第34回 変態ワールド炸裂! 池波正太郎『剣客商売』より、年老いた隠れホモの物語『隠れ蓑』

 

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若い頃は、池波正太郎なんざ馬鹿にしていた。所詮、大衆娯楽小説だというわけだ。いまにして思えば、ずいぶんと粋がっていたものだ。大衆小説よりは、純文学。さらには前衛小説といった方をありがたがっていたのである。 小説(文学)になんの区別があるわけでない。ただ、まわりが声高に囃し立てる看板に惑わされていたのだろう。若さとは、馬鹿さである(笑)。
歳を取ってきたせいか、最近では、池波小説がしみじみと面白い。「なれど、胸の内に、言葉にはならぬものがあって、わしのような老いぼれになると、何やらわかったような気もちになるのさ」(『隠れ蓑』より)『剣客商売』の主人公 小兵衛の心境に少しは近づいたのかも知れぬ。

粋がっていたといえば、若い日は、自分が世界を変えられると信じていた。自分の手で新しい社会と時代を創出するのだと、思い上がっていた。恥ずかしい話だ。そのために名のりを挙げ、活動し、啓蒙しなくてはいけないと思っていた。信じていた。カミングアウトである。私は「ゲイ」という看板を掲げ、声高に主張した。無論、隠れホモなど許せなかった。リブ釜である。圧力釜である。
しかし、青春の日が過ぎ、隠居同然の老いぼれガマとなった、いま。小兵衛よろしく、「趣味といえば男一筋でしたが、今となってはたしなむ程度……」なんぞと、嘯いてみたいものである(笑)。ましてや、他人様の生き方に意見するなど、大それたことだと身に染みて分かった。隠れホモ、結構じゃないか。カミングアウトするもよし、しないもよし。それも人の生き方なのである。ただ、どのような道を選ぼうと、負わなくてはいけないものがあるのが、人生である。いいとこ取りだけは出来ないということも、この歳になるとよく分かる。「お前も、この道(注/「この道」に傍点)を選んだのだ、こころしておけい」(『妖怪・小雨坊』より)小兵衛は、父に倣って剣客の道を歩む大治郎に、そう語ったのである。

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『剣客商売』第2シリーズより 『隠れ蓑』(制作 フジテレビ/初回放映 2000年3月1日)
写真は、小兵衛役の藤田まこと(右)と、老武士役の日下武史(左)。原作では初夏の設定だが、テレビ版では冬となっている。それが、かえって効果的であった。日下と老僧役の内藤武敏の演技が素晴らしい。

剣客商売』は、『鬼平犯科帳』『仕掛人・藤枝梅安』と並ぶ、池波正太郎の代表作である。老剣客 秋山小兵衛を主人公に、息子の大治郎と共に、江戸の町を舞台にさまざまな事件を解決していく。1972年から17年間にわたり、雑誌『小説新潮』で連載された。後に、藤田まこと主演でテレビドラマ化もされている。この中で、何編かの話にホモものがある。そのひとつが『隠れ蓑』である。
大治郎はある日、侍に取り囲まれ試し切りにされそうになっていた年老いた托鉢僧を助ける。この老僧が気にかかった大治郎は後をつけ、本所の百姓家にたどり着く。そこには、老僧と盲目の老武士がむつまじく暮らしていた。

「あれは、ただの知り合いとか友だちとかいうのではないな。うむ」
「と、申されますと?」
「念友の間柄やも知れぬぞ」
念友とは、男色関係をさす。
「まさか、あの老人が……」
「いや、そうではない。年をとればとるほど、心と心が堅くむすばれるものじゃそうな」
「…………」
大治郎は、眉をひそめた。
「ともあれ、坊さんの看病ぶりや、浪人をいたわるありさまなど、徒事(ただごと)ではない。また、その浪人どのもな、坊さんにたよりきっているようじゃよ。うむ、あの百姓家は無人で朽ちかけていたのを、坊さんが僅かな金で借り受けているらしい。近所とのつきあい(注/「つきあい」に傍点)もなくて、雨さえ降らなければ、かならず托鉢に出て、浪人どのの薬代を得ようとする。いやはや、実に感心なものさ。わしも気の毒におもうてな、取っておきの、よい薬を調剤してあたえているのじゃが……それでも、もはや三月とはもつまいよ」

