第24回 あなたが顔を見せなくなればきっと枯れてしまうのでしょう そんなひまわりの花

世間では、ブルーシートの翌週は、ブルームーンが話題になってたみたいですね。ってシートが話題になったのは2丁目周辺のみですけど。
この調子で、来週あたりはブルーフィルムが話題に、そしてブルーボンヌとトントン拍子のブルー祭りに期待しちゃう!

それにしても、ブルーシート事件に象徴される「世代が進み、変わってしまったゲイや2丁目像」ってのは、実はここんとこ連載でよろしくやらせていただいてる「カミングアウト」問題の一面でもあるかと思います。

昔からゲイメディアやパフォーマー界の皆さんとの会話でよく出てくるネタに、

「昔のゲイって、差別されたり隠れて屈折してたりしたからこそ、結束やゲイカルチャーを生み出すパワーを生んでた面があるよね」

という論理があるんです。

もうちょっと具体的な例で言えば、

隠れていた時代のゲイならではの業やトラウマなどを、舞台上のパワーに転化してきた年増の女装さんたちからすると、若い女装はパンチが効いてない。

というBBA失望とか、

パレードやゲイメディアなどでゲイの解放を訴えれば訴えるほど、解放されて必要を感じなくなった分、パレードやゲイメディアが盛り上がらなくなっていく。
なんて残念さも。

その昔、言っちゃいけないこと、人には秘密、という前提の中で、こっそり寄り集まったゲイコミュニティには、共犯者ともいえる連帯感があったことでしょう。
そう、浅野温子姐さん三上博史姐さんW主演のキチ○イドラマ『共犯者』的な!(そこあまり関係ない)

押さえつけられている中、それでも自身の溢れるゲイネスに気づき、隠れ家まで到達し得たゲイたちというのは、いろんな意味でパワフルでセンスの良いキレ者が多かったと思います。

黎明期のゲイカフェが知識人のサロン風でもあった、というのはそういうこと。「ゲイ」という看板は、魅惑的な禁じられた遊びのできる大人だけが背負えたんですね。

アタシが以前、ゴールデン特番の『ザ・ベストハウス 1・2・3』に、カルーセル麻紀大先生(もはや生き神様)らとご一緒させていただいた時。

番組内では、「気持ちの性別と、見た目の性別」を軸にしたグラフの中に、和洋歴代オネエ/ゲイキャラを並べられたり、
アタシが、新宿2丁目にあるバーには、ゲイ、ビアンオンリーのものから、ストレートを楽しませる観光バー、ニューハーフさんが踊るショーパブなど狙いも客層もさまざま、といった解説をさせていただりしました。

そんな細かい分類解説がゴールデンタイムの地上波で流れることに、まさしく隔世の感を覚えつつ、その時、中尾彬さんが挟んでくださったコメントがとても印象的だったんです。

「でも、あの頃のゲイバーにはまた独特の魅力があったんだよな。隠花植物みたいなさ‥」

さすが彬!だてに志乃姐にネジネジしてないわ(失礼)。

いやホント、時代の流れに合わせて、開かれて質は変わってきたけれど、閉じていた時には閉じていたからこその良さがあったんですよね。

何この、じゃあカミングアウトとか語る必要もないじゃん、とさえなりそうな展開。

実際のところアタシは、一生、隠花植物の美学を楽しもうとする方を否定しません。ただ、隠花植物だけだった湿原に、どんどんと日が当たり、植物自体もヒマワリみたいなのから食虫植物みたいなのまで、好き放題に成長しちゃってる状態なので、
そういう時代の流れや環境の変化ってのは知っておきたい。

ここ20年でヨーロッパの数多くの国で同性婚が認められ、保守層の根強いアメリカですら現役大統領と民主党が同性婚支持を明言するような変化が起きている中、
いくら海外は海外だといっても、日本だって変わらないわけがないんです。

世界じゅうをつないだネットワークの中に、日々の出来事を誰もが垂れ流す時代に、「個人の密かな属性」がそう簡単に美しい状態で保たれるはずがない。

むしろ、出会い系SNSなどで世界に送った「ゲイとして色こきたいアタシ」信号が、親や会社などの「ゲイなんかじゃないアタシ」信号とつながって矛盾が発覚してしまう危険性が圧倒的に増している時代じゃないですか。

どうせつながってしまうのなら、罪がばれたような感覚でいるより、けろっとできる人が増えるほうが、結果、不幸な状況は減るんじゃないか、と思うんです。けろっとできない人を責めるのではなく、けろっとできる人からしちゃうのはどうって話。

(逆に言えば、自分の本質と世界をつながないスタイルで生き抜きたい人は、こんな時代に逆行してでも、偽装結婚をして親や奥様を一生だますくらいの演技力と覚悟が必要とされるようになってきたのだと思います。)

男色家知識人たちが、背徳の隠花植物として美学と文化を楽しんだクローゼット時代から、
チンコ好きの誰もがチンコ好き活動をして、隠れも気どりもしなくなったオープン時代へ。

ブルーシートはそういう変化の一端ね。嗚呼。
ってそんな一端ばかりじゃアレですが、

アタシ自身は、ゲイミックスバーにストレートの同僚を連れてきて楽しくコミュニケーションしてる人や、親御さんとゲイネタで笑いながら仲良く旅行したりしてる人に、
隠花植物時代とは違う、伸び伸びとした素直で明るい魅力を感じてます。

クローゼットにもオープンにもそれぞれの信条や魅力があるのは承知の上で、
21世紀の地球上の先進国では、「LGBT」が、オープンでもOKなステージに来ているのは間違いない、と。

その上で、クローゼットだから培われた美学や文化にこだわりたいのなら、それはもはや「LGBT」という枠が持っていた反動に求めるのではなく、自分という人間自身から引き出さないとしょうがないのかもしれません。

少しずつ日が当たりはじめたこの土地で、

隠花植物をつらぬくか、ヒマワリになるか。
いや、薔薇でも、百合でも、ウツボカズラでも、ラフレシアでも何でもいいのよ。
それぞれが納得のいく姿に花開いていただければいいと思います。

そしてアタシはといえば、
子供の頃からの憧れでもあり、かつ仕事にもなってきた、
ストレートの皆さんや親とも、自身の性をオープンに語ることのできるスタイルを望んで、
こうして花粉を撒き散らしているのです。

鼻水出たらごめんね~。

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