第35回 キスと乳首に背いて。舞台『皆既食』と、書簡集『ランボオの手紙』

先日、舞台『皆既食』を観てきた。19世紀を代表する早逝の天才詩人アルチュール・ランボオと、デカダンスの教祖と仰がれるポール・ヴェルレエヌ。ふたりの恋の顛末を描いた作品である。『太陽と月に背いて』というタイトルで、レオナルド・ディカプリオ主演による映画化もされている本作だが、注目の若手俳優 岡田将生が舞台初挑戦ということで話題にもなっている。演出は、蜷川幸雄。私がもっとも敬愛する演出家であり、いやがうえにも期待が高まる。ワクワクしながら渋谷「シアターコクーン」へ向かったのだが……。

なんでぇ、岡田! キスぐらいしろや。ボケ! 脱ぎもしなけりゃ、ラブシーンも無いのである。こりゃ、まったく期待はずれだった……などと書くと、ただのスケベ親父の愚痴のようだ。いや、私が憤っているのは、それが無いと作品自体が成立しなくなるのでは?という思いからなのだ。けっしてやましい下心からではないのである(笑)。

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ヴェルレエヌ(左)と、ランボオ(右)の肖像写真。

話は、ランボオの才能を見抜いたヴェルレエヌが、彼を自分の屋敷に呼び寄せたところから始まる。出会ったその瞬間から、ヴェルレエヌは、若く、美しく、才能ある少年詩人に魅了されてしまう。妻も子も、家庭もほっぽらかして、ランボオにのめり込んでいく。ここら辺は、生瀬勝久が鼻の下を伸ばしきったヴェルレエヌを好演している。さていよいよ二人っきりになった部屋で、ついにヴェルレエヌはランボオと向かい合った。ヴェルレエヌがランボオの両肩に腕を伸ばし、しばらくのあいだ見つめ合う。普通なら、ここでキスするはずだ。いや、キスするべきなのだ。なのに、しないのだ! そのままの姿勢でヴェルレエヌは、ガクリと頭を下げて下を向いてしまうのである。

これじゃ、ダメっしょ。このシーンは、ふたりが「恋に堕ちる」場面でなくてはならない。それを表現するには、やはりふたりが口づけをするべきだったのだ。それなのに、この演出では、ヴェルレエヌがランボオに完全降伏してしまっているのである。そのおかげで、このシーン以降のふたりは、飲んだくれのDVダメ男の隠れホモと、それを手玉に取るウリ専ボーイといった有様である(実際、ランボオは男相手に体を売って生活していたことがある)。
歳も、境遇も、生い立ちも、才能も……まったく異なるふたりの男が、あたかも月と太陽が重なりあう皆既食のごとく出会い、別れていく。それが、この作品のテーマではないか。そして、ふたりを結びつけるのは「恋」以外、なにものでもないはずだ。なのに、肝心の「恋」に堕ちるシーンがないのである。だから、最初っからすれ違ったまま。野心家のクソガキにいいように利用される哀れな中年ホモの物語になってしまっているのである。

どうした? 蜷川。それが分からぬ貴方ではあるまい。なぜキスさせない? そこで、これは岡田側の“事務所NG”なのではないかと勘ぐった。売り出し中の期待の新人に悪いイメージが付くと恐れたのか。だったら、最初っから引き受けるな、ボケ! 仮にそうだったとして、それを説き伏せられないぐらいに蜷川のパワーが衰えてしまっているのか。そのことの方が心配である。

とはいえ、ランボオの死後を描いた第2幕はなかなか面白い。病に冒され、酒浸りのヴェルレエヌのもとに、ランボオの幻影が現れる。手にしたナイフでヴェルレエヌの両掌に、あたかもキリストの聖痕のような傷を刻むシーンだ。第1幕の伏線を回収し、ヴェルレエヌとランボオの互いの「恋」の誓約を象徴させる。そしてまた、同性愛嫌悪からカトリックへ入信したヴェルレエヌへの非難をも表している名シーンである。

この舞台、もうひとつの見所といえば、生瀬勝久の乳首であった。上半身ハダカで演じるシーンがわりと長く、熟れた中年男のハダカをつぶさに鑑賞できるのである。結構、いやらしい乳首で、なかなかソソる。脱ぎもキスシーンもない岡田に対して、ほぼ出ずっぱりでダメ男の悲哀を演じた生瀬に、この舞台はすっかりさらわれてしまったようだ。結局、得をしたのは生瀬だったのではないか。岡田君! 君もこれに懲りて、今後はバンバン脱いで、どんどんキスシーン(男同士の!)をしてもらいたいものである(笑)。

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シアターコクーン・オンレパートリー2014『皆既食』
演出:蜷川幸雄、出演:岡田将生・生瀬勝久・加茂さくら他、日程:2014年9月6日〜11月29日。詳細は、http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/14_kaiki/index.html
なお、12月4日〜7日に大阪公演がある。詳細は、http://theaterbrava.com/play/201412kaikishoku.shtml#abt_play

今回紹介する本は、ランボオの書簡集『ランボオの手紙』である。カバーにある紹介文によれば、「地獄の季節破棄説の真相、アラビアへの逃亡、ブラッセル事件などを中心に展開する天才詩人ランボオの書簡は、彼の生活を生々しく露呈している」とのこと。

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パイプを咥えているのは、ヴェルレエヌが描いた『散歩するランボオ』。

