#9 ロンドンのハッテン場@英国国立劇場

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John パンフレットより
今日はロンドンのハッテン場・ゲイサウナについてご紹介しましょう。まず入場料は16ポンド/約2,900円(£1=\181)、受付でタオルを受け取ったらロッカーで脱ぎましょう。タオルを腰に巻いて中に入ると、ソファーとテレビがあるところもあって、パンと一緒にラザニアなんかも食べる事ができます。でもこれがものすごくまずいので、店員にぶつぶつ文句を言って、代金は払わねーぞ、なんてやり取りもしたりします。さて中に入るとシャワールームにスチームルーム、キャビンと呼ばれる個室があり、たまにその個室からはレイプされているかのような声が聞こえてきます。さあ、それではクルージングを始めましょう。あ、ちなみにクルージングというのは品定めして、お互いじろじろ見る感じですね、ハンティングとも言えますね。もちろんアイコンタクトが重要で、目と目で会話してOKそうなら、少しずつ距離を狭め、少しずつ触れるのです。一人でクルージングもできますが、2人でやるほうが効率がいいという人もいます。一番手っ取り早いのは、まずは個室じゃないところで2人で始めれば、あとは勝手に群衆が集まってくるので、好みのタイプだけOKのサインを出して、他ははっきり拒否、みんなで一緒に楽しみましょう。あ、でもいろんなところに、よくウ○コが落ちているので気をつけて。来ている人たちはよりどりみどり。婚約者や彼女に内緒で来てるストレートの人も少なくないですし、若くてスリムな70年代のポップスターのようなタイプの男の子、52歳だけどまだ “まだ若くて固いぜ” と言うおじさんもいれば、立派なお腹をしたおじさんもいますし、そしてさすがは多文化主義のロンドン、いろんな国出身の人がいます。ちなみに、見た目がいい子だと「今度はタダで入れるよ」って声をかけて常連になってもらい、店の評判をあげようとする場所もあるみたいです。地下にはエロDVDを見られる部屋もあり、以前若い男の子がそれを見ながら合法のドラッグをやっていて、突然死したこともあり後が大変だったと、従業員は言っています。もちろん「おクスリはだめですよー」って言っていますが、多くの客は酔っぱらって来るし、中にはポッパーズ(ラッシュ)なしではもうできないとかって言う人もいれば、バイアグラやコカイン、ヘロインなんかかも使われているようで、なかなかコントロールはできないようですね。もちろんコンドームとルーヴ(ローション)は用意されているのでご安心を。ただ、それでもナマの中出しを求めてくる人もいます、「チェックしてるから」「ネガティブ(陰性)だから」って彼らは言いますが、全ては自己責任。自分がHIV保持者だとわかっていてもナマでやることをやめられない人も実際います。もちろん、ちゃんとセイファーセックスとノードラッグで、純粋にセックスを楽しみに通う人もいます、そういう人が言うのは「セックスの数でリスクが高まるんじゃない、やり方次第だ」とのこと。さあ、それではごゆっくりお楽しみください。

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John開演前のバー・ラウンジ
こんにちは、みっつんです。なぜ今日は急にハッテン場の話かと申しますと、実はこの話、今日見に行った “John(ジョン)”という芝居の後半部分の内容なのです。前半部分はあとで説明しますが、後半部分にさしかかると突然すっぽんぽんの男たちが絶え間なく着替えをするゲイサウナのロッカールームが英国国立劇場の舞台の上に突如現れます。

これは1986年から活動しているDV8(ディーヴィーエイト)と呼ばれるフィジカルシアターのカンパニーの作品です。社会派の作品の全てはオリジナルで、ゲイについてはもとより、扱うテーマは多岐に渡ります。2012年のロンドンパラリンピックで役者を務めたデイビッド・トゥールスが参加した“Cost of Living”や、イスラムと言論の自由に関して激しい討論を舞台上で繰り広げた“Can We Talk About This?”など、ロイド・ニューソンが率いるこのDV8は、常にその時代において、社会への問題提起を行ってきました。

