たわけです。それもありとあらゆる形で。だって、あたしら笑いの種にされるだけじゃなくて(そこは否定しない)、そもそも人間だもの。いろいろいるのが当たり前。映画では語られていませんが、それが現代のハリウッドがすんごい気を使っている「多様性をもった描き方」ということにつながっていったんでしょうね。

製作側の意図的なやらかしちゃった系の実話証言や、映画業界で働くA級俳優のみなさんから「だって、ゲイっていうだけで隠さないといけないだなんておかしいじゃん!」なんてコメントが飛び出したり、VIVA・LGBTQになりつつあった90年代ハリウッドを代表するドキュメンタリー。これを観ておけば、どんな映画を観てもクィア・リーディングして「もしかして、この監督、ゲイ?」とか気付けるようになる……かも。

ということで、皆さん、これにて最終回。よく聞くのは、映画を観るにあたって「誰それちゃんと観に行くけど、自分はどうしても意見があわない……」とか悩む若いお方が多いこと。そんなこと悩まないでいいんですよ。映画は多様性を代表する総合芸術です。主観で楽しんでいただいて、十人十色の感想が出て当たり前なんで。だから、恐れず、たくさんの映画を楽しんで下さいね〜。ごきげんよう〜〜。

 

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<作品情報>
セルロイド・クローゼット
監督:ロブ・エプスタイン、ジェフリー・フリードマン
原作:ヴィト・ルッソ
出演:トム・ハンクス、スーザン・サランドン、ウーピー・ゴールドバーグ ほか
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