医者から聞いた話を父 小兵衛に伝える大治郎。侍が仇討ちに来るのを心配し、百姓家のすぐ近くで老僧たちを見張り始めた小兵衛と大治郎だが、侍たちに裏をかかれ、老武士はあえなく殺されてしまう。駆けつけた小兵衛と大治郎に、老僧は、老武士との因縁を語り始めるのであった……。

「その上で、申し上げまする……私は、むかし……さよう、もはや二十八年もむかしの事でござりましたが、いま、この腕の中で息をひきとられたおひとの父御(ててご)を手にかけてしもうたのでござります(略)父の敵と追いせまるこの人の目を逃れ、逃れて、私は苦しい旅を続けましたので……はい、どこにいても、どのような場所に隠れていても、一夜として、満足に眠ったことのない年月が続きました。(略)それから、このお人の苦労がはじまりました。苦しい旅をつづけるうち、ついに、体をこわし、目も見えなくなりました。私は……私は、何度も、名乗り出て、首を討たれてやりたいと、さようにおもいましたなれど……ああ、どうしても、どうしても……」

追われる身であったかつての老僧は、剣の達人であった武士を見張りながら、敢えて付かず離れずの旅を続けていた。ついに、失明し、命を絶とうとした武士を助けたのは、ほかならぬ老僧であった。それ以来、老僧は正体を隠し、武士を看病し、励ましながら、まぼろしとなった仇を探す旅が始まったのである。長年、旅を続ける内に、老僧の中には罪悪感や贖罪の念だけではない感情が芽生えていた。この男同士の間の親密な情を、池波は、男色とも、ホモとも、同性愛とも決めつけてはいない。小兵衛は言う。「わからぬ……なれど、おぼろげながら、わかるような気もする」 いいじゃないか。ホモだとも思えるし、そうじゃないとも思える。私が、こんな「言葉にならぬ」ものの価値に気づけるようになったのは、ようやく最近になってからである。

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池波正太郎 新装版『剣客商売 七 隠れ蓑』*『隠れ蓑』収録(新潮文庫/2002年 発行/ISBN978-4-10-115737-5)

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『剣客商売 DVDコレクション〈10〉』(デアゴスティーニ/2014年 発行/1705円)

さて、『剣客商売』には、はっきりとホモだと書いている話もある。『剣の誓約』も、そのひとつだ。兄弟子ともいえる嶋岡礼蔵が訪ねてきて、大治郎に「死に水を取ってくれ」と言った。聞けば、十年も昔、打ち負かした柿本源七郎が遺恨試合の果たし状を送ってきたのだという。老いた礼蔵は、負けることを覚悟で試合を引き受けたのである。一方、源七郎もまた病に冒されていた。

 柿本はこたえず、若者の細いくびすじ(注/「首筋」に傍点)を左腕に巻きしめ、若者の口を吸った。若者は目を閉じ、あえぎながら白い双腕をのばし、柿本の肥体を抱きしめたが、急に、柿本を突き放し、
「お体に悪い」
ささやくように、いう。目が媚をたたえ、笑っていた。
「ばか」
うめくように、柿本がいい、ほろ苦く笑って、立ち上がり
(略)
小廊下を出たとたんに柿本源七郎が、
「あっ……」
恐ろしい叫びを発し、両手で胸もとを押さえ、立ちすくんだ。
(略)
若者は柿本を寝床へ横たえ、枕元の土瓶から薬湯を口へふくみ、これを口うつしに柿本へ飲ませた。

この若者は、源七郎の門人である三弥。つまり、源七郎は弟子に手をつけていたのだった。師弟ホモである。ところが、決闘の日を迎えるまでもなく、礼蔵は暗殺されてしまう。礼蔵を射貫いた矢を放ったのは、いったい誰か?