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英国国立劇場外観
そんなDV8が見せる今回のこの “John” という芝居は、ストレートの人にゲイカルチャーを紹介するのでも、ゲイの権利を訴えるのでもないのです。そしてゲイに「ゲイサウナは危ないよ」とか、「ドラッグやリスクを伴うセックスはやめましょう」なんていう、おこちゃま教育の為の芝居でもないのです。ニューソンがこの芝居を作る一番のきっかけとなったのは、彼の親友の死。悲しみに暮れた長い期間を送る中、他の友人と彼の生前の複雑な恋愛や交際関係、そして他の男たちとの密接な生活について思い返しました。そして気づかされたのは、今必要なのは『死』について語るのではなく『生』について語る事だということ。ニューソンはパンフレットのなかで、前書きとしてこう書き記しています。

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John パンフレットより
愛というものを語るときは、セックスの話もついてくる。一夫一婦制度を元にしたセックスの関係が幸せな愛の生活の鍵だろうか? 一対一じゃない関係で、あなたは人を愛することができるだろうか? あなたにとって、セックスと愛の関係性とはなんだろうか? あなたはどうやって本当に密接な愛を探すのか? 責任からの逃避、動物としての本能、刺激やもしくは退屈しのぎの方法、これらの理由で愛とセックスはイコールではないと言いきれるだろうか? 愛やセックスを探し求める中で起こりうる危険とは…? あらゆる質問が渦巻いていた。そして、私たちは50人の男たちに出会った。

DV8の前作 “Can We Talk About This?” では、イスラムと言論の自由に関して徹底的に調べ、自らの直接的な経験に基づいた対照的な視点をもつ33人の人間を舞台上に描く事で、全体的な視点を提供するという方法に行き着いた。今回も『愛とセックスに関してのアンケート』のようなありがちなものを見せるつもりは全くなく、前回同様いくつかのリアルなストーリーに注目していた。

そしてジョンはやってきた。彼をインタビューした後はっきりしたのは、彼の…ひとりの男の物語を主軸に置き、この作品を作ろうということだった。とても個人的であり、どこかの大学の先生の意見などではない。

ジョンがこのインタビューを受けてくれたとき、彼はまだ受刑中であった。保護観察の為、滞在していた施設から外出許可がおり、彼が見つけた場所、そこにいたのはたくさんの男たち、どこか彼に似ていて、全く未知の世界に住んでいる、そしてみんな一緒になって何かを探している…愛すること、逃避、正当性、セックスなのか仲間なのか。
(John パンフレットより翻訳)

ジョンは壮絶な家庭で生まれ育ちました。その後、ハッテン場に行き着くまでの彼の半生が、舞台の前半を占めるのです。父親は家族への虐待を続け、ジョンの姉とベビーシッターへのレイプで逮捕。母親も子どもたちに自分たちの制服を万引きさせ、自身はカード詐欺で逮捕され、出所後はアル中になり死去。兄は交通事故で死に、弟はヘロイン中毒。ジョン自身も酒とドラッグに溺れながら大人になる。何人もの女性と付き合い、結婚し子どもを授かるが、酒、ドラッグだけでなく、犯罪にも手を染め家庭崩壊。ホームレスも経験し路上で恵んでもらったお金でドラッグを買い、また別の女性とも交際するが、彼女もエイズで死去。長く別れた息子に連絡を取ろうと試みるが、会うのを拒まれる。その後鬱症状がひどくなり、最終的には放火により逮捕・収監され、そこで男とのセックスを覚えるのです。

こうやって文面にすると、なんだかメロドラマのような感じでやり過ぎ感も否めませんが、実際の舞台で見ると、淡々と語るジョン役のハネス・ランゴルフが秀逸で、イラストではなく暗喩としてしっかり意味のある振り付けは、膨大なセリフの洪水の中、常に観客を飽きさせないものになっていました。メリーゴーランドのように回転し続ける舞台の上を動き続けながら物語を伝えるジョンは、周り車のなかを延々と回し続けるハムスターのようにも見えます。