やはりホモ本的に興味を引くのは、ブラッセル(ブリュッセル)事件あたりのことだ。このブラッセル事件とは、妻との復縁問題とランボオとのこじれた関係に憔悴しきったヴェルレエヌが、酒に酔って、ランボオに向かって拳銃を発砲した事件である。これを潮目に、ふたりの関係は破綻。訣別した。その事件前後に取り交わした往復書簡が掲載されているので、一部を抜粋して紹介する。天才詩人たちといえど、呆れるほどの痴話喧嘩(笑)。恨みつらみに揚げ足取り。みじめったらしく取り縋ったかと思えば、突き放す。憐憫と執着が入り乱れる、男同士の恋の詩(うた)である。

P・ヴェルレエヌより ── A・ランボオへ
一八七三年七月4日附
海上にて

友よ
この手紙が君の手にとどく時分、まだ君がロンドンに居るものかどうか僕にはわからない。けれども、僕はこれだけは君に云つておきたいと思ふ
(略)
しかし、それでも、僕は君を途方もなく愛してゐる ── それを變な風に思つたりするやつに禍あれだ ── ので、かういふことも君にはつきり云つて置きたい ── もしも今日から三日以内に、完全な條件で、ふたたび女房と一緒になれなければ、必ず自分の口中へピストルをぶつ放してみせる。
(略)
自決するに臨んで、接吻させてもらひ度い。

君の憐れな ──
P・ヴェルレエヌ

ランボオとの関係に疲れたヴェルレエヌは別居中の妻の元に戻ろうとする。それが出来なければ死ぬとまで言っているが、その一方で、ランボオに対して「途方もなく愛している」「接吻させてもらい度ひ」とも書いている。甘ったれの典型的なダメ男ぶりがうかがえる手紙である。
方や、ランボオもランボオで……

A・ランボオより ── P・ヴェルレエヌへ
一八七三年七月四日附 金曜日午後

歸つて來てくれ給へ、歸つて來てくれ給へ、親愛なる友よ、ただひとりの友よ、歸つて來てくれ給へ、僕は誓って善良になる。(略)これで二日、僕は泣き通しに泣いてゐる。歸つて來てくれ給へ。勇氣を出してくれ給へ。親愛なる友よ。なんにも失はれてはゐないのだ。もう一遍、旅をしさへすればいい。僕たちはこちらで、うんと勇氣を出して、辛抱づよく生活しよう。ねえ、後生だから。

……と、未練たらたら。平身低頭。許しを乞うていたが、突如、逆ギレ(笑)。

A・ランボオより ── P・ヴェルレエヌへ
一八七三年七月五日附

親愛なる友よ、「海上にて」と頭書してある手紙をうけとつた。今度こそは君が間違つてゐる、それも大いに間違つてゐる。だいいち、君の手紙には確實なものが何ひとつない(略)君は、お互いの怒りが、どちらも本當のものでなかつたと言ふことにまだ氣付かなかつたといふのか! でも、君の方が、最後に惡かつたことになるだらうぜ(略)
ただ一つほんとの言葉は、かうだ ── 歸つて來てくれ給へ、君と一緒にゐたい。僕は君を愛してゐる。もし君がこれを聽いてくれるなら、勇氣と眞劍な氣持を見せてくれ給へ。さもなくば、僕は君を憐れむ。でも僕は君を愛する、君に接吻する。

しかし、そこは裏街道を生きて、男を手玉に取って生きてきたランボオである。恫喝してから、甘い言葉で取引条件を提示するところなんざ、さすが!お見事!としか言えない(笑)。割れ鍋に綴じ蓋とは、彼らのようなバカップルのことである。やれ、天才詩人ランボオだの、ヴェルレエヌだといったところで、高尚さとは無縁の下世話さである。週刊誌のスキャンダル記事のつもりで読むと、これほど面白い本はないのである。

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ランボウ 著、祖川孝 訳『ランボウの手紙』(角川文庫/1951年 初版発行/ISBN4-04-201502-6)

そして、もう一冊。『A Season in Hell』は、ランボオの代表作『地獄の季節』に、ロバート・メイプルソープが写真を添えた詩画集である。表紙の写真はメイプルソープ自身のセルフポートレイトで、この本のために撮り下ろされたものだという。詩壇の鬼っ子ランボオと、写真界の鬼っ子メイプルソープ。ふたりのオカマ魂の絆である。大好きな本なので、中まで紹介したかったのだが、書庫にしまったままで探し出せず。無念。機会があれば、あらためて取り上げたい。

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Arthur Rimbaud、Robert Mapplethorpe『A Season in Hell』(Bulfinch/1998年 発行/ISBN0821224581)

さて、12月4日(木)、セクマイ界の鬼っ子(笑)である大黒堂ミロ氏に誘われて、映画『氷蝶圖鑑(いてちょうずかん)』のトークショウに出演することになった。この映画は、SM、緊縛、異性装、ウェット&メッシー身体改造などなど、異端の変態世界に生きる人間たちをドキュメントした作品だ。もちろん、LGBTは異端や変態などでは決してないが(と書いておかないと、怒る人もいる(笑))、この映画に出てくるのはまぎれもない異端で変態のLGBT達だ。だってさぁ、ミロと愉快な仲間達が総出演なのだから。先行試写付きのお得なイベント。スペシャルゲストは、キャンディ・H・ミルキィ氏! 見逃す手はない。

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田中幸夫 監督『凍蝶氷蝶圖鑑』
2015年1月10日より、レイトショウ公開。会場:新宿武蔵野館、料金:一般当日 1800円。詳細は、http://shinjuku.musashino-k.jp/

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先行試写付きイベント『Candy★Night』
日程:2014年12月4日(木)19:00〜、会場:新宿2丁目・AiSOTOPE Lounge、料金:3000円1ドリンク付き。出演は、田中幸夫監督、大黒堂ミロ、キャンディ・H・ミルキィ、マーガレットほか。詳細は、https://www.facebook.com/movie.itecho

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