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『剣客商売』が面白いのは、池波正太郎の変態ワールドが炸裂しているからだ。主人公の小兵衛は、60歳にもなって自分の息子よりも年若い20歳の奉公人のおはるに手をつけるような、ロリコンのエロ親爺なのである(笑)。一方、大治郎は25歳になるというのに、剣の道一筋の童貞野郎。当初は小兵衛に熱を上げていたが、後に大治郎の嫁となるのが、田沼意次の妾腹の子 三冬である。

 髪は若衆髷にぬれぬれとゆいあげ、すらりと引きしまった肉体を薄むらさきの小袖と袴につつみ、黒縮緬の羽織へ四ツ目結の紋をつけ、細身の大小を腰に横たえ、素足に絹緒の草履といういでたち(注/「いでたち」に傍点)であった。
さわやかな五体のうごきは、どう見ても男のものといってよいが、それでいて、
「えもいわれぬ……」
優美さがにおいたつのは、やはり、三冬が十九の処女(おとめ)だからであろう。

(『女武芸者』より)

男装の麗人という、これまた濃いキャラクターである。主要メンバーだけでも、これだ(笑)。各エピソードにもさらに濃いめのキャラクターが続々と登場する。『剣の誓約』の師弟ホモをはじめ、その後日譚である『妖怪・小雨坊』には、三弥の義理の兄が登場する。これが異形である。

 ぬけあがった薄い髪をくび(注/「くび」に傍点)のあたりへたらし、大きく張り出した額には、いくつもの凹凸がある。眉毛はほとんどなかった。額の下には貝の破片(かけら)のような両目が光っていた。
そして、鼻がない。鼻の穴だけ見えた。
雪ふる中に顔の色が、紙のように白い。
まさに、絵本の中の小雨坊そのままといってよいが、その男は僧形ではなかった。

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鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』より、小雨坊。これが、三弥の義理の兄 郁太郎のイメージとなった。

この男が、サディストなのである。誘拐してきた女を陵辱する様子がショッキングだ。

 全裸にした女房を、おもうぞんぶんに犯してから、今度は小雨坊、ぺろぺろと酒をのみながら、短刀(あいくち)を抜いて、こんもりともりあがった女の乳房をすーっと切った。皮一重だけだが、女はもうこれだけで失神してしまう。すると、痛みに息を吹き返すまで、小雨坊は酒をのみながらながめてい、気がついたとみると、またも、すーっと切る。今度は腹だ。つぎは頬、鼻、股と……
(略)
いかに浅く傷つけてはいても、これほどに切るのだから、血はながれるし、異臭はたちこめるし、その中で酒をのみながら若女房を飽くことなく切り刻んでいる

てな感じだ。しかし、小兵衛は、小雨坊こと郁太郎について、こうも語っている。「思えば気の毒じゃ。おのれが化けもの面を、郁太郎はどれほどに恨んだことだろうな(略)小雨坊も、やりきれなかったろうよ」と。勧善懲悪でありながら、小兵衛は、こうした悪人や異形たちをただ切り捨ててしまうだけではない。哀れむ。情をかける。悲しんでやる。そこに小兵衛の「言葉にならぬ」心がある。それが、池波小説の「粋」なのである。
粋がることをやめたなら、すこしは「粋」に近づけるのだろうか。私も小兵衛のような、粋な親爺になりたいものである。しみじみと、そう思う。

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池波正太郎 新装版『剣客商売 一 剣客商売』*『剣の誓約』『女武芸者』収録(新潮文庫/2002年 発行/ISBN4-10-115731-6)>

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池波正太郎 新装版『剣客商売 二 辻斬り』*『妖怪・小雨坊』収録(新潮文庫/2002年 発行/ISBN978-4-10-115732-0)

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