ここで、ひとつ思い出して欲しい事があります。ここはロイヤル・ナショナル・シアターという、王室の名の下にある英国国立劇場です。観客はゲイだけでなくストレートの人もたくさんいるのです。僕の左隣に座っていたのはゲイのカップルでしたが、右隣は10代のティーンエイジャーとその父親。老若男女、様々な世代の人が最後には割れんばかりの拍手を惜しみなくこの舞台に捧げるのです。もしくは “ジョン” に対して捧げていたのかもしれません。それは哀れみや同情などではないと信じます。それは終演後、観客が口々にしている感想の声が聞こえてくることからも分かります。

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終演後・ロビーにて
ほとんどの観客はジョンのような壮絶な人生を送ったわけではないでしょう。そしてゲイの観客と言えども、舞台に登場して来たハッテン場にいる人たちのようなセックス、コンドームなしや、中出し、グループセックス、ドラッグ、etcなどをやっている人は、そこまで多くはないでしょう。しかし、観客はこのひとりの男の人生に共鳴し、心を揺さぶられるのです。自分と対極のような世界で生きている男と、分かち合える何かがあったのでしょうか。

この物語の中で、耳に残る言葉がありました。それは “intimacy(インティマシィ)” という言葉。『密接なこと、親密なこと』という意味で、役者が『It was very intimate with the audience today』(今日は観客とすごい距離が近かったよ) なんて言ったりもします。この芝居の中で、コンドームは付けないという人間がでてきました。彼がなぜコンドームをつけないのかと聞かれた時に答えたのは、

「Because I can get more intimacy!」 (もっと深く相手に近づくことができるからさ)

見ず知らずの人間と行うランダムセックスで相手にもっと近づきたい、というどこか矛盾のようにも聞こえる言葉。それと相対するように、ジョンは舞台上にゆっくりと横たわりこんな風に締めくくるのです。

「今まで長い間、自分のセクシュアリティについては複雑な感じだった。これからは残りの人生が意味のあるものにしたい、彼女ではなく彼氏を今は探している、そのためにインターネットを見たり、ここ(ハッテン場)にも来たりするのだと。ここはいつもドアが開いている、その先に何があるのかわからないけれど。」

この終盤のセリフは途中で実際のインタビューの際のジョンの声が重なって流され、舞台の上の役者は口パクで演じるという演出がなされていたので、『本当に彼の言葉なんだな』と納得はするのですが、若干道徳的過ぎるなといった感じは否めませんでした。常に問題提起に徹し、観客に答えを押し付けないDV8が、今回こういった感じで締めくくったのが印象的でした。作・演出のニューソンの亡くなった親友というのがどういう形で亡くなったかは語られていません。しかし、親友の死という悲絶をきっかけにつくられたこの作品が、希望を持って締めくくられるという事には、違和感がないと個人的には思います。

コンドームなしのセックスとインティマシィ。たった0.数ミリのゴムの壁が、愛のつながりを隔てるのか、もしくはより繋げるのか。本当の愛と幸せは、セックスによって左右されるのか、されないのか。動物としての本能と、道徳や倫理という見えないプレッシャー、それらの答えは当然のように分かっているようで、実は見て見ぬフリをしているだけなのかもしれません。あなたが男性だろうが女性だろうが、LGBTだろうがストレートだろうが、もしかしたら僕もあなたも誰しもが、ジョンやハッテン場に集まる男たちのひとりになっていたのかも知れません。

この作品 “John” は1月までロンドンの英国国立劇場で上演されています。興味のある方は、ぜひどうぞ。

 

ー黄赤系アプリで使える英会話ー

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Points!
*ご存知の方も多いでしょうが、bear=熊です。
*that (it) would be ~ if … = もし…だったら〜だね

 

 2014/11/13 12:00    Comment  連載   みっつんのLondon Days